第30話 聖女、謎の患者に困り果てる

 ウォルターが、デリック王子と魔界の王子のラードルフを追い返して一日がった。


 私たちは毒入りパンを入手することを忘れていたが、村に帰ってきたネストールが毒入りパンを二つ入手してくれていた。


 この毒入りパンを調べれば中の毒の成分も、毒がどうやって生成されたものなのかも分かるはず。


 村人が再び毒におかされる可能性も低くなるだろう。


 だが、どうやって毒の成分を調べる?


 それに、私はまだ村人全員に、治癒ちゆ魔法をかけることができていない。


 問題は山みだった……。


 ◇ ◇ ◇


 その日の朝――私の村人への診察しんさつはパメラによって休診きゅうしんとさせられてしまった。


「アンナ! 昨日、あんたは三人も治癒ちゆ魔法で治した。休まないと死んじゃうよ! 霊力れいりょくを使い過ぎ!」


 パメラはつかれ気味の私に向かって、しかるように言った。


「今日は問題を話し合おうよ。①毒入りパンの毒をどうやって調べるか。②約六十名以上の村人の健康状態をどうやって取り戻すか。③イザベラ女王やグレンデル城の襲撃しゅうげきにどう対処たいしょするか……!」


 パメラは集会所の部屋の中で声を上げた。


 私、パメラ、ウォルターが集会所で色々話し合っていると――。


「あの……私、ザミーラ・エルマイナと申します」


 若い女性の村人が集会所の玄関に、おずおずとやってきた。


 おや? 子どもをおぶっている。


 五、六歳くらいの女の子か……。


「あ~。ダメダメ。申し訳ないけど今日はアンナの診療しんりょうはお休みだよ。診療しんりょうは明日!」


 パメラは若い女性に言った。


 ザミーラという女性はあわてたように、「そ、そうですか」とうなずいた。


「で、出直します」

「待ってください!」


 私は声を上げた。


 どうしても彼女がおぶった子どもが気になったからだ。


「お子さんの調子が悪いのですね?」

「は、はい。私の診療しんりょうは明日以降で良いですから……こ、この子の診療しんりょうをお願いします」

「分かりました。では、お子さんをましょう」

「アンナ! あんた、ダメだって! 少しは休まなきゃ」


 パメラが驚いたように声を上げた。


「一人だけなら大丈夫!」


 私がきっぱり言うと、パメラは額に手を当てて首を横に振った。


「まったく、あんたは~……」

「さあ、お子さんをここへ。お子さんのお名前は?」

 

 私がザミーラを集会所へ上がるよう手で示すと、彼女の顔は少し明るくなった。


「この子の名前はターニャです」


 私がうなずくとザミーラは子どもをおぶりながら、集会所に上がってきた。


「その毛布のところに座らせてください」


 私が指示するとザミーラは毛布の上に女の子――ターニャを座らせた。


 ターニャはひざを抱えて座っている。


 おや?


 私はその子をじっと見た。


 ターニャの目線が私のほうを向かない。


 ぼーっとしている。

 

 呼吸はしているし、もちろん脈はあるようだが……。


「ターニャ、ターニャさん」


 私がターニャの名前を呼んでも、彼女はこっちを見ない。


 言葉が聞こえていないのか?


 それとも……。


「反応がないですね」

「はい……」

 

 ターニャの母――ザミーラは泣きそうになりながら言った。


「この子、三ヶ月前からこうなんです」

「ターニャの年齢ねんれいは?」

「六歳です」

「体のアーダます。よろしいですね?」


 私はザミーラの了解を得て、ターニャの体からき上がるアーダを見た。


 結果、彼女のアーダには毒の緑色はふくまれていなかった。


 つまり体内の臓器ぞうきには毒が蓄積ちくせきされていない。


 これは毒を摂取せっしゅしていないということ。


 グレンデル城製の毒入りパンを食べなかったということか?


「アンナ……これ……。この村では初めてる症状だね」


 パメラはまゆをひそめて言った。


 パメラも透視とうししているのだから、ターニャの体内に毒がある可能性は少ないだろう。


「うーん……もう一度ます」


 私はもう一度念入りに、ターニャの肝臓かんぞう、胃、大腸、小腸、肺、心臓、足、手をた。


 ――正常だった。


 しかしターニャはぼーっとして、言葉を発さない。


「彼女の食事はどうしていますか?」


 私が母のザミーラに聞くと、彼女は言った。


「ターニャは三ヶ月、水か牛乳しか飲んでいません。だからとても心配で……」

「水か牛乳しか飲まない? 他に変わったことは?」

「ただ日中、ぼーっとしているのです」


 私はうなってしまった。


 初めて聞く症状だ。


 水か牛乳しか飲まないのでは、栄養がとても足りないではないか……。


 栄養失調も原因として考えられる。


 しかしそもそも、水と牛乳しか飲めなくなった原因は?


「やっぱり気になるのは、ターニャがしゃべらないこと、名前を呼んでも反応しないこと、ぼーっとしていることだね」


 パメラは言った。


 その通りだ――。


 ターニャの症状がどうしても分からない。


 結局、今日はザミーラとターニャに帰ってもらうしかなかった。


「患者さんが目の前にいるのに、治せないなんて」


 私はもう本当にくやしくて、泣きそうになった。


「仕方ない。我々は何でも病気を治せる神ではないのだ。今は静観せいかんしよう」


 ウォルターがなぐさめてくれた。


 ◇ ◇ ◇


 昼の三時、私が外の広場で日向ひなたぼっこをしていると誰かがこっちに歩いてきた。


 村長の娘のレギーナさんと、炭鉱たんこうの近くの家で静養せいようしていたグレンデル国王だ。


「国王、調子はいかがですか?」

 

 私がグレンデル国王に聞くと、彼は笑って言った。


「私はもうグレンデル国王ではないよ。まあ、私の呼び名は後々のちのち考えるとしよう。――私の体調はとてもよろしい。体が軽くなった。食欲も出てきたようだ」

「それは良かったです……」

「おやおや、そういう君の元気がないではないか? 悩みがあるのならば聞くが……」


 グレンデル国王がそう言ってくれたので、私は彼に説明した。


「先程、お子さんの患者様がいらしたのです。私が呼びかけても反応がなく、言葉もしゃべりません」

「ほほう?」

「水と牛乳しか飲まず、一日中ぼーっとしているらしいのです」

「なるほど……ふむ」

 

 グレンデル国王は興味深そうに腕組みした。


「その症状しょうじょうはここから南西の地域で聞く、死霊病しりょうびょうに似ているな」


 ――死霊病しりょうびょう


 私はその始めて聞く病気の名前を聞いて、鳥肌とりはだが立った。


 この直観は天使のささやき。


 そのおぞましい名前の病気――死霊病しりょうびょうとは一体、何なのだろう?

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