第8話 聖女は治癒魔法を使用します!

 私――アンナ・リバールーン、パメラとネストール姉弟きょうだい国境こっきょうにいた。


 国境こっきょうの門の左右は、赤レンガの壁が長く長く続いている。


「私に彼をせてもらえませんか。私は聖女です。病人を治癒ちゆするのが仕事ですよ」


 私がそう言うと、中年警備員は若い警備員と顔を見合わせた。


 口にマスクをしているヘンデル少年は、中年警備員の息子だ。


 彼はせきこみながら国境こっきょうの門の後ろに立っている。

 

「マードックさん」


 すると若い警備員が中年警備員に言った。


「私の母は昔、聖女に腰痛ようつうを治してもらったそうです。一度ヘンデル君を、この女性にてもらったらどうです?」


 中年警備員のマードック氏はそれを聞いて何か考えていたが――、舌打ちしておもむろに門を開けたのだ。


「お前たちは門をえてはいかん。聖女をかたっているのならば承知しょうちしないぞ。即刻そっこく通報する!」

「分かりました」


 私はうなずいた。


 ネストールといえば草原の岩場に座って、昼寝を始めた。


「ヘンデル、こっちに来てベンチに座れ。この女性がお前のことをてくれるそうだ」


 マードック氏は静かに腕組みをしながら言った。


 ヘンデル少年はグレンデル王国側に歩いてきて、詰所つめしょの前のベンチに座った。


「やはりのどや肺から出るアーダの量が少ない……」


 私はヘンデル少年をてつぶやいた。


 私の目には彼ののどや肺かられ出すアーダが、とてもうすく消え入るように見えている。


 正常な人間のアーダならば、光って胸全体を包んでいるはずだ。


「これはのどと肺に何らかの疾患しっかんがあるということです」


 私はヘンデル少年のアーダを見ながら、父親のマードック氏に聞いた。


「ヘンデル君はどのような生活環境でらしていたのですか?」

「うーむ……実は三年前にグレンデル王国のローバッツ工業地帯でらしていて、だいぶ煙を吸ってしまったようなのだ。一年くらい住んでいたか……」

「今は引っ越しをなされた?」

「そう、今はこの国境こっきょう付近で生活している。ここの空気はきれいなほうだと思う」


 ローバッツ工業地帯で一年だけ生活……。

 

 しかし吸い込んだ煙の量としては、そんなに多くはないと推察すいさつする。


「ローバッツ工業地帯には炭鉱たんこうがあるな。石炭の鉱山こうざんだ。周辺には大きな鍛冶かじ屋の村がある」


 知識が豊富なパメラが説明してくれた。


鍛冶かじ屋は石炭を使うので煙は出る。だが、ローバッツ工業地帯でやまい流行はやった話は、聞いたことがない」


 私は考え込んでから、ベンチに座っているヘンデル少年に聞いた。


「ヘンデル君、どこがもっとつらいですか?」

「ときどき、すごく胸が苦しくなるんだ。そうするともう歩けなくて……ゴホッ、ゴホッ……」


 彼はまたき込んだ。


 私は彼の胸のアーダをもっと深掘ふかぼりしてながめた。


 おや? よく見ると薄いアーダの中に深緑色のアーダが少量、混ざっている。


 私がアーダる場合、深緑色は毒をもった物質を示す。


「その濃い緑色の……何それ?」


 パメラが首をかしげた。


 パメラは治癒ちゆはできないが、私と同様にアーダが見える。


 私はヘンデル少年の胸を透視とうしして、肺の中をのぞいた。


 私の目は、人体の中をかして見ることができる。


「あっ、これだ!」


 私は声を上げた。


 肺の奥に緑色の付着物が見えたのだ。


 まるで植物の胞子ほうしがこびりついているように見える。


 あきらかによこしま毒素どくそだ。


「ヘンデル君、これから治癒ちゆを開始します」


 私はヘンデル少年に言った。


「しっかりと、『天使よ、治癒ちゆをお願いします』と言ってください」

「は、はい。『天使よ、治癒ちゆをお願いします』」


 この言葉が天から治癒ちゆ魔法をさずかるときの言葉のかぎとなる。


 この言葉を患者かんじゃに言ってもらわないと、その人に治癒ちゆ魔法はかからない。


「天使よ、命じます。肺の邪悪な異物を取りのぞきたまえ」


 私は頭の中に浮かんだ図形の通りに指を動かした。


 すると、私が透視とうししているヘンデル少年の肺の中に変化があった。


 深緑色の付着物が浮き上がり、粉々になった。


 私が肺の中をヴォロンテ操作そうさし、付着物に変化を与えたのだ。


 そして深緑色の粉は肺から出て、毛穴から体外に蒸散じょうさんした。


「毒が出たね」

 

 パメラはそう言ってニヤリと笑った。


「えっ? な、何だ? ど、どうなったんだ?」


 父親のマードック氏は心配そうに息子のヘンデルを見た。


「あれ?」


 ヘンデル少年は胸をさすってけろりとして言った。


「胸が……胸が苦しくないよ。のども痛くない」

「ヘ、ヘンデル!」


 マードック氏がヘンデル少年を抱きしめようとしたが、私はすぐに止めた。


「だめです。まだ終わっていません。パンを用意してください」

「は? パ、パン? あの食べるパンか?」


 マードック氏は目を丸くした。

 

 パンの使用。


 これが聖女の治癒ちゆ魔法の仕上げである――。

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