第38話 聖女はグール化する前の人間に会いに行きます!

「はあ? グール現象を解明したいだと?」


 この太った医者は私たちをにらみつけて叫んだ。


「できるわけねぇだろうが! 俺が二年もかけて研究しているのによ。さっさと帰れよ。邪魔だよ、お前ら!」


 な、何だ、この中年男は?


 本当に医師なのだろうか?


 ラーバスは咳払せきばらいしながら言った。


「こ、この方は医師のバルジョ・ゴランボス先生だ」


 パメラは太った中年医師を見やり、眉をひそめている。


 ラーバスは私たちにこの医師のことを説明した。


「ゴランボス先生はジャームデル王国と密接みっせつつながりがある。私の診療しんりょう所にも多額の助成金じょせいきんを出してくださるのです」

「その通りだ!」


 ゴランボス氏はそう言って、太った腹を突き出して大きく笑った。


「俺はジャームデル国立大学を卒業し医師となった。うわさでは聖女とやらがこの街に来たと聞いたが、お前らのことだったのか?」

「は、はい。そうですが」


 私がそう言うと、ゴランボス氏はあからさまに顔をしかめた。


「聖女とかいうわけの分からんあやしい団体の役員は、信用ならんね」

「せ、聖女はあやしくなんかありません!」


 私が抗議こうぎすると、ゴランボス氏は舌打ちしながら言った。


「俺はまじないのたぐいは信じないんだよ。きちんとした大学卒業をして、医師免許めんきょがあってこそ、しっかりとした医療いりょうができるってもんだ」


 正論だが……。


 するとパメラが疑問点を口に出した。


「じゃあさぁ、このグール現象は、ゴランボス先生のお力ですでに解明できたの?」

「……そんなのできたら誰も困ってねえんだよ。だから研究を続けているんだろうが!」


 ゴランボス氏はわめいているが、私は言った。


「今日は私、聖女のアンナ・リバールーンがグールしそうな患者かんじゃ様をますので」

「……聖女などよく分からんがまあ、いいだろう。だが、俺の監督かんとくのもとでなくちゃダメだ。お前らは医療いりょう素人しろうとなんだからな」


 そのとき、ラーバスの診療しんりょう所から女性看護師のポレッタが出てきた。


「ラーバス先生はお仕事がありますので、私が川の内周ないしゅう地域をご案内いたします」

「おお、助かる。俺がこいつらを案内するなんて面倒めんどうだ」


 ゴランボス氏は大きく笑った。


 ……ようやくゾートマルクの内周ないしゅう地域に足をみ入れられるわけか。


 ◇ ◇ ◇


 朝の九時半、ゾートマルクの外周がいしゅう地域の住人の操作そうさね橋は下がった。


 ――彼らもジャームデル王国の監視人かんしにんだろうか?


 私たちが石橋をわたると、ガラスが割れた家々が目についた。


 家はモルタルと石でできていて古くはないのだが、外壁がいへきやガラス、玄関の扉がこわれている。


 おそらくグールした人たちがこわしたのだろう。


「ふん」


 ゴランボス氏は舌打ちした。


「こいつら、夕方から狂暴きょうぼうになるからなあ」


 横の家の前にあるベンチには、人がだまって座っている。


 地面を見つめているだけだ。


 他にはただゆらゆらと歩く人を、七名も見かけた。


 かべをじっと見ている人が四人もいる。


 みんなグールからめてはいるが、正気しょうきを失っている状態だ。


「ポレッタ、この内周ないしゅう地域に話せる人はいないの?」


 私が聞くと、ポレッタは首を横に振った。


「会話ができる人はいません。……あっ」


 ポレッタは近くの公園の中を見つつ言った。


「あそこの公園にいるのは、二十三歳のリースマン・リングラムさんですね。リースマンさんは昨日、パメラさんをおそった人です」

「えっ! き、昨日のグール!」


 パメラは目を丸くした。


「ガハハハ! お前らをおそった人間が公園のあいつか!」


 ゴランボス氏は笑った。


「よし、許可をだす。あいつなら観察していいぞ」

「冗談じゃないよ……」


 パメラは眉をひそめた。


 しかし、この内周ないしゅう地域の人たちはどうやって生活しているんだろう?

 

 ◇ ◇ ◇

 

 内周ないしゅう地域の芝生しばふ公園に行くと、かなりせた男性が芝生しばふ広場に座っていた。


 彼がリースマン・リングラムという人らしい。


 格好はシャツとズボン。


「おとなしそうだな。昨日、あたしをおそったグールにはとても見えない……」


 パメラは恐る恐るリースマン氏を見た。


 おや? 昨日は気付かなかったがリースマン氏の髪の毛が短い。


 つまり、髪の毛が整えられているのだ。


「彼の髪の毛はどうしているんですか?」


 私がポレッタに聞くと、彼女は答えた。


「月に一度、外周がいしゅう地域の美容師さんが、この人たちの髪の毛を切ってくれるんですよ」

「入浴は?」

「彼らは自分でシャワーを浴びたり、服を着たりすることはできます。グールする前に自発じはつ的にするのです。ただ、シャワーが出しっぱなしになっていたり、ボタンをはめ間違えたりすることはしょっちゅうありますね」


 ポレッタがそう説明したので驚いた。


 自分で入浴や着替えができる……。


「あなたがリースマン・リングラムさんですか?」


 私が聞いてもリースマン氏は座って地面をながめている。


 私は一つの仮説を考えていた。


 彼らに問題があるのは――頭の中――「脳」か?

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