第26話 デリック王子、パンを配送する①【デリック王子視点】

「よかろう。ではデリック王子、今から俺と一緒に、ローバッツ工業地帯に行こう。実験中の人間どもの様子を見てやる」


 ラードルフはそう言った。


 実験……。


 例のパン……。


 何のことだ……。


 ◇ ◇ ◇


 俺はデリック・デルボール。


 グレンデル城の王子だ。


 俺、そして魔界の王子なるラードルフ・バルジェガは、一緒にグレンデル城の馬車の停車場ていしゃばに行くことになった。


「ローバッツ工業地帯にパンを配送せよ――」


 それがプラスティア墓地で女王から俺に与えらえた使命だ。


「何で王子の俺が!」


 俺は思わず叫んだ。


 意味分からん。


 そんな仕事は侍従じじゅうとかにやらせとけば良いんじゃないのか?


 それに一体何なんだよ、この魔界の王子とやらは。


 ニヤニヤ笑っているし……。


 馬車の停車場ていしゃばは庭園の横にあり、すでに馬車が二台用意されている。


「ん? ……あれは何だ?」


 俺はふと空を見上げた。


「うっ……!」


 馬車の停車場の空に、無気味な黒雲くろくもが浮かび俺たちを見下ろしている。


 あ、あの黒雲くろくも、ときおり電流のような雷を帯びているぞ。


「デリック王子、あの黒雲くろくもには魔王バルジェガの魂の片割かたわれが入っている。お前を監視かんししているのだ!」


 はあ?


 俺はラードルフの言葉を鼻で笑った。


「ワハハハ! そんなバカな。あの雲の中にお前の親父が入ってる? バカも休み休み言えよ」


 俺が笑いながら言ったとき――。


 耳をつんざくようなすさまじい音がして、地面に大穴が空いた。


 黒雲くろくもから雷撃らいげきが降ってきて、俺の横を直撃したのだ。


 墓地で見た雷撃らいげきと一緒だ!


 停車場ていしゃばの馬たちが飛び上がっていなないた。


「デ、デリック王子! 大丈夫ですか! あの黒雲くろくもに逆らってはいけません」


 俺の執事しつじ、ブルート・ドーソンが馬車の停車場ていしゃばに駆け込んできた。


 ブルートは尻もちをついている俺を助け起こして言った。


「王子、あなた様は早くパンを配送しなければなりません」


 ブルートが二台の馬車を指差した。


 赤い馬車の荷台にだいには角パンが山ほどまれている。


 ベルトで固定されしばりつけられ、くずれないようになっているのだ。


 もう一方の青い馬車には俺とラードルフが乗るらしい。


 ラードルフはクスクス笑っているが、俺はブルートに聞いた。


「お、おい、パンの配送って……。女王は王子の俺に本気でそんな命令を出しているのか?」

「私はローバッツ工業地帯に、週一回、パンを配送しておりました。今回は王子、あなた様がその役目をするのです」

「お、お前がいつもどこかにパンを配送している話は、ちょっと聞いたことがあるが……」

「私はいつもあの黒雲くろくも監視かんしされ、パンを配送しておりました」


 ラードルフはまた笑っている。


 こいつ、本当に魔界の王子か?

 

 本当は、どこかの旅芸人かなんかだろう?


「女王――母上はどこにいった?」


 俺がブルートに聞くと、彼は言った。


「親族会議に出かけられました」

「それにしても――何であのさびれたローバッツ工業地帯に、パンを配送する必要があるのだ?」

「そ、それは……私の口からはとても言えません。重要な実験なのです」


 また実験の話か。


 なんなんだ、それは。


「そして王子、絶対にあのパンを口にしてはいけません。分かりましたね?」


 は?


 意味が分からん。


 食べられないパンを配送するってことか?


 何だそりゃ。


 そもそも本当に王子の俺が、パン配送などという仕事をしなければならんのか?


 こんな魔界の王子と名乗る、いかがわしい旅芸人と一緒に何で――と思っていたそのとき――。


「何だ、さっき大きな音がしたぞ」

「雷のような音が鳴ったな」

「馬車の停車場ていしゃばのほうで鳴ったわ」


 城の兵士や侍従じじゅう侍女じじょたちが馬車の停車場にけ込んできた。


 すると――!


見世物みせものではないっ! 消え失せろ、愚民ぐみん!」

 

 ラードルフが声を上げて手を前に突き出した。


 すると馬車の停車場ていしゃばの入り口で爆発が起き、兵士たちが吹っ飛んだ。


 う、うわあああ……!


「『爆発魔法イクスプロシオン』だ……。お前たちをいつでも殺せる。さわぐんじゃない」


 ラードルフは淡々たんたんと言った。


 停車場ていしゃばの入り口のへいが吹っ飛んでいた。


 兵士も数人倒れている。


「お、おい! し、死んだのか?」


 俺はラードルフに聞いた。


「お、お前、何やつ! デリック王子をお守りしろ!」

「王子、今、お助けしますぞ!」


 爆発に巻き込まれていない兵士たちが、ラードルフを見て突撃しようとした。


 ラードルフは笑って言った。


爆発魔法イクスプロシオンを受けた兵士どもは気絶しているだけだ。こんな場所で本気の魔法などはなつまい。だが、今度は本気でやるぞ」

「ま、待て! 兵士ども!」


 俺はあわてて兵士を止めた。


 城の兵士が何人死のうが俺は知ったこっちゃない。


 だが、下手にさわぐとこの魔界の王子が逆上ぎゃくじょうし、今の爆発魔法を俺に放ってくるかもしれない。


「た、たのむから近づくな! さわぐな!」


 俺は叫んだ。


 兵士たちは顔を見合せている。


 ラードルフは高笑いしていた。


 こ、こいつ、旅芸人なんかじゃない。


 ほ、本物の魔界の王子――!


 黒雲くろくもはまだ俺を監視かんしするように、空から見下ろしている。


「い、行けばいいんだろ! パンを配送しに! くそ!」


 俺は食べられないパンを、なぜかさびれた土地であるローバッツ工業地帯に配送することになってしまった。


 王子の俺がだ!


 意味が分からんが、どうにでもなれだ――!

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