第42話 ウォルター、白魔法医師の隠れ里へ行く②【ウォルター視点】

「まず、死霊しりょう病とグールを分けて考えなければならない。二つは別の症状しょうじょうだ」


 僕――ウォルター・モートンはグラモネ老人の言葉に驚いた。


 死霊しりょう病とグールは同じ意味を表す言葉だと思っていたからだ。


死霊しりょう病は脳の病気。グール呪術じゅじゅつ的な薬剤やくざいを使った症状しょうじょうである」

「グールはさっきのゴブリングールを見れば分かるように、肌は紫色になり爪は伸びきばが生えるようです」

「その通り。ゴブリングールの正体はゴブリンにとある薬剤やくざいを注射して、一時的に狂暴化きょうぼうかさせた魔物だ。ゾートマルクの人間のグールも同じ仕組みのはずだ」


 グラモネ老人がそう断言したので、僕はあわてて聞いた。


「だ、誰かが注射していると?」

「そうだ。くわしく説明しよう。肌の色というのは肌の成分の『色素しきそ』の量で決まるのだ。その色素しきその一部を増加させると紫色になる」

色素しきそ……」

「一方、爪や歯は、牛肉や鳥肉などにふくまれる『蛋白質アイヴァイス』という成分からできている」


 僕は今まで人間の爪や歯が何でできているか、ということすら考えたことがなかった。


 蛋白質アイヴァイスという言葉も初めて聞いた。


「では、ゴブリンや人間をグールしてしまう原因は何ですか?」

「魔族が作り上げた魔族の薬剤デモン・メディカだ。魔族の薬剤デモン・メディカは、塩、毒キノコ数種、ドラゴンの皮、コウモリの爪、数種の薬草、魔力の結晶けっしょうの粉末をエキスにしたもの。この魔族の薬剤デモン・メディカを体に注射するとグール現象が起こる」

「何とも複雑な薬剤やくざいですね……」

「魔族に古代から伝わる技術があるらしい。白魔法医師は古代文献ぶんけんを研究し、それを解明した。魔族の薬剤デモン・メディカを注射すれば、一時的に肌の色素しきそは増加し、蛋白質アイヴァイスに作用し爪は伸び、歯はきばに成長する。しかしそれは副作用で狂暴化が目的だがな」


 さっきのゴブリングールも岩をくだいたし、グールした人間も狂暴化きょうぼうかした。


「では、死霊しりょう病のことを教えてください」

「うーむ。死霊しりょう病は難しい」


 グラモネ老人は腕組みをして考え始めた。


「昼間におとなしくなり、正気しょうきがない状態を死霊しりょう病という。白魔法医師の結論としては、死霊しりょう病は脳に問題があることは分かっているのだ」

「脳……とは? その言葉を聞いたことはありますが、よく知りません」

「頭の中に入っている肉のかたまりだよ。脳は人間の思考、行動をすべてつかさどるといわれている。死霊しりょう病は脳に問題がある症状しょうじょうだということは分かっているのだが、あまり解明できていない」

「なぜ?」

「脳には神経伝達物質というものがしているらしい。これが行き届かないと死霊しりょう病になる。しかし神経伝達物質は目に見えないものなのだ。白魔法医師は魔法で人体を透視とうしはできるのだが、神経伝達物質をることがでる者はいない」


 グラモネ老人は残念そうに首を横に振った。


「一方で聖女には、脳を透視とうしし、神経伝達物質のることができる者がいるらしいのだが……」


 僕はアンナのことを咄嗟とっさに思い出した。


 彼女はこのことを解明できたのだろうか。


「さっきおっしゃったグール薬剤やくざいは手に入れることはできますか?」

魔族の薬剤デモン・メディカなら、すでにこのかくざとで研究し、我々が複製ふくせいを作成している。――君はさっき協力者が欲しいと言っていたようだな」


 僕がうなずくとグラモネ老人はしばらく考えてから、決意するように言った。


「ゾートマルクの状況は我々も気になっていた。良い機会だ。魔族の薬剤デモン・メディカ複製ふくせいを持って、我々も行こう。君には先程の戦闘で、世話になったしな」

「あ、ありがとうございます!」

「だが、その前に君には、強力な魔物と戦っていく力がらぬ」

「ど、どういうことですか?」


 僕は自分の未熟みじゅく指摘してきされたようで驚いたが、グラモネ老人は続けて言った。


「ジェイラスの剣術を見たか? あれが聖騎士パラディンの剣術だ」

「あ、あれが聖騎士パラディンの剣術!」

「そう、剣に白魔法をかけ、悪霊系、グール系の魔物を撃退げきたい、打倒する」


 ジェイラスのゴブリングールを蒸発じょうはつさせてかす剣術は、聖騎士パラディンの剣術だったのか!


「君の力を引き出してやろう。ただし、訓練し力を伸ばすのは君の努力次第しだいだ。――今から君は聖騎士パラディンとなるが良い!」


 彼は立ち上がり、座っている僕の頭の上で何かをとなえ始めた。


「では『霊よ、私を上昇アサンシオンさせてください』と言いなさい。そうしないとお前を守っている霊から許可が下りない」

「れ、霊よ、私を上昇アサンシオンさせてください」


 僕はその通りの言葉を言った。


 グラモネ老人は僕の肩に右手を当てて、左手でちゅうに何かをえがきながらとなえた。


「この者の霊に語りける。上昇アサンシオン上昇アサンシオン上昇アサンシオン……」


 そして続けて言った。


「霊よ、この者は次の段階まで進んでいけるようだ。福音ヴァンジェリ福音ヴァンジェリ福音ヴァンジェリ……」


 すると僕の頭の中で何かが引っ張られる気がした。


 体が引きばされ、そして元に戻り体が熱くなった。


 体の奥から力がき出てくるような感覚を感じたが、気のせいだろうか?


「これで聖騎士パラディンになるきっかけはお前に与えた。人間には七つの見えない『門』がある。お前はすでに四つ門を開いていたが、今回はのどあたりにある五つ目を開き、頭周辺にある六つ目の門を半分開いた」

「そうなるとどうなるのですか?」

聖騎士パラディンに目覚めることになる。真の聖騎士パラディンなるにはまだまだ修行が必要だがな……。さあ、一緒いっしょにゾートマルクの街に行こう。私と、私の弟子の白魔法医師を五名連れていこう」


 僕は聖騎士パラディンとなり、白魔法医師たちと一緒にゾートマルクの街に戻ることになった。


 驚いた……。


 必要なことがすべて与えられ、アンナたちの元へ戻ることになったのだ!

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