第9話 聖女は威張った警備員を改心させます!

「ヘ、ヘンデル!」


 マードック氏が息子のヘンデル少年を抱きしめようとしたが、私はすぐにめた。


「だめです。まだ終わっていません。パンを用意してください」


 私が言うと、マードック氏は驚いたようだ。


「パンだって? な、何に使うんだ? パンは持ってきていたが、昼飯に食べてしまったぞ」

「ぼ、僕もです」


 マードック氏と若い警備員は私に言った。


 パンは「聖なる食物しょくもつ」であり、治癒ちゆ魔法の仕上げに重要なものだ。


 私が(さて、どうしようか……)と考えていると……。


「パンあるよ。げパンだけじゃおなかすいちゃうからね」


 するといつの間に起きていたのか、ネストールが私の後ろから声をかけてきた。


 ネストールは私に袋に入った角切りパンを手渡してきた。


 このパンなら、私の理想通りに治癒ちゆ魔法は完了する!


「お前、パン好きだな! 太るぞ!」


 姉のパメラがあきれたように声を上げた。


 さっそく私はパンをもらい、丸めてヘンデル少年の頭、顔、肩、胸、足に当てがった。


「あ、あれは何をしているんだ?」

 

 マードック氏がパメラに聞いてきたので、パメラは答えた。


よこしまな毒素や邪霊じゃれいを、丸めたパンで吸い取っているのさ。掃除そうじのとき、仕上げに細かいゴミを取ることがあるだろ? あれと同じ」


 パメラがすべて説明してくれた。


 そして私は使用したパンを、パメラたちの方を向いたまま後ろの草むらに放り投げた。


「パンのほうを見ないで。パンにくっついた毒素や邪霊が再び飛びついてくることがあります」


 私はそう皆に説明し、治癒ちゆ魔法を完了させた。


「ん~」


 ネストールがパンを食べつつ、モニャモニャと何か言いたげだ。


「さっきから言いたかったんだけどさ」

「え? 何だ弟よ」


 パメラは眉をひそめて聞くと、ネストールが答えた。


「馬の音がグレンデル大通りのほうから聞こえてくるんだけど」

「な、なにいいっ? それはイザベラ女王直属の、さっきの騎馬きば隊か? 奴ら、追ってきたんだ!」


 パメラは叫んだ。


「マードックのおっちゃん! 国境こっきょうを通してくれ! 早く!」

「え?」


 中年警備員のマードック氏はヘンデル少年を見た。


 ヘンデル少年の顔色は良くなっている。


 せきも出ていない。


 治癒ちゆ魔法が効いているようだ。


「よ、よしわかった! さっさと行け!」


 マードック氏の許可をもらうと、私たちは馬車をロッドフォール王国側に移動させた。


 私たち三人はようやくロッドフォール王国に逃げることができた。


 マードック氏たち警備員二人は、国境こっきょうの門を閉めて前方を警戒けいかいしている。


「それにしても……あのヘンデル少年の肺に入った毒素……。ちょっと気になるな」


 パメラは門の様子を見ながら言った。


「ローバッツ工業地帯は、イザベラ女王が買い取った工業地帯のはずだ。確か夫の……つまりデリック王子の父親、グレンデル国王が原因不明のやまいふせっていたな」


 ……確かに怪しい。


 まさか……?


憶測おくそくでは何ともいえないわ。――でも、今はそれどころじゃない」

「例の元騎士きし団長様のことか?」

「ええ……ウォルターを助けなきゃ」

「アンナ! お前、本気で助けるつもりか? 彼、再び牢屋ろうやの中にいるぞ。どうやって……」

「やらなければ、彼は殺されてしまうわ」


 私がそう言ったとき、「ねえ、もう来たよ」とネストールが言った。


 馬のひづめの音とともに、一人の馬の乗り手がやってきた。


 ん? 一人?


「お、お前たちっ! こんなところにいたのか! 貴様きさまら~!」


 馬から降り立ち、私たちから見て門の後ろに立ったのは現グレンデル城の騎士団長。


 ジャッカル・ベクスターだ!


「なーんだ。ジャッカルってやつか。今の騎士きし団長だろ、お前」


 パメラはジャッカルに対して、門越もんごしに言った。


 門は閉じられているから、若干じゃっかん、私たちには余裕がある。


 パメラは続けてジャッカルに聞いた。


騎馬きば隊はどうした? 何であんただけ?」

「き、騎馬きば隊は全員、馬どもが骨折したから使えん! 治療ちりょう中だ!」


 ……結構大変なことになっているようね。


 攻撃をしたネストール本人は、びをして口笛を吹いている。


「おい警備員、門を開けろ! あいつらは逃亡とうぼう者だぞ! 俺はグレンデル城の騎士きし団長、ジャッカル・ベクスターだ。早く!」

「え~……まずは通行許可証を見せてください」


 マードック氏はのんびりと言った。


 私たちが逃げる時間をかせごうとしている。


「じゃあ」


 私たちはジャッカルにそう言って、とにかく宿屋に向かうことにした。


「おい、戻ってこい! 貴様きさまたち~っ!」


 ジャッカルは叫んでいた。


 ◇ ◇ ◇


 ここロッドフォール王国の中央地区、リンドフロムはかなりさかえた街である。


 私たちはリンドフロムの小さく目立たない宿屋、「光馬亭こうばてい」に部屋を取ることにした。


 グレンデル王国とロッドフォール王国は昔、戦争をしていたので仲が悪い。


 二国は国交こっこうを結んでいないのだ。


 グレンデル王国の追手おってからのがれるには、ロッドフォール王国の小さい宿屋にかくれるのが得策とくさくだ。

 

「お前……本気でウォルターを助ける気か?」


 パメラは宿屋の部屋で心配そうに私を見た。


 ――私は答えた。


「ええ。彼は何も悪いことをしていないもの。再び牢屋ろうやに入れられる理由はないわ」

「アンナ……お前に関係あることなのかよ?」

「関係あるわ。私が彼を牢屋ろうやから連れ出し、問題が起こったのよ。責任を取らなきゃいけない」

「お前なぁ……。真面目だねえ。男だったら他にいっぱいいるじゃん? あたしは恋愛とか結婚とかに興味ないから、よく分からないけどさ」


 パメラは私のウォルターに対するあわい気持ちを見抜いているようだ。

 

 さすが魔法使い。

 

 彼女の弟、ネストールは後ろのベッドに寝転がって、リンゴパイを食べていたが――。


「待って……。誰か来たよ」

 

 ネストールはリンゴパイを素早く食べきり、すぐに身を起こした。


 彼は無所属むしょぞくの剣士であり、素手の技もあつかえる強者きょうしゃだ。


 そしてまるで猫のように、危機を察知さっちできる特殊能力スキルを持っているらしい。


「ほ、本当? 追手おってかしら」


 私は(こんな小さな宿屋にいるのに見つかった?)と驚いた。


 コツコツ……。


 扉がノックされた!


「……私が開ける」


 パメラはそっと扉を開けた。

 

 扉を開けると……!


「俺だ! 見つけたぞ!」


 そこにはジャッカル・ベクスターが立っていた!

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