第28話 聖女はパンの謎に迫ります!

 私は聖女、アンナ・リバールーン。


 ここはローバッツ工業地帯の村。


 今日はき出しの翌日、今の時刻は昼近くの十一時。


 私、パメラ、ウォルター、ジャッカルは集会所を寝床ねどこにして宿泊した。


 村人たちは畑仕事や炭鉱たんこうの仕事、砂利じゃり集めなど仕事にいそしんでいるようだ。


 ローバッツ工業地帯の村人は朝食をとらないらしい。


「うーむ、俺たちの体の中に毒物があるのは分かった」


 集会所にやってきたオールデン村長は、残念そうに言った。


「大丈夫です。私が村人全員の毒を取りのぞきますから」


 私が言うと、村長は「そ、そうか。頼む」と頭を下げた。


「実は村人たちも、自分の体がせ細っているので毒を摂取せっしゅしてしまっているのではないかと、薄々うすうすは気付いているんだ。だが、我々の村には病院もないし、そもそも病院にかかる金の余裕もないからな……」

「毒のもとを断ち切りましょう。そうすれば村人たちの肉体も健康的になります」

「その毒がどこから出ているのか分かったか?」

「予想はついているのですが、憶測おくそくだけで判断するのは危険です」


 そういえば、炭鉱たんこう近くにいる国王様はどうなさったのだろう。


 私の治癒ちゆ魔法を受けてからの健康状態を知りたいが……。


 しかし今日は村に大事なものが配送、配給はいきゅうされる日らしい。


「今日はパンが配給はいきゅうされるのでしたね」

「そうなんだ。この村は小麦類が栽培さいばいできない土地でな……。だが村人はやはりパンが欲しいということで一週間に一度、配給はいきゅうを受け入れているんだ」


 この近隣諸国きんりんしょこくではパンは人々の生活に欠かせない、大事な聖なる食べ物だ。


 私もパンを食べないと力がでないと感じるほうだ。


「そろそろパンの配送者が来る時間だが……」


 村長がそう言ったとき、「パンが来たぞ!」と外で声がした。


 私はあわてて外に出た。


 一週間に一度、この村に配給はいきゅうされるパンがあやしいのは分かっている。


 だが、そのパンを実際に見てみないと何ともいえない。


 村の入り口付近に馬車が二台停車しており、パンの配送人と思われる人物が村人を集めている。


「さあ美味いパンだ! これから配るぞ!」


 ん?


 聞き覚えのある声だが……。


「ええ?」


 私は目を丸くした。


 デ、デリック王子!


 私の元婚約こんやく者がパンの配送人?


「ん?」


 デリック王子は御者ぎょしゃたちとともに、赤い馬車にまれた山のようなパンのベルトをこうとしていた。


 その手を止めて、私の方を見た。


「な、な、なんでお前がこんなところにいるんだ?」

「あ、あなたこそ、どうして? デリック王子!」

「どういうことなんだ、アンナ。お前がいるとは……」


 このパンはグレンデル城から配送されたパン!


 私は馬車にまれているパンの山をにらみつけた。


 パンの山から緑色の毒素のアーダが、もうもうと立ちのぼっている。


「あれが村人の毒の原因か……!」


 私はつぶやくように言った。


 そして素早くオールデン村長に聞いた。


「いつもデリック王子がパンを配送している……わけではありませんよね?」


 私と付き合っていたころのデリック王子からは、パン配送の話など聞いたことがない。


 村長は言った。


「いや、今まで週に一度来ていたのはブルートというグレンデル城の執事しつじだ。……あ、あの男は王子なのか? 驚いたな」

「さ、さあ、パンをこれから配るぞ! 美味しいパンだ!」


 デリック王子は作り笑いをして、村の子どもたちに言った。


「――おやめなさい! その毒入りパンを受け取ってはなりません!」


 私は声を張り上げた。


「何だと?」


 デリック王子は私をジロリと見やった。


「アンナ、お前、今何と言った? とんでもないことを言ったな」

「ええ、言いましたよ。『毒入りパンを受け取ってはならない』と!」

証拠しょうこはあるのか? パンを切って断面を見てみろ。中は真っ白いはずだぞ。しっかりした美味しいパンだ」

「いえ、私には見えますよ、パンから立ちのぼる緑色の毒素が! 毒素は恐ろしく微細びさいな粉末で、注意深く生地きじに練り込まれているはずです。パンの断面を見ても、毒素の緑色が分からない状態になっていると思われます。そうでしょう?」

「あ、相変わらず口だけは達者たっしゃな女だ。お、おい、何とかしてくれ」


 デリック王子はちらりと横に立っている男を見た。


 ん?


 誰だろう? あの男性は……。


 長身の美男子だ。


 ニヤニヤ笑ってこっちを見ている。


「俺はラードルフという者だがね」


 男は私に言った。

 

 な、何?


 人間……?


 い、いや、一見、人間に見えるが……。


 なんという禍々まがまがしいアーダをまとった男なのだろう?


「おお……。お前が聖女という人間の女なのか?」


 ラードルフという男は、私をまじまじと見た。


「な、なんと高潔こうけつな……分かる、分かるぞ。お前は神につかえる人間なのだな」

「そ、それがどうしたのですか? わ、私を……そんなに見ないでください」

「欲しい。お前が――」


 ラードルフが右手を私に向かってばしたとき――。


 そのラードルフの右手首を誰かが横からつかんだ。


「聖女にさわるんじゃない!」


 ウォルターだ!


 ラードルフはウォルターをにらんだ。


「……何だ? お前は」

「グレンデル城の元騎士きし団長、ウォルター・モートンだ」

「ほほう? この聖女とどんな関係だ」

「僕は彼女を全身全霊ぜんしんぜんれいで守る立場だ。ここから立ち去れ、ラードルフとやら」

「フフフッ……。何と、人間の騎士きし団長とは。ということは剣術の使い手なのだな。そうだろう?」


 ラードルフはウォルターの手を振りはらい、馬車の荷台にだいから何かを取り出した。


 木剣ぼっけんだ!


 いつの間にか外に出てきていたジャッカルが、ウォルターに言った。


「おい、あいつ……。魔物だぜ」

「ああ、雰囲気ふんいきで分かる。相当手強い」


 ウォルターがそう言ったとき、ラードルフは木剣ぼっけんかまえた。


「俺も剣術を心得ていてね。いつも木剣ぼっけんを持ち歩いている。人間族の剣術を見て見たいのだよ。お手合わせ願えるかね?」


 ジャッカルが、「ウォルター!」と叫び、木剣ぼっけんをウォルターに投げてわたした。


「ラードルフとやら。僕がこの勝負に勝ったら、お前たちはこの不浄ふじょうなるパンを持って帰り去れ!」


 ウォルターが声を上げたとき、ラードルフはまた笑った。


「ふふん、面白い。では俺が勝ったら、その聖女アンナをいただくとしよう。そして君は、俺の目の前であのパンを食べてもらおうか」

「何だと!」


 ウォルターは木剣ぼっけんかまえた。


 も、もしウォルターが負けてしまったら、彼は毒入りのパンを食べなくてはならないというの?


 私の目の前で、剣術の勝負が始まろうとしている。


 一方のデリック王子はあわてたような表情で、その光景を見ているだけだった。

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