第14話 元騎士団長様をお助けします!④

 パーティー会場の外――廊下ろうかに出てみると、人の行き交いはほとんどなくなっていた。


 ただ見回りの兵士が二、三人いるだけだ。


 お客はほぼ全員、パーティー会場の中にいる。


 豪華な夕食会が始まっているせいだろう。


「こっちだ」


 ジャッカルが向こうにある扉の前で、私とパメラを手まねきした。


 客間の前だ。


 大ホール前の客間は、確か今はちょっとした物置になっており使われていないはずだ。


「この客間の中にロザリーがいるのね」


 私はつぶやきながらちょっと考えた。


 部屋の中に入ってしまうと、ロザリーに近づかざるを得なくなるかもしれない。


 そうなると私の正体がバレてしまう?


「とにかく部屋の中に入ってみよう。ロザリーがいるはずだが、何とかなるさ」


 パメラはそう言いつつ、旧客間のドアを開けた。


「さあ早く入れ。あやしまれるぞ」


 ジャッカルもそう言いつつ部屋に入った。


 ……ネストールはどこに行ったんだろう?


 ◇ ◇ ◇


 旧客間の中に素早く入ると、その部屋のソファに恐らく年齢ねんれい――三十代のぽっちゃりした女性が座っていた。

 

 彼女がジェニファーとよく一緒にいる侍女じじょ、ロザリーか。


 ソファの周囲にはつぼや道具箱が置いてあり、やはりちょっとした物置のようになっている。


 私は女性になるべく近づかないように、扉のそばに立ったままだ。


「大丈夫ですよ」


 ロザリーだと思われる侍女じじょが私に向かって言った。


 えっ?


「大丈夫ですよ、アンナ様。お久しぶりでございます」


 か、彼女は私の正体を言い当てた!

 

 私は今、おどり子の変装へんそうをしている。


 この人、一体何者?


 パメラとジャッカルはあわてた表情をしている。


「な、何のことですか? あなたはロザリー?」


 私は少しばかりあせって言った。


「はい、私は侍女じじょのロザリー・スレイダックです。アンナ様、かくさなくても結構ですよ。さあ、私の前のソファにお座りになって」


 侍女じじょ――ロザリーは丁寧ていねいにそう言ったので、私はだまってロザリーの前に座った。


 私は気付いた。


 ロザリーは私と同類だ――。


「あなた……分かったわ、ロザリー。『アーダ』が見えるのね」

「はい。私も十年前は聖女でした。人を魔法で治癒ちゆする仕事をしていましたよ」

「いつ私の正体が分かったの?」

「夕方私は、庭園で兵士さんにうたがわれているおどり子さんをお見かけしたんです」


 思い出した。


 城の前の庭園に入ってすぐのことだ。


「そのとき、そのおどり子さんのアーダを見たら、見覚えのある独特の大きいアーダをなさっている。あのおどり子さんのアーダ、どこかで見たことがあるな、と思いました。そこで思い出したのが、デリック王子の元婚約こんやく者のアンナ様です」

「うーん……」

「ウォルター・モートン様を助けにいらっしゃったのだな、と思いまして」


 私は驚いてパメラとジャッカルを見やった。


 ジャッカルは腕組うでぐみをしているし、パメラもため息をついている。


 ここでウォルターの捜索そうさくは打ち切りか……?


 すると……!


「いえ、ご安心ください。私はあなたたちの味方ですよ」


 ロザリーは微笑ほほえんで言った。


「どういうことです?」


 私はロザリーを見やり言った。


「あなたはジェニファーの侍女じじょじゃないのですか? ジェニファーは私を嫌っている。なぜ、あなたが私の味方をするの?」

「私はジェニファー様に、何度かくつを投げられ、なぐられ、られました。彼女は毎日ネチネチと説教をするんです。彼女がデリック王子と浮気しているとき、私はそれを注意しました。何度ジェニファー様に平手ひらてほおたたかれたことか……」

「ひどい……」


 パメラがうなった。


 ――ロザリーは続けた。


「もうそんな人の侍女じじょはできません。あと一ヶ月でこの城の侍女じじょめようかと思っていたところです」

「そう、ジェニファーとそんなことがあったの。それは大変だったわね……」

「あんな人はこの国の将来の女王になるべきではありません。本来ならアンナ様、あなたが女王になるべきでした」

「いえ、私は……」


 私はそう言われてれくさかったが、デリック王子の妻になることは今はもう想像したくない。


「――分かります。デリック王子がおいやなのね。でもアンナ様とウォルター様なら、別の国で女王、王となられる資質があります。私には分かりますよ」

「わ、私が別の国で女王に? ウォルターが王?」

「はい。――話がそれましたね。ウォルター様の居場所を教えましょう。中庭のしげみの奥にある、階段を下っていくのです」


 ええ? 


 中庭に階段が?


 そんなところに階段があるなんて知らなかった。


「その地下に『祭壇部屋さいだんべや』と呼ばれるイザベラ女王専用の部屋があります」


 さ、祭壇部屋さいだんべや


 私がロザリーの聞き慣れない言葉に驚いていると、彼女は続けた。


侍従じじゅう侍女じじょも城で働く者は誰も入ったことがない謎の部屋です。私は、ウォルター様がそこに連れていかれるのを見ました。恐らく彼はその部屋に幽閉ゆうへいされております」

「ちょっ……女王専用の部屋って! まずい感じ……!」


 パメラは私に言った。


「は、早く行きましょう!」


 私が言うと、ロザリーは大きくうなずいた。


「ええ。私が案内します。婚約こんやく記念パーティーはもうすぐ終わってしまうので、すぐに行きませんと」


 ◇ ◇ ◇


 私たちは旧客間を出た。


 そして兵士たちの見回りのすきをみて、一階の東――中庭に移動した。


 すでに夕刻ゆうこくは過ぎ、中庭は外壁がいへきの壁掛けランプだけがともっている。


 花壇の花はぼんやりランプの光でれていた。


「ここです」


 ロザリーはしげみの奥を指差した。


 隠されているような石造りの階段がそこにある!


 しかし、そのとき――!


「まったく満足だ! 最高のパーティーだったよ! ぱらい貴族がいる以外は!」

「ねえデリック。何で貴族の女の子ばっかりと話してたの? 女の子をさそってたんでしょ」

「え? あ、あれは単なる挨拶あいさつだよ、ジェニファー」

「まあまあ、二人とも。パーティーは無事に終わったのだから、今度はこの中庭で二次にじ会としましょうや」

「それはいい。夜風よかぜに吹かれながら晩酌ばんしゃくとはオツなものだ」


 そんな会話が聞こえてきた。


 ――デリック王子とジェニファー、その取り巻きが中庭に入ってきたのだ!


「ここは俺たちにまかせろ! 行け、アンナ」


 ジャッカルが言った。


「私もここに残ります。あなたたちはこの地下に行ってください! 早く!」


 ロザリーは私とパメラをせかした。


 私とパメラはうなずき、急いで不気味な石造りの階段を下っていった。


 ――この先にウォルターがいる!

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