第31話 聖女、絶体絶命! イザベラ女王が来る!

 グレンデル国王は興味深そうに腕組みして言った。


「その症状しょうじょうはここから南西の地域で聞く、『死霊病しりょうびょう』に似ているな」


 ――死霊病しりょうびょう


 グレンデル国王は再び話し始めた。


「私が三年前――まだグレンデル城にいたときのことだ。南西のジャームデル王国に会議で呼ばれ、馬車で奇妙な村を通りかかった。この村では死霊病しりょうびょうが増えてきていると、侍従じじゅうから聞いた」

「そ、それはどんなやまいなのですか?」

「確か、人間の感情が失われてしまい、言葉をしゃべらなくなる病気だと」


 感情が失われる……しゃべらなくなる!


 ターニャの症状しょうじょうと似ている!


「それくらいしか知らんが、何か役に立つだろうか?」


 国王が頭をかきつつ、そう話してくれたそのとき……。


「馬車だ! 赤いよろいを着た兵隊が来たぞー! 大勢だ! 三十名はいるぞ」


 村人の声が周囲にひびいた。


 火の見やぐらで周辺を監視かんしする青年、ダニエル・ロスタが叫んだのだ。


 あ、赤い兵隊!

 

 まさか――グレンデル城の女王親衛しんえい隊?


「おい! 先頭に女がいる! あれはイザベラ女王じゃないのか?」


 ダニエルが望遠鏡ぼうえんきょうのぞきながら叫んだ。


 私はギクリとして冷や汗が出た。


 イザベラ女王――!


 私のもっとも苦手な人物――この世でもっとも恐怖を感じている人間だ。


 そ、そうか。


 デリック王子は帰ったあと、イザベラ女王に報告したのか。


 しかし、女王がこんなに早く動きをみせるとは思わなかった……!


「い、いかん! イザベラ女王は本気で君を見つけにきた!」


 国王は私に向かって叫んだ。


「イザベラ女王と女王親衛しんえい隊には逮捕権たいほけんがあるのだ。見つかると逮捕たいほされるぞ。特にアンナ! 君はグレンデル城から指名手配をされているはずだ。まずいぞ」


 そしてグレンデル国王は声を上げた。


「私は炭鉱たんこうかくし部屋に避難ひなんするが……君たちはどうする? 炭鉱たんこうは身を隠すのに最適さいてきとはいえない。一本道なので女王親衛しんえい隊が入ってきたら逃げ場がない。隠し部屋もせまい」

「そ、そうですね。それなら」


 私はあわてて思いついたように言った。


「わ、私たちは裏口から村の外にいったん逃げます。大きな岩場と森がありますから、そこに――」

「そ、そうか。村にいるよりも安全かもしれないが……。つかまるなよ、聖女よ」


 グレンデル国王は急いで、レギーナさんと一緒に炭鉱たんこうのほうに行ってしまった。


 ああ!


 イザベラ女王と女王親衛しんえい隊が村の入り口まで来て、オールデン村長と話をしている!


「早く安全な場所へ逃げよう!」


 ジャッカルがこっちに走ってきながら声を上げた。


「これは本当にマズい。つかまったら全員牢獄ろうごく行きだ!」


 ウォルターやパメラ、ネストールも一緒だ。


 私は提案ていあんした。


「む、村の裏口から逃げたほうが良いと思われます」

「ダメだ、女王親衛しんえい隊は村の外の周囲も見回っている」


 ウォルターの言葉に私はギョッとした。


 ――彼は続けた。


「食料庫に身をかくそう。物が多くあり、それなりに広い。隠れる場所も豊富だと思われる。早く行こう」

「は、はい。パメラとネストールは?」


 私が聞くとパメラは素早く答えた。


「私とネストールの顔は多分、イザベラ女王たちは知らない。村人の格好をすればかなりごまかせるはずだ」

「何とか時間かせぎをするよ」


 ネストールもそう言ってくれた。


 そのとき、女王たちが村に入ってきた!


 私とウォルター、ジャッカルはすぐに食料庫に入った。


 人参などの野菜や、米、バターがたくさんの箱に入って積まれている。


 確かにこれならばかくれやすいが……イザベラ女王と女王親衛しんえい隊は甘くないだろう。


「こっちだ」


 ジャッカルは食料庫の奥のほうで手招てまねきした。


 そこには引き戸の部屋があり、中に入ってみるとジャガイモがたくさん入った箱がたくさん積まれていた。


 一つだけ窓があるが、木の格子こうしがあるので外からは簡単に入ってこれないだろう。


「ジャガイモはパン、小麦粉の次に大事な食料だからな。個別の部屋があるのか」


 ウォルターは言った。


 私たち三人は引き戸をしめ、頭を低くして窓の外を見た。


 外の声が聞こえてくる。


「……なんだ、お前たちは」

「あたしは村人のパパヤ・マクレン。こっちは弟のピピヤ・マクレンだ。あんたこそ、どなたですか?」


 太い男の声と、パメラの声が聞こえた。


 パパヤがパメラでピピヤがネストールか……。


 咄嗟とっさに名前をよく考えついたものだ。


「俺はグレンデル王国の女王親衛しんえい隊副隊長、バルガ・ギルバルだ」


 さっきの太い男の声がした。


 この声の主が女王親衛しんえい隊の副隊長の声か。


 彼も魔物や悪魔と契約けいやくしているのだろうか?


「アンナ・リバールーンという聖女と、ウォルター・モートンという男を探している。情報があってな、このローバッツ工業地帯の村にいると聞いた」

「え? すぐに村を出ていった気がするけどなあ。あたしはあまり知らないねえ」


 パメラのとぼけた声が聞こえた。


「本当か? 弟のほうはどうだ?」

「姉ちゃんの言う通り、俺も知らない」

「……ちょっと食料庫を見せてもらいたい」

「いやそれは。うちの村の大事な食料庫なのでね。関係者以外は入れないよ」


 パメラがギルバルを引き止めるような声がしたが、ギルバルは耳を貸さなかったようだ。


「どけ! ちょっと確認するだけだ。では、よろしくお願いします」

「うむ、お前は下がっていろ」


 え?


 するどい女性の声……!


 私はこの声の主を知っている。


 背筋せすじこおりついた。


「私が食料庫を見よう。もしアンナが出てきたら……あの聖女を牢獄ろうごくに入れて地獄じごくを見せてやる!」


 こ、この声は……!


 イザベラ女王だ――!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る