第6話 最悪の敵、イザベラ女王

「お前のしわざか? 聖女の小娘こむすめ……!」


 イザベラ女王は私をにらみつけた。


 私はデリック王子と婚約こんやくしていたときから、イザベラ女王に嫌われていた。


「いえ、私は……。デリック王子がウォルターを牢屋ろうやから出してやると申し上げました」


 私は背筋せすじに、冷たい汗が流れているのを感じながら言った。


「ほーう……? 私は聞いていないが……デリック」


 イザベラ女王は、右手に持った扇子せんす孔雀くじゃくの羽のようにバサリと広げて言った。


 な、何という威圧いあつ感――。


 女王――恐ろしい女性だ!


「た、確かに俺……いや、私はそう申し上げました、母上! ウォルターを牢屋ろうやから出して良いと!」


 デリック王子はまるで兵隊みたい姿勢を正して言った。


「し、し、しかし、最終的にはウォルターの判断にまかせました。アンナは、彼を外に出るようにきつけたのです!」


 えっ? きつけた?


「話は分かった。聖女の小娘こむすめよ! お前は自分の『女』を利用して、囚人しゅうじんの心を動かしたと」


 イザベラ女王はまるで私の心をのぞきこむような表情で言った。


「と、とんでもない! 私は『女』など利用してはいません!」


 私はうったえた。


「そもそも、私はお前が気にわなかったのじゃ! アンナ」


 イザベラ女王は背が高かったので、私を上から見下げた。


「聖女だと? 治癒ちゆ魔法で人をいやすだと? ふん、きれいごとを。うちの息子までたぶらかしおって! 息子が婚約こんやく相手をジェニファーに変更へんこうして、やっと安心したわ」

「お、王子をたぶらかしてなんておりません!」


 私は抗弁こうべんした。


 ジェニファーは大貴族の娘で、彼の父のロンダベル公爵こうしゃくは武器商人だった。


 彼はイザベラ女王と共謀きょうぼうし、他国に対して武器の商売をして大もうけをしていた。


 だからイザベラ女王はジェニファーをかわいがっていたのだ。


 ――イザベラ女王は右手を上げて叫んだ。


「来たれ! 強者つわものよ!」


 すぐに真っ赤な兵士が十名、ウォルターの周囲を取り囲んだ。


 あの真っ赤なよろいかぶとの兵士は普通の兵士ではない!


 女王親衛しんえい隊だ!


 グレンデル城の騎士きし団とは別に、女王のためにきたえ上げられたグレンデル王国最強の兵士たちである。


「ウォルターを牢屋ろうやに入れよ!」


 イザベラ女王は叫んだ。


 ウォルターは四方八方から剣を突き付けられ、身動きができない。


「な、何をするんです! ウォルターは休ませなければなりません!」


 私が叫ぶと、女王親衛しんえい隊は私も取り囲んだ。


「ウォルター! 私はここよ!」


 私はウォルターに向かって手を伸ばす。


 ウォルターもそれにこたえるように、手を伸ばした。


 しかし、私とウォルターの距離きょりはかなり離れている!

 

「アンナもらえよ! 牢屋ろうやに閉じこめてしまえ!」


 女王は叫んだが、驚いたことに周囲の騎士きし団が女王親衛しんえい隊とぶつかりあった。


「アンナ様をお守りせよ! ウォルター先輩せんぱいをお守りせよ!」


 ジムが率先そっせんして叫んでいる。


 ジム……あなた――ありがとう!


 騎士きし団員と女王親衛しんえい隊がぶつかりあっているので、私の包囲は一時的に解かれた。


「アンナ! こっちだ!」

 

 庭園の門の外に、馬車が停車した。


 御者ぎょしゃは親友のパメラ・モナステリオ!


「あんたが城の王の間に呼ばれたと聞いたんで、嫌な予感がして来てやったぞ!」


 彼女は二十一歳の女魔法使いだ。


「ウォルター!」


 私がウォルターに向かって叫ぶと、ウォルターは女王親衛しんえい隊にらえられ連れていかれるところだった。


「何やってんだよ! 自分の命を守るのが先だろっ、アンナ!」


 パメラの声でハッとして、私は泣きそうになりながらパメラのほうに向かって走った。


 何で……何で……こんなことに。

 

 ウォルター!


「乗れえっ」

 

 パメラが叫んだ。


 私は馬車の客車に飛び乗ると、すぐに馬車は発進した。


 女王はその光景を見ながら私をにらみつけ、自分の扇子せんすを地面にたたきつけた。


「アンナを追え!」


 女王親衛しんえい隊たちが叫ぶが、騎士きし団員たちも押し返す。


 騎士きし団員の皆さん……!


 ああ、私のせいでイザベラ女王や女王親衛しんえい隊に歯向かうようなことをさせてしまった!


「アンナ様を追手おってからお守りしろ! 女王親衛しんえい隊め、ウォルター先輩せんぱいを返せ!」


 ジムが叫んでいる声が聞こえた。


 グレンデル城の庭園はもう大さわぎだ。


 ◇ ◇ ◇


 馬車は全速力で町の大通りをっていく。


 今日は平日なので、大通りは馬車の通りがほとんどない。


 私の座っている客車にはほろがなく身をかくせないので、私は体勢たいせいを低くしていた。


「どうしてウォルターを助けられなかったのだろう……」


 私はそうつぶやいた。


 くやしくて仕方なかった。


 ――客車には私の他に一人、銀髪ぎんぱつ小柄こがらな少年が乗っている。


 美しい少年だ。


 年齢は十七歳から十九歳くらいか?


「あなた……誰?」


 しかし銀髪ぎんぱつ少年は呑気のんきに砂糖がかかったげパンを食べている。


 御者ぎょしゃのパメラは叫んだ。


追手おってが来る!」


 今度は女王直属ちょくぞく騎馬きば隊たちが、私を追ってくるのが見えた。


 何てしつこい!


国境こっきょうを突っ切るぞっ」


 パメラは叫んだ。


 この大通り――グレンデル大通りをぐ進むと、隣国りんごくロッドフォール王国の国境こっきょうにぶち当たる。


「ネストール・モナステリオ! あんたの出番だよ! 何、呑気のんきげパンに食らいついてんだぁっ!」

 

 パメラはわめく。


「姉ちゃん、俺、戦うの嫌いなんだけど」


 銀髪ぎんぱつの少年――ネストールは文句を言った。


「あ、パメラの弟なんだ?」


 私がネストールに聞くと彼は「そうだよ」とぼんやり言った。


 ――パメラは叫ぶ。


「いいからネストール! 何とかしろ! このままじゃ牢屋ろうや行きだぞ!」

「何で俺が……。わかったよ、終わったらリンゴパイおごってね」


 すさまじい音とともに、騎馬きば隊が追ってくる。


 騎馬きば隊は十名ほど――。


 これは追いつかれるか?


「よっ」


 ネストールはそう声を上げた。


 私は目を丸くした。


 彼はおもむろに馬車の客車から、後ろへ飛び出したのだ。


 向かってくるのは、十名の騎馬きば隊――!

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