第17話 聖女、逃亡者になる

 女王の祭壇部屋さいだんべやはげしい音を立ててれだした。


 ◇ ◇ ◇


 私とウォルターは急いで中庭に出た。


 夜の中庭にはさわぎや音を聞きつけた人々が集まりだしているが、私たちは逆に城の外に走っていった。


 そのとき!


 地響じひびきとともにドスンという音が聞こえた。


 これまでで最も大きな音がひびき、一番地面がれた……。


「中庭が……! 中庭の地面が陥没かんぼつしたぞー!」

「危険だ。中庭に近づくな!」


 中庭のほうから人々の大声がする。


「中庭が陥没かんぼつしたか……。イザベラ女王が祭壇部屋さいだんべや隠蔽いんぺいするために、手動でくずれる仕掛けを作ったのだ。女王自身がそう言っていた」


 ウォルターは私の手をとりつつ走り、そう言った。


 城を出て城下町に出ると、周囲の繁華街はんかがいは夜の色にまっていた。


「こっちだ!」


 パメラの声がした。


 パメラと侍女じじょのロザリーが路地ろじにいて待っていた。


 路地ろじにはこの城に行くために使った馬車が停車している。


 ネストールはすでに客車の上にいて、菓子パンをかじっていた。


 ジャッカルといえば馬車の御者ぎょしゃ席にいる。


「ロザリー、馬車に乗りましょう」


 私が言うとロザリーは首を横に振った。


「いえ、私は後始末あとしまつがあります。城の様子を見届けます」


 ロザリーはきっぱり言った。


「でも……」


 私はロザリーが心配だった。

 

 ロザリーが私たちの味方をしたことがバレてなければ良いが……。


「おーい、早く出発するぞ!」


 ジャッカルが御者ぎょしゃ席で叫ぶ。


 そのときだ。


「おいっ、逃亡者とうぼうしゃを探せー!」

「早く逮捕たいほしろ!」


 真っ赤なよろいかぶとに身を包んだ、女王親衛しんえい隊が城から出てきた。

 

 私とウォルターは急いで客車に乗り込んだ。


「や、やばい! いくぞ!」


 ジャッカルは素早く馬車を発進させた。


 ◇ ◇ ◇


 私たちを乗せた馬車は城下町の大通りに出て、全速力で走った。


あんじょう、追ってきたな!」


 パメラが客車の後方を見て叫んだ。


 街の大通りは休日といっても夜なので、他の馬車の通りはほぼない。


 だが、後方から赤い騎馬きば隊がまたしても追ってきている。


 夜の街にすさまじい馬の足音がひびいている。


 前回同様、また追いつかれるか?


 が……やがて不思議なことに、その騎馬きば隊は追いかけてこなくなった。


「どうしたんだ? なぜ追いかけてこない?」


 パメラが言うと、ウォルターが考えるようにしてつぶやいた。


「これは威嚇追跡いかくついせきだよ。夜は視界が悪くなるので、追跡ついせきに向かない時間帯だ。だから途中とちゅうまで追跡ついせきしておき、僕らを精神的圧迫あっぱくだけしたということ」


 もう馬の足音は聞こえない……と思ったそのとき、何かが私たちの頭上を飛んでいった。


 弓だ!


「これもまた威嚇いかくだ。『時間をかけて地獄じごくの果てまで追いかけるぞ』ということをしめす。今日はもう夜だから追ってはこないだろうが、兵士がよく使う威嚇いかく攻撃だ」


 ウォルターは腕組みして言った。


 馬車は夜の街をけていく――。


 ◇ ◇ ◇


 深夜――二十三時。


 私――聖女アンナと元騎士団長ウォルター、パメラ、ジャッカル、ネストールの五名はグレンデル城から約十五キロメートル離れた街、「ライドマス」で休息することにした。


夢馬亭ゆめばてい」という宿屋だ。


 皆であり合わせのお金を出して、男性用、女性用の二部屋をとった。


 明日、街の聖女協会で貯金を下ろせばそれなりのお金を得られるだろう。


 聖女協会に所属しておいて良かった、と思える。


 聖女協会は各地にあり、聖女番号と名前を言えばどこでも貯金を下ろせるのだ。


 ――それが甘い考えだと、そのときは気付かなかったが……。


「これからどこに向かいましょうか? 朝になれば、すぐにグレンデル城の女王親衛しんえい隊や騎馬きば隊が私たちを捜索そうさくし始めるでしょう」


 私たちは部屋に集まり、私は皆に言った。


「俺ら、指名手配犯ってことだね~」


 ネストールは後ろのベッドに横になり、パンをかじりクスクス笑いながら言った。


「お前はだまってろ! パン食うな、太るぞ!」


 パメラが声を上げた。


 私は「指名手配犯」という言葉にギョッとしたが、気を取り直して皆に言った。


「やはり隣国りんごくロッドフォール王国に一時身をかくすのが、一番良いのでは? 西にはラングレード王国がありますが……」

「うむ……だが、それはまずいぜ」


 私が言うと、ジャッカルが答えた。


「ラングレード王国は治安ちあんが悪すぎる。それに今はどこの国境こっきょうもダメだ。我々が通ったという情報が伝わる。マードックという警備員も、どこまで我々の味方をしてくれるか分からんだろ」

国境こっきょうわたるのがダメか? じゃあ、どこにも行けないじゃないか」


 パメラはそう言いつつ、思いついたように言った。


「……ちょっと思ったんだが、グレンデル王国内のローバッツ工業地帯はどう?」

「ローバッツ工業地帯?」


 私はすぐに思い出した。


 国境こっきょうにいたマードック警備員の息子さん、ヘンデル少年がその場所に住み続けて肺の病気になったのだ。


 それに……。


「だ、大丈夫かしら。あそこはイザベラ女王が買い取った工業地帯よ」

「アンナ、僕はローバッツ工業地帯に行くのが最適解さいてきかいだと考える」


 ウォルターが言うと、皆は驚いたように彼を見た。


「あそこは国境こっきょうに近いが、国境こっきょうではない。しかも今はほとんど誰も人が寄り付かない場所だ。工業地帯といっても機能していない。――僕らが身を隠すのに最適さいてきな場所だといえる」

「俺もウォルターの意見に賛成だね」


 ネストールがまた笑って口をはさんだ。


「指名手配犯の俺たちのような、悪~いヤツらがいっぱいいるそうだ」


 ロ、ローバッツ工業地帯……一体、どんな場所だというの?


 マードック警備員の息子さんの肺から摘出てきしゅつした、あの毒素の正体は何だったのだろう?


 イザベラ女王とデリック王子の追跡ついせきからのがれるには、そこに行くしかない――。


 私たちは今や、本物の「指名手配犯」なのだ。


 私たちはうなずきあった。

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