第41話 ウォルター、白魔法医師の隠れ里へ行く①【ウォルター視点】

 僕――ウォルター・モートンが、アンナたちのいるゾートマルクの街から馬車で旅立ったのは四時間前だった。


 御者ぎょしゃは僕だ。


 当然客車きゃくしゃには誰も乗っていない。


 馬車は荒野こうやを進んでいく。


 これから白魔法医師たちのかくざとがあるルバイヤ村に行き、今まで知り合った病人たちを救うため、協力者を連れて戻るのだ――。


 ◇ ◇ ◇


 やがて岩場の平坦へいたん高台たかだいを確認し、その高台たかだいの上に家々があるのを見た。


 おそらくルバイヤ村だ。


 僕はすぐ馬車を降り村に近寄った。


 ゆるやかな階段の前には屈強くっきょうそうな男が一人、立っていた。


「何だ? お前は」

「僕はウォルター・モートン。騎士きしだ」

騎士きしだと? ダメだ、帰れ。お前のような者が来る場所ではない。ここは神聖しんせいなルバイヤ村だぞ」

「僕が仮住かりずまいしている街や村に病人がたくさんいる。ここは白魔法医師のかくざとだと聞いた。病気を治してくれる協力者をつのっているんだ」


 僕はラーバスに書いてもらった紹介状を彼に手渡てわたした。


 入り口の番人と思われる彼は、紹介状を見て首を横に振った。


「白魔法医師、ラーバス・アンテルムの紹介状か。ラーバスという男は知っている。しかし紹介状は偽物にせものかも知れん。悪いがお引き取り願おう」

「頼む、話だけでも聞いてくれ。この村で最もえらい人に会いたい。あなたは誰だ?」

「俺はジェイラス・トルセ。このルバイヤ村の入り口の番人だ。それを聞けば満足だろう。さあ、帰ってくれ」


 僕らが問答もんどうしているとき、上から「何をしている?」と声がした。


 あごひげを生やした老人が岩場の上からこちらを見下ろしている。


「グラモネ様!」


 番人のジェイラスは背筋せすじを正して上を見上げ、岩場の老人に言った。


「この者が村に入らせろと言って聞かないのです」

「ふむ……誰だ? 君は」


 老人が僕を見て聞いてきたので僕は答えた。


「僕は騎士きしのウォルター・モートンです」

「ウォルター……モートン……騎士きし……だと?」


 老人は驚いた顔をしているように見えたが、そのとき……!


「ゴブリングールだぞ!」


 村の右側から大声がした。


敵襲てきしゅう! 敵襲てきしゅう!」


 一人の若者が見張り台に立って叫んでいる。


 ゴブリン……グール? 敵襲てきしゅうか?


 せまってくるのは普通のゴブリンではないらしい。


 僕が東のほうを見ると、そちらには墓地ぼちがあり何かがゾロゾロと歩いてくる。


 ……魔物だ!

  

 その数、約二十数匹!


「どけい!」


 ジェイラスは僕を押しのけて腰の剣を引き抜いた。


 魔物はどんどん近づいてくる。


 僕も剣を取り出した。


 ひさしぶりに真剣を使用する!


「グウウウアアアア」


 そんな魔物のうめき声が聞こえてくる。


 僕は魔物の大群たいぐんに近づくとやつらの姿を確認した。


 魔物のはだは紫色で爪は伸び、きばが生えた――見たことのないゴブリンだ!


「こ、この魔物は……!」


 どこかでこんな魔物を見た覚えはあるが、そんなことを考えている場合ではない。


 戦闘が始まった。


 ゴブリングールは棍棒こんぼうを持ち、上からそれを振り下ろしてきた。


 物凄ものすごい音を立て、荒野こうやの岩をくだいた。


「と、とんでもない力だ! ゴブリンにこんな力はないはずだが」


 僕はうめいた。

 

 左耳元で風が鳴る。


 別のゴブリングールが、左から爪を振り下ろしてきたのだ。


 僕はその瞬間を見逃さなかった。


 ゴブリングールの胴体どうたいを剣でいた。


 すると瞬間、仕留しとめたゴブリングールは宝石に変化した。


 ――魔物は魔力によって宝石から生み出されるのだ!


「うわあ! た、助けてくれ!」


 向こうでは剣を持った村人が、ゴブリングールになぐり倒されていた。


 魔物たちはもう約十匹程度に少なくなっていたが、それでも村人たちに応戦おうせんしていた。


 僕はなぐられ倒れた村人のそばにけつけ、なぐったゴブリングールの体を剣でいた。


 宝石を確認し、今度は後ろからおそかってきたゴブリングールのどうつらぬいた。


「や、やるな、お前!」


 ジェイラスは僕を見て声を上げた。


 おや? 彼の剣は不思議な透明とうめいの炎のようなものをまとっている。


 その剣でゴブリングールをくと、ゴブリングールの断面は蒸発じょうはつしてけてしまった。


 な、なんだ? あの剣の術は? 見たことがないぞ。


 それから三十分の戦闘が続き、村人は倒れ魔物も宝石していった。


 やがてゴブリングールは三匹となり、墓地へ逃げていった。


「大丈夫か!」


 僕は倒れて失神している村人を背負った。


「……こっちだ。村に運んでくれ」


 ジェイラスも怪我けがをした村人を背負っている。


 僕は村人を背負い、階段を上がってルバイヤ村に入ることになった。


 ◇ ◇ ◇


 ルバイヤ村は岩場をけずって作った上がり階段の上にあった。


 高台の上は木造の家々が建ち並んでいる。


 先程さきほどの老人――グラモネ老人の家はその村の最も大きな家にあった。


 かなり大きい建物だ。


 家というよりは木造の診療しんりょう所に見える。


「君のおかげで助かった」


 グラモネ老人が診療しんりょう所の診察しんさつ室の中で僕を出迎でむかえた。


「君の名前は……ウォルター・モートンか。椅子いすに座りなさい」

「はい」

「私は元白魔法医師長のグライモス・グラモネだ。ここは白魔法医師のかくざとルバイヤ村の診療しんりょう所だ。私が村長で、弟子の白魔法医師たちはこの村に七十名ほどいる。皆、この村で白魔法の研究と研鑽けんさんをしているのだ」


 グラモネ老人は自分も木の椅子いすに座り、そう言った。


 僕に対する警戒けいかい心はかれたのだろうか。


 窓から下を見下ろすと、ジェイラスはまた村の入り口の番をしている。


 隣の部屋を見ると、さっきの戦闘で怪我をした人々がたくさんのベッドに寝かされていた。


「先程の魔物は、ゴブリングールという魔物だそうですね」


 僕はグラモネ老人に聞いた。


「僕は初めてその魔物に遭遇そうぐうしましたが、似た魔物を見たことがあります」

「グールした人間だろう?」

「ええっ? そ、そうです」


 僕は驚いた。


 グラモネ氏に言い当てられたからだ。


「まず、死霊しりょう病とグールを分けて考えなければならない。二つは別の症状しょうじょうだ」


 僕は再び驚いた。


 死霊しりょう病とグールは同じ意味を表す言葉だと思っていたからだ。


「全然違うものだ。死霊しりょう病は脳の病気。グール呪術じゅじゅつ的な薬剤やくざいを使った症状しょうじょうである」

「し、知っているのですか?」


 僕は真剣な表情でグラモネ老人を見た。

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