第40話 聖女、死霊病の原因を探る 202407042218

「もしかしてお酒に近い、それ以上に気持ちの興奮こうふん鎮静ちんせい幻覚げんかく作用のある物質を体内に取り込んでいるのでは」


 私が言うと、パメラとラーバスは顔を見合わせた。


 しかし私はこの問題――死霊しりょう病に対して、かなり人の悪意がおよんでいることを感じていた。


 何者かが意図いと的に、巧妙こうみょうに人を苦しめている……?


 ◇ ◇ ◇


 リースマン氏はよろよろと芝生しばふ広場を立って、公園を出ていってしまった。


「知らない人に会ってつかれてしまったのでしょう。彼は家に帰ると思います」


 ラーバスは言ったが、パメラは「あたしをおそっておいてつかれたはないもんだ」と怒っていた。


 グール――いや、死霊しりょう病になった人間は記憶があるのだろうか?


 それも疑問だが……。


「彼らの食事を知りたいのです。それがこの事件の鍵になります」


 私がラーバスに言うと、彼は深くうなずいた。


「口で話すよりも実際に患者かんじゃの家に行ってみましょうか。近くにデアーチェ・ロゼタンという六十歳の婦人ふじんがいます。彼女はグールしたことはあるが、回数は少ないはず。昼間は危険性が比較ひかく的少ないと思われるが……。彼女の家に行ってみましょう」

「ラーバス先生、私はゴランボス先生の様子を見てきます」


 ポレッタが言うと、ラーバスはため息をついて「頼みます。ゴランボス先生を怒らせるとお金が入ってこないですからね」と言った。


 やはりゴランボスという人は、この街にとって重要な人物なのだ……。


 ◇ ◇ ◇


 私たちはジャッカルと合流し、デアーチェ・ロゼタンさんの家に向かった。


 ジャッカルがブツブツ言った。


「おいおい、俺、グールになりそうな女の家に行くなんて嫌だぜ」

「いいからさっさと来な。危険な目にあったらたてになるヤツが必要なんだから」


 パメラはジャッカルに言った。


 ――比較ひかく的きれいな白いモルタルと石作りの家が川の前にあった。


 これがデアーチェ・ロゼタンさんの家か。


 中に彼女はいるのだろうか?


「デアーチェさん」

 

 私たちはそう呼びかけつつ、玄関のベルを鳴らした。


 しかし反応がなかったので、「お邪魔します」と言ってそっと彼女の家に入った。


 とびらかぎはかかっていなかった。


 ――年配の女性が椅子いすに座って猫をなでている。


 目の焦点しょうてんが合っていないが、ほのぼのとした光景だ。


 しかし!


 彼女は突然立ち上がり――いきなりパメラ目がけて飛びかかってきた。


「う、うわああああ! まただ!」


 パメラが背中から抱きつかれた!


 デアーチェさんは衣服を着ていたが、はだが紫色で爪が長く伸びていた。


 口にはきばが生えている。


 グールだ!


「くそ、昼間のグール現象か!」


 ジャッカルがデアーチェさんを後ろからかかえ、床に投げ飛ばした。


 しかしデアーチェさんは立ち上がろうとしている。


「近づかないで! デアーチェの爪で引っかかれたら『病原体ビボス』が入るぞ!」


 ラーバスはそう叫んで呪文を唱えた。


 するとデアーチェさんは途端とたんに床に倒れ込んで寝てしまった。


 ――強制睡眠すいみん魔法だ。


「もう、最低!」


 パメラはわめいている。


 ふう……だけど誰にも怪我けががなくて良かった。


「彼女の食事はこの水分ですか?」


 水が入ったびん、牛乳のびんが床に転がっている。


 机に置いてあったようだが、さっきのさわぎで倒れてしまったようだ。


 デアーチェさんは床にごろんと寝てしまっているままだ。


「グールした人たちは固形物を一切食べないですね。食事は水分だけです。栄養が不十分なので心配ですが、固形物の食事を受け付けないので仕方ないですね。あ、それと……」


 ラーバスは注意するように言った。


びんには一切さわらないように」

「おっ! 赤ワインだ!」


 ジャッカルがうれしそうに声を上げた。


 見ると机の横に赤ワインのびんが置かれている。


 びんに貼られているラベルを見ると「赤ワイン」と書いてあるが、びんは銀色で非常に珍しい。


 口は開いているが中身はたっぷり入っているようだ。


 コルクは無いようだが……。


 ということはかなり酸化さんかしてっぱくなっているはず。


「よさそうな葡萄ぶどう酒じゃないか」

「き、君! びんさわるなと言っているでしょう!」


 ラーバスはジャッカルに注意したが、彼は少し赤ワインを手に出してなめてしまった。


「ちょっと味をみるだけだって。……おや? ものすごく甘いぞ。『エード』みたいだ」

「えっ? ものすごく甘い?」


 私は首をかしげた。


 それはおかしい。


 赤ワインは酸化さんかするとっぱくなるはずだ。


 私もこの赤ワインを少しなめてみた。


 ちなみにエードとは柑橘かんきつ類などの果汁に、砂糖や香料で味をつけた飲料だ。


「アンナ! 君まで……」


 ラーバスは声を上げたが味をみてみないと始まらない。


 少量だ、問題はない……と思う。


「この味は……!」


 甘い……赤ワインにしては驚くほど甘いといえる。


 何か嫌な予感がする。


「甘すぎる葡萄ぶどう酒に注意せよ」


 聖女医学の教えにそうあったことを思い出した。


 ……そ、そうか!


「私はさっき『お酒に近い、気持ちの興奮こうふん鎮静ちんせい幻覚げんかく作用のある物質を体内に取り込んでいるのでは』と言いました」


 私は皆に言った。


「しかしそれは完璧かんぺき推理すいりではありませんでした。――分かりました。死霊しりょう病の正体が」

「ほ、本当ですか?」


 ラーバスは目を丸くした。


 私はそれにうなずいた。


「それをお話するために、いったんこの家を出ましょう。新品のこの赤ワインと同じものを手に入れてからご説明します」


 私は死霊しりょう病の発生は、ある者が意図いと的に行った非人道ひじんどう行為こういだと確信した。

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