第18話 聖女、一文無しになる

 ローバッツ工業地帯……一体、どんな場所だというの?


 イザベラ女王とデリック王子の追跡ついせきからのがれるには、そこに行くしかない――。


 私たちは今や、本物の「指名手配犯」なのだ。


 ◇ ◇ ◇


 翌日の朝、私は貯金を下ろすため、グレンデル城の追手おってがいないことを確認してライドマスの街に出た。


 パメラもついてきてくれた。


 ここから五キロ南に行くと、例のローバッツ工業地帯がある。


 私たちは逃亡とうぼう生活を続けなくてはならないので、とにかくお金が必要だ。


 私の貯金は聖女協会に二百万ルピーほどあるはず。


 街の掲示板の地図を見て、南にある小さい聖女協会を見つけた。


「良かったな。聖女協会はどこにでもあるんだな」


 パメラが笑って言った。


 ライドマスの聖女協会は小さいが、しっかりとした木と石材の建物になっている。


 私は聖女協会所属の聖女なので、仕事で得たお金は協会で管理、貯金してもらっている。


「私はアンナ・リバールーンといいます。貯金を全額下ろしたいのです。聖女管理番号は77890です」


 私は聖女協会の受付の若い女性に言った。


 すると受付の女性は、眼鏡をすり上げ名簿めいぼを見た。


「アンナ・リバールーン様……。ああ、名簿めいぼにありました。聖女管理番号、77890――。番号も合ってますね」


 私はホッと安堵あんどの息をついた。


 しかしギョッとしたのは次の言葉を言われたときだった。


「えーっと、アンナ・リバールーン様の貯金額はゼロですね。これは今朝けさ――伝書鳩でんしょばとが伝えてきた最新のあなたの情報です」

「……はっ?」


 私は受付の女性に聞き返した。


「私の二百万ルピーは?」

「ありません。ゼロと書いてあります」

「そんなバカな!」

「ございません」

「おいおいおい」


 するとパメラがずいっと前に出た。


「お姉さん、何かの間違いじゃないの? アンナは二百万めたって言ってんだ。もっと良く調べてくれよ」

「えーっと」


 受付の女性は名簿めいぼをもっと調べ始めた。


「あなたの二百万ルピー……正確には二百十万ルピーですが、グレンデル城のジェニファー・ベリバークさんが全額下ろされています」

「えっ? ジェ、ジェニファー? デリック王子の婚約こんやく者の?」


 私は目を丸くした。


 なぜジェニファーが?


 どういうことかさっぱり分からない。


 ジェニファーは聖女でもなんでもないはず。


 そもそも私以外の人間が、聖女協会の貯金を下ろせるはずがない。


「ジェニファーさんがあなたの貯金を下ろされた場所は、グレンデル城の城下町の聖女協会です。今日の深夜0時ですね」

「し、深夜0時? 聖女協会ってそんな時間に開いてましたっけ?」

「王族か大貴族の方が直々に頼めば、聖女協会の夜時間管理者が担当することがあります」


 ジェニファーはデリック王子の婚約者……。


 すでに立派な王族といえる。


 しかし――私はあわてて聞いた。


「でも、何かの間違いじゃないですか?」

「毎朝、伝書鳩でんしょばとが文書により、聖女の情報を我々に伝えてきますので正確な情報ですよ。今朝けさ早く、その文書をここの聖女協会の者がこの名簿めいぼに書き写しました」


 伝書鳩でんしょばとはとても訓練されていて、間違った文書や手紙、郵便物を届けることはほぼない。


 また、特別な魔法がかけられているので飛行速度も速く、正確に文書や情報を届けることができる。


「わ、私の貯金を、ジェニファーが下ろした理由は?」

「引き出された金額がそれなりに大金なので、理由が書かれております。――読み上げますね。『アンナ・リバールーンはグレンデル王国において重大な違反行為をしたため、罰則ばっそくとして聖女協会の貯金を全額没収ぼっしゅうすることにした』……と書かれております」

「い、違反行為!」


 私はハッとした。


 私――つまり聖女アンナはグレンデル城で騒ぎを起こし、イザベラ女王を激怒させ、しかも昨日の地下の祭壇部屋さいだんべやを破壊した……ということになっているはずだ。


 実際は女王が祭壇部屋 さいだんべやを自分で崩壊ほうかいさせたのだが、私がやったことにしているのだろう。


 私はグレンデル城から見ると指名手配犯も同然である――ということを再認識さいにんしきさせられた。


(女王がジェニファーに命令して、あんたの貯金の二百万をうばい取ったってわけだ。ジェニファーは女王の手下同然だ。息子の将来の嫁だからな)


 パメラは私に耳打ちしてきたので、私は聞き返した。


(な、なんで私の貯金をうばうの?)

(まともに逃亡とうぼう生活をさせないためだろ。金がないと人間、何もできないからな)


 イザベラ女王――な、なんと卑怯ひきょうな!


「ちょっとあなた」


 横で様子をじっと見ていた年配の女性――恐らくここの聖女協会の院長が私を見て言った。


「あなたはアンナ・リバールーンさんでしょ」

「え? ち、違います」

「いえ、違わないわ。あなた、グレンデル城から指名手配されている女ね。ちょっといらっしゃい」

「逃げろ!」


 パメラが叫ぶと、私はパメラと一緒に急いで外に逃げ出した。


 宿屋に走って逃げると、すでに宿屋の前に馬車が停車してあった。

 

 すでにジャッカルが御者ぎょしゃ席に乗っている。


 するとそのとき――。


「おい! 指名手配犯だ!」

「聖女アンナだ! 捕まえろ!」


 ライドマスの住人が集まってきており、私たちを見て声を上げている。


 た、大変なことになった!


「おい、乗れっ! ここはもうヤバい!」


 ジャッカルが叫ぶ。


 私とパメラは客車に乗り込んだ。


 すでにネストールとウォルターも乗っている。


 馬車は全速力で大通りを走り始めた。


 ◇ ◇ ◇


「僕のギルドの口座からも、貯金の四百万ルピーが全額引き出されていた」


 私たちの事情を聞いたウォルターが言った。


 私とパメラは目を丸くした。


「僕の貯金を引き出したのはデリック王子だ。いろいろ手を回して、僕らの逃亡とうぼうを邪魔する気だな」

「ど、どうするの、これから。一文無しよ」

 

 私が泣きそうになりながら言うと、ウォルターは静かに言った。


「大丈夫だ。僕に考えがある。このままローバッツ工業地帯に行こう」


 私は冷静なウォルターを見て、驚きつつずかしくて顔を赤らめた。


 私は混乱して叫びたくなったのに……。


 ウォルターも心の中で多少は動揺どうようしているはずだが、表面上はそんなそぶりは見せない。


 さすが元騎士きし団長――!


 私たちは馬車で南にある、ローバッツ工業地帯に行くことになった。

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