第39話 聖女は人間の〇〇を透視します!

「あなたがリースマン・リングラムさんですか?」


 私が聞いてもリースマン氏は座って地面をながめている。


 私は右人差し指を立てて、リースマン氏の目の前でゆっくり大きく左右に振った。


 しかし彼の反応はない。


「あ、あの……何をしてらっしゃるんですか?」


 ポレッタが目を丸くして、そう聞いてきたので私は答えた。


「人間は目で物を見ます。こうやって指を振ると、自然と指のほうに目が向くのです。でもリースマンさんはそうならない。――リースマンさん、どうですか?」


 私はリースマン氏の名前を呼びつつ、彼の右耳のそばで手を強くたたいた。


 しかし彼はまたもぼんやりしているだけだ。


「お前……何をしとるんだ」


 ゴランボス氏はイライラしつつ言った。


 今度はパメラがゴランボス氏に説明した。


「リースマンさんの耳が聞こえているかどうか、反応を確かめてんだよ。っていうか分かるでしょ、それくらい」


 ゴランボス氏は眉をピクピクさせていたが、私はポレッタに耳打ちした。


(ポレッタ、リースマンさんに気づかれないように後ろにまわって。そしていきなり彼の背中を軽くさわってください)

(え? は、はい)


 ポレッタはそっとリースマン氏の後ろに回り、彼の背中をさわった。


 それでも彼はまったく反応をしめさない。


「おい、何の悪ふざけなんだ?」


 ゴランボス氏は眉をひそめてそう言ったが、パメラが説明してくれた。


「リーズマンさんに『触覚しょっかく』があるかどうかを試してんだよ。人間っていきなりさわられると、『何だ?』という風に反応するでしょ。それがないみたい」

「だから、それが何だというんだ!」


 ゴランボス氏が怒鳴ったので私は静かに答えた。


「リースマンさんの『脳』の『後ろ部分』『両横部分』『上部分』に、何らかの理由で『神経伝達でんたつ物質』がしていないと思われます。問題は脳の部分です」

「何? の……『のう』とは何だ?」

「聖女医学では、頭の中に『脳』というものがあるとされています。人間はその脳で、考えたり物を見たり音を聞いたりするのです」

「そ、そんなバカな。――いや、頭の中に奇妙なかたまりがあるのは知ってるぞ」


 ゴランボス氏はふん、と笑った。


「人間の頭の中に存在する、シワのある奇妙なかたまりだろう? 俺たちの医学ではまだ解明できていない、謎の肉のかたまりだ。一応、人間は物を考えるときに、そこを使うと考えられているが」

「ええ、おっしゃる通り、人は思考するとき脳を使います」

「だが、物を見るのは目。音を聞くのは耳だ。その頭の中の肉のかたまりなんぞと関係があるわけない!」

「いいえ」


 私は言った。


「『物を見る』『音を聞く』『運動する』『刺激を感じる』……この世の中の事象じしょうをとらえる機能が、頭の中の脳という部分にそなわっているのです」

「はああ? 何だそれは。か、勝手にそんなデタラメを作るな」

「いえ、聖女医学の知識に間違いはありません」


 私がそう言うと、ゴランボス氏は首を横に振って言った。


「じゃ、じゃあ百歩ゆずってお前の言い分を聞いてやろう。どうしてリースマンは反応をしめさない?」

「それをこれから解明します。私の透視とうし能力で脳の中の『神経細胞』と『神経伝達でんたつ物質』を見るのです。ただし、これらは目で確認ができませんから、私の頭の中だけでることになりますが」

「バ、バカバカしい! 透視とうし能力? そんなものがあってたまるか」


 ゴランボス氏は地面をみつけた。


「俺は帰る!」


 ゴランボス氏はさっさと公園を出ていってしまったが、代わりにラーバスが入れわるように公園に入ってきた。


「お、おや? ゴランボス先生だ。君らが心配になって来てみたが」

「怒って帰ってしまわれました」

「な、何だと? そうなのか?」


 私はラーバスに脳の説明をした。


 彼は驚いていたが、やがて深くうなずいた。


「実は私も『頭の中の謎のかたまり』の機能について、君の話と似た古い医学の伝承でんしょうを聞いたことがある。頭の中の謎のかたまり……つまり君の言う脳――が人間のほとんどをつかさどっていると。……で、これからどうするんだ?」

「リースマン氏の頭の中をます」

「な、何?」


 私は驚くラーバスを尻目しりめに、リースマン氏の頭の中を透視とうしした。


 私の頭の中に彼の脳の映像が入り込んできた。


 外面的には問題ない脳だ。


 だが、神経細胞に伝わる神経伝達でんたつ物質の伝わり方がおかしい。


 神経伝達でんたつ物質は実際に見えるわけではなく、「光」として流れが見える。


 光はネズミが排水管はいすいかんを動き回っている様子に似ている。


 だが、その光が脳まで行き届いていないようだ。


「神経伝達でんたつ物質の流れが悪いね」


 パメラも透視とうし能力を使いながら言った。


「そのくせ彼の内臓には毒の『アーダ』が見えないし」

「ええ」

「――毒性がなく脳に作用するもの……。酒飲みのおっさんが『お花畑が見えるぞ』とか言ってるけど、あれと似たようなものかな?」

「お酒……」


 私は頭にひらめくものがあって言った。


「もしかしてお酒に近い、それ以上に気持ちの興奮こうふん鎮静ちんせい幻覚げんかく作用のある物質を体内に取り込んでいるのでは」


 私が言うと、パメラとラーバスは顔を見合わせた。


 閉ざされていた扉が開いた――と思った。

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