第10話 悪役令嬢、元騎士団長に拒絶される【ジェニファー視点】

 元騎士きし団長と現騎士きし団長の騒動そうどうの数時間後――夕方の十六時。


 グレンデル城では――。


 私はデリック王子の現婚約者、ジェニファー・ベリバーク。


 元騎士きし団長ウォルターのことが気になって仕方なかった。


 婚約こんやく者のデリック王子はかっこいい男なんだけどね。


 でも、ウォルターはデリック王子とはちょっと違っていて……強くて誠実せいじつで真面目な男だし……何よりアンナと密接みっせつな関係だっていうじゃないの。


 何か腹立つ!


「ロザリー!」

 

 その時間、私は自室でケーキを頬張ほおばっていた。


 それを食べ終え、部屋の横で私の衣類の整理をしていた、侍女じじょのロザリー・スレイダックを呼びつけた。


「何でございましょう、ジェニファー様」


 ロザリーは三十三歳のぽっちゃりした侍女じじょ


 私がアンナにかくれてデリック王子と付き合いだし、城にお忍びで通い出していたときからの知り合いだ。


 でもこの人、真面目だけど融通ゆうずうかないのよね。


 私がデリック王子と浮気恋愛していたのを、侍女じじょのロザリーだけは知っていた。


 そのことを、ロザリーは何回かとがめてきた。


「ジェニファー様、浮気はほどほどにしませんと」


 なんて言ってさ。


 今はもうデリック王子は私のものになってるけどね。


「ウォルターに会いたいんだけど」


 私が言うと、ロザリーは驚いた顔をした。


「はっ? 今、何と?」


 は? じゃないって。


 ロザリーはもう一度聞いてきた。


「先程庭園で問題を起こした、あの元騎士きし団長のウォルター・モートン……でございますか?」

「そうだけど? ちょっと会いたいんだけど」

「な、なぜでございましょう。彼は再び囚人しゅうじんになってしまったのですよ」

「気になるから会いたいのよね」


 私が言うと、ロザリーは顔をもっとしかめた。


 何? 囚人しゅうじんだろうが何だろうが、カッコ良い男に会いたいのは普通でしょ。


 別に王子と婚約こんやくしていても、他の男に会いに行っちゃダメだという規則はないでしょうが。


 しかしロザリーはまた眉をひそめて言った。


「ジェニファー様、ウォルター・モートンは再び牢屋ろうやに入っております。そ、その囚人しゅうじんと会いたいとは、どういうつもりでございましょう?」

「気になるから会いたいって言ってんのよ!」

「しかしあなたは将来、デリック王子の妻になる女性なのですよ」

「いいじゃないのよ! 一目見るくらい!」


 私はイライラしてきて続けて叫んだ。


「私は王子の婚約こんやく者よ! 言うことを聞けないの?」

「は、はあ……分かりました。確か、ウォルター・モートンから中庭で体を動かしたいという要望ようぼうがありました。夕方の十六時半、中庭でならお目にかかれると思います」

「あら、ウォルターの待遇たいぐうは良くなったのね。以前は沐浴もくよく以外、牢屋ろうやから出られなかったんじゃないの?」

「さあ、囚人しゅうじん待遇たいぐうに関して私には分かりかねます。ジェニファー様、ウォルターはあくまで囚人しゅうじんですので、それをお忘れなきよう」


 はあ、分かったわよ。まったく。


 ◇ ◇ ◇


 新しい牢屋ろうや番――つまりウォルターの担当男性兵士のマックス・ライクが私とロザリーを中庭に案内した。


「そういえばジム・ロークっていう前の牢屋ろうや番がいたでしょう? 彼はどうなったの?」


 私が一階廊下ろうかを歩きながらマックス・ライクに聞くと、彼は答えた。


「彼は反逆罪はんぎゃくざいでこの国から追放されましたよ。イザベラ女王様がそうお決めになりました」


 おお、怖い。


 イザベラ女王だけは怒らせちゃダメってことね。


「今、ウォルター・モートンはここにおります」


 マックスは中庭への扉を開けた。


 中庭は城の中央にある、城壁じょうへきに囲まれた空間だ。


 花壇かだんがあり大きな広場がある。


「ていっ! はあっ!」


 ウォルターは中庭の中央で、白いシャツを着て木剣ぼっけんを持たずに素振りをしていた。


 囚人しゅうじんなんだから、武器を持たせないのは当然ね。


 彼にとっては、これでも訓練のつもりなのだろう。


「ごきげんよう、ウォルター。午前は大さわぎだったわね」


 私が話しかけても、ウォルターは私を無視して木剣ぼっけん無しの素振りを続けた。


 ロザリーやマックスは離れた場所で周囲をうかがっている。


 私が、「この中庭にイザベラ女王かデリック王子が来ないか見張っていろ」と命令したのだ。


「ねえ、ウォルター」


 私は彼の腕にさわった。


 なかなか引きまっているわね。


 最近少し太ったデリック王子とは大違い。


 彼は素振りをやめた。


 私の美貌びぼうを見てしまったら、どんな男でも訓練どころじゃないわよね。


「ねえ、牢屋ろうやから出してあげてもいいわよ」


 私は右手を突き出した。


「私の手の甲にキスしなさい。そうしたらデリック王子に頼んであげてもいいわ」


 私は笑顔で言ったが、ウォルターはだまっている。


「……ねえ! 牢屋ろうやから出られるのよ! さっさとキスしなさいよ!」

「僕には大切な人がいるんだ」

「……な、何?」

「聖女アンナだ。彼女のことを裏切れない」

「聖女アンナぁ?」


 私は声をあらげた。


「あの平民のいかがわしい、まじない聖女のどこがいいのよっ! その点、私は大貴族よ。王子とは婚約こんやくしてるけど、あなたと不倫ふりんくらいしたってかまわないわ!」

「申し訳ないが」


 ウォルターはきっぱり言った。


「聖女アンナは僕を牢屋ろうやから一度、出してくれたんだ。彼女は僕の希望の星だ。きっとまた会える――そんな気がする」

「会えるわけないでしょうが! あんた囚人しゅうじんなのよ! さあ、手の甲にキスをしろ!」

「聖女アンナの心は美しい。僕はその心を裏切ることはできない。さあ、帰ってくれ。僕はまた後で牢屋ろうやに戻る」

「あ、ぐ、ぐ」


 私は目を丸くしてウォルターを見た。


 彼は馬鹿みたいにふたたび素振りをしだした。


 牢屋ろうやから出られるのを拒否するなんて――こんな男がいるの?


「ふふふ……」


 私はウォルターから離れ、ニヤリと笑った。


「逆に燃えてきたわね。絶対にあの男を――ウォルターを振り向かせてやる!」

「何が燃えたんです? 火事でも起こったんですか?」


 ロザリーは大ボケをかましたが、私の決意はゆるがなかった。

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