第29話 ウォルター、魔界の王子と勝負する

「ふふん、面白い。では俺が勝ったら、その聖女アンナをいただくとしよう。そして君は、俺の目の前であのパンを食べてもらおう」


 謎の男――ラードルフは笑って言った。


「何だと!」


 ウォルターは木剣ぼっけんかまえた。


 も、もしウォルターが負けてしまったら、彼は毒入りのパンを食べなくてはならないというの?


真剣しんけんでなくて良いのか? 僕は木剣ぼっけんで君を打ちたおすことができるが」


 ウォルターがラードルフに言った。


だまれ!」


 ラードルフは一歩み出し木剣ぼっけんを突いてきた。


 ウォルターは後退しそれが当たらない距離きょりに移動した。


 二人はその一瞬、同時に前に出た。


 にぶい骨のきしむような音がして――。


 二人はぶつかり合った――つばいだ。


「フフフ、人間よ、なかなかやるな」

「いや、君の剣術はすきがある」


 ウォルターは静かに忠告ちゅうこくした。


 強い打撃音だげきおんがして、ラードルフははね飛ばされた。


 ウォルターは力でラードルフをはね飛ばしたのだ。


「な、なんだと?」


 ラードルフはしりもちをついており、すぐにウォルターは倒れたラードルフの腹部に木剣ぼっけんを突き付けた。


「ま、まさかそんな」


 ラードルフは足でウォルターの木剣ぼっけんり上げると、横に転がってその場から逃げてしまった。


木剣ぼっけんを足でり上げるとは。真剣しんけんだったら、足が切り落とされていたぞ。ラードフルよ」


 ウォルターは首を横に振りながら言った。


「ゆ、許さん!」


 すぐにラードルフは立ち上がり、右ななめ上から木剣ぼっけんを振り下ろした。

 

 ウォルターはそれさえも見切ってけ、木剣ぼっけんはらう。


 そして次の瞬間――ウォルターの木剣ぼっけんはラードルフの首筋くびすじに当てがわれていた。


「なるほど、とんでもない剣術の使い手だということか」


 ラードルフは軽口かるくちたたきながらも、すさまじい量の汗をかいていた。


 冷や汗だろう。


「これは本気の剣術勝負になりそうだ」

「ラードルフ、君は今まで本気を出していなかったというのか?」

「ああ、そうだ――」


 ラードルフは一歩前にみ出た。


「その通りだよ、ウォルター!」


 しかし彼は木剣ぼっけんを突き出さず、右手を突き出した。


「『爆発魔法イクスプロシオン』!」


 ラードルフは魔法を放ったのだ。


 これは剣術勝負では?


 ラードルフは約束を反故ほごにした!


 だが、その魔法さえもウォルターは体を低くしてけていた。


 次の瞬間――。


 にぶい音がしてラードルフは地面に両膝りょうひざをついていた。


 そして、彼の右手首にはウォルターの木剣ぼっけんが当てがわれていた。


 ウォルターの木剣ぼっけんが、ラードルフの右手首を強く打っていたのだ。


「……き、貴様……」


 ラードルフがそううめいた――そのとき!

 

 爆発音がした。


 後ろのれ木が爆発したのだ。


 ラードルフの爆発魔法がれ木に直撃していた――。


 一方、ラードルフは顔をしかめて右手首を押さえている。


 右手首は赤くれ上がっていた。


「ふむ」


 ウォルターは静かに言った。


「君の魔法が当たっていたら、僕は死んでいたな」

「いい加減にしろ、ラードルフ!」


 ジャッカルが二人の間に入りラードルフに向かって叫んだ。


「この勝負、ウォルターの勝ちだ。お前とウォルターでは剣術の実力に差がある。しかもお前は自分で決めた剣術勝負という約束事やくそくごと反故ほごにして、魔法を使った!」

「く、くく……バカな」


 ラードルフが右手首を押さえながら言った。


「この私が……ま、魔界の王子が……。こんな屈辱くつじょくを」


 そしてラードルフはウォルターをにらみつけながら言った。


「覚えていろ、ウォルター……! 俺は魔界の王子、ラードルフだ。次は魔法を解禁して勝負をしよう。その聖女をけて……!」


 ラードルフは私を見て舌打ちすると、「おい、行くぞ」とデリック王子に言った。

 

 二人は馬車に乗り込んだ。


 パンは赤い馬車の荷台にだいまれたままだ。


 二台の馬車は逃げるように村を出ていった。


「ウォルター! 大丈夫ですか?」


 私はウォルターにけ寄った。


 おや? ウォルターが左腕を押さえている。


 彼の左腕の一部が紫色の変色し、アザになっていた。


「どうして殿方とのがたはすぐ勝負事しょうぶごとをするんですか! 私、あなたがきずつくと考えてとても不安です!」


 私は泣きそうになりながら、彼の左腕に治癒ちゆ魔法をかけつつ言った。


 ウォルターは「すまない」と頭をかいていた。


 もし負けたら、ウォルターは毒入りパンを食べさせられていたのだ。


 本当にゾッとする。


 ◇ ◇ ◇

 

 その日の昼過ぎ――。


「ふう……」


 これで三人目の村人の治癒ちゆが終わった。


 集会所の中は村人で満員になっていた。


 私は村人の体をて、治癒ちゆ魔法をかけ毒を蒸散じょうさんさせていた。


 集会所の中の村人は、私の治癒ちゆ魔法を待つ人々だ。


「おい、いい加減にしろよ、アンナ!」


 パメラが横から私をしかった。


治癒ちゆ魔法は本来、一日三人が限界だ! 無茶すると、あんたがたおれるぞ!」


 彼女の言う通りだった。


 四人目のおばあさんに取り掛かろうとしたとき、私は頭がグラリとした。


 治癒ちゆ魔法で霊力れいりょくを使いすぎたのだ。


 霊力れいりょくは空から降ってくるが、それを出力するために内部の霊力れいりょくや精神力を多少使ってしまうのだ。


「パメラの言う通りだ。休みなさい」


 横にいたウォルターが私を支えてくれた。


 さっき私はウォルターをしかったが、今度は逆に注意されてずかしかった。

 

 患者かんじゃのおばあさんは心配そうな顔で私を見ている。


 私は今日は、このおばあさんの治癒ちゆをあきらめることにした。


 まだ六十人以上の村人をないと……。


 でも村人全員の治癒ちゆを実現するには、一ヶ月も掛かってしまう計算になる。


 その間に村人の体内の毒は、増殖ぞうしょくする可能性もある。


 それには毒入りパンの毒の成分も調べなければならないが――。


「あっ!」


 私は肝心かんじんなことを忘れていた。


 パン――。


 あの毒入りパンを入手することを、すっかり忘れていたのだ。


 私はあわててパメラに聞いた。


「毒入りパンは手に入れたっけ?」

「え? 村人を守るのに必死で、あいつらが持ってきた毒入りパンなんかさわりもしなかったよ!」


 パメラも肝心かんじんなことに気付いたようだった。


 パンの毒がどのようなものでどんな場所で入手したのか調べないと、また村人の体内に毒が入ってしまう可能性がある!


 し、しまった……。


「ただいま~」


 私とパメラが頭をかかえていたそのとき、「彼」が集会所に入ってきた。


 手に持っている布の袋には、見覚えのあるかくパンが見えていた。

 

 まさかそのパンは……!


 そしてその「彼」とはネストールだった――!

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