第7話 銀髪少年、騎馬隊を一網打尽

 パメラの弟、ネストールはおもむろに馬車の客車から、後ろへ飛び出した。


 向かってくるのは、十名の騎馬きば隊――!


 一名の騎馬兵きばへいが、もう馬車に追いつきそうだ。


「はあああっ」


 ネストールの掛け声とともに、にぶい音がした。


 ネストールは飛び上がると同時に、騎馬兵きばへいの一人の顔を飛び蹴りしたのだ!


 ドオオオッ


 そんな音がして馬の上の兵士は吹っ飛び、馬は横倒しになった。


 ネストールは道路に着地している。


「よし、やった」


 御者ぎょしゃのパメラが叫ぶ。


 私たちの乗った馬車は速度を落とした。


 ズドドド


「うあああああ」

「ひえええ」


 すさまじい音と声とともに、けてくる騎馬きば隊がその横倒しの馬にひっかかったのだ。


 十名の騎馬きば隊は全員、道路に転げ回っている。


「思ったより、大袈裟おおげさなことになっちゃったなあ」


 ネストールは走って、ゆっくり走っている馬車に追いつくとまた客車に乗り込んだ。


「ようし! 全速力で逃げるぞ!」


 パメラは叫ぶと、馬車の速度を上げた。


「あ、あなた、すごいのね」


 私が呆然としてネストールに言うと、彼は真顔で二つ目のげパンを食べだした。


「まだ終わってないよ。あれ……弓矢? 当たったら死ぬんじゃない?」


 そのとき、後ろに見える騎馬きば隊の一人が背負ったものを構えたのが見えた。


 弓矢を構えている!


「弓矢だって? 何とかしろ!」


 パメラが御者ぎょしゃ席でわめく。


「く、来るわよ! 私が防ぐ!」


 私はすぐに「外気ルアーダ」を体に取り込んだ。


 最近、治癒ちゆ魔法以外で魔法を使っていないから、防御魔法がうまくいくかどうか……?


 外気ルアーダとは空気中に浮かぶ「アーダ」のことである。


 アーダ硬化こうかできる性質を持っている。


「このままだと当たるね」


 ネストールはげパンをかじりながら、モニャモニャ言った。


 騎馬兵きばへいの弓矢は、するどい音を立ててはなたれた!


はなたれよ、『アーダ』! そして『エスクード』!」


 私が素早く唱えると、馬車に私が放った外気ルアーダで包まれ――外気ルアーダ硬化こうかした。


 そして――。


 かわいた音とともに、外気ルアーダエスクードにより弓矢ははじかれた。


「ふうっ……!」


 私とパメラは息をついた。

 

 馬車はそのまま進んだ。


 聖女が無理に防御魔法を使ったから、つ、つかれた……。


 でもまだ難題なんだいが残っている。


 国境こっきょう警備員をどう切り抜けるか……?


 ◇ ◇ ◇


 一時間半程度、大通りを突っ切ると、やがて大草原に入った。


 目の前には国境こっきょうの鉄の門がある。


 詰所つめしょがあり、大柄おおがらな警備員が二人立っている。


「待て! 全員降りろ! ――三名か」


 中年の警備員が声を上げた。


 警備員は中年男と若い男だった。


 私たちが馬車を降りると、中年の警備員は私とパメラ、ネストールをじろじろ見やりだした。


「何だ? お前らあやしいな。通行許可証を出せ!」


 私は彼が持ったひのきの棒で、右肩を少しコツコツたたかれた。

 

 ここはグレンデル王国とロッドフォール王国の国境こっきょう


 通行するには、役所に依頼し作成した通行許可証が必要だ。


 門の左右には赤レンガで造られた高さ約二メートルの壁が、長く長く続いている。


「通行許可証は持っています!」


 パメラは文書ぶんしょを手渡した。


 中年警備員は手渡された文書ぶんしょを見てから、眉をひそめてパメラに返した。


「これはグレンデル王国の役所が発行した通行許可証だな。しかしダメだ。これでは通れない!」

「えっ? な、なぜ? 普段ならこれで――」

「確かに普段ならこの通行証で通せる!」


 中年警備員は言った。


「しかし、ついさっき伝書鳩でんしょばと通達つうたつがあった。グレンデル城から逃亡者とうぼうしゃが出たと」


 私たち三人はドキッとしたが、表情は変えなかった。


 中年警備員は私たちを見やり、大声で言った。


「現在、この国境こっきょうを通行するには、イザベラ女王とグレンデル城が発行した通行許可証が必要だ。礼拝堂や役所、ギルドの通行許可証では通せない!」


 そ、そんなものは持っていない。


 そもそも私たちは、そのイザベラ女王に追われる身だ……!


 警備員二人はあきらかに私たちをあやしんでいる。


「これからお前らは、取り調べを受けてもらう!」


 中年警備員は私たちをにらみつけて言った。


 こ、困った……。


 このままでは騎馬きば隊に追いつかれる!


 ――そのとき!


「父ちゃん」


 国境こっきょうの門のほうでかわいい子供の声がした。


「ん? お、おいっ、ヘンデル! ここに来ちゃいかんと言っただろうが」


 中年警備員はそう叫び、あわてて門のほうにった。


 門の向こうに、六歳から七歳くらいの男の子が立っている。


 おや? 珍しい。


 口に布製のマスクをしている。


 聖女の仕事で病院に行ったことがあるが、肺にわずらいがある人がマスクをつけているのを見たことがある。


「ずっと家にいなきゃいけないから嫌なんだ……。僕だって外で遊びたいよ……ゴホッ、ゴホッ……」


 少年はき込みながら言った。


「学校も休まなきゃいけないし。皆と勉強したい」

「だめだ、ヘンデル。家に戻ってろ。すぐに息切れするだろう。母さんに怒られるぞ」


 中年警備員は門越もんごしに少年をしかった。


 私はヘンデル少年のアーダを見た。


 のどと肺のアーダがかなり減少している。


 となると、肺疾患はいしっかん……。


「彼は何らかのガス、もしくは工場の煙などをかなり吸い、肺をわずらっていますね」


 私が中年警備員に言うと、彼は目を丸くして言った。


「な、なんだと?」

「そうなるとのどの内部がせまくなり肺の機能も弱くなって、呼吸ができにくく息切れやせきが出るのです」

「き、貴様……!」


 中年警備員は私をにらみつけたが、私は言った。


「私に彼をせてもらえませんか。私は聖女です。病人を治癒ちゆするのが仕事ですよ」


 私がそう言うと、中年警備員は若い警備員と顔を見合わせた。

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