第13話 元騎士団長様をお助けします!③

「よぉ、おどり子の姉ちゃん。二人とも美人だねえ。俺と遊ばねえか」


 振り返ると、そこにはっぱらっている太った貴族の男が立っていた。


 私は「外気ルアーダ」を体に取り込み始めた。


 一人くらいなら、何とかなりそう!


「おいっ、何だまってんだよ。俺とどっか遊びに行こうよ~」


 っぱらった貴族男性は私の肩に手をかけてきた。


 私はその腕を右手でつかみ――。


「天使よ、この者に眠りと夢を与えたまえ」


 そうとなえた。


 私の体に取り込んだ外気ルアーダが、首の裏側から自分の右腕に流れるのが分かる。


「ん? な、何だお前。手がすごく熱く……」


 貴族男性が私に向かってそう言ったとき――。


 私は自分の右手から彼の腕に「睡眠すいみんの魔法」を流し込んだ。


「お、う? 急に眠く……」


 彼はよろける。


 まずい、地面にそのまま倒れたら大騒ぎになる。


「ネストール、彼を支えて!」

 

 私が声を上げると彼の後ろに立っていたネストールは、素早く貴族男性の体を支え壁際かべぎわに座らせた。


 貴族男性は壁際かべぎわに座り、そのままいびきをかいて眠ってしまった。


 ふう、あぶなかった……。


 が、そのとき!


「どうかなさいましたか?」


 すると見回りの女性兵士がすぐにけつけてきた。


「いや~、この貴族の人、っぱらっちゃって~。困ったもんです」


 パメラが作り笑いをしながら言った。


 すると女性兵士は私をじっと見た。


「あれ? あなた……」


 ――私の正体がバレた?


 私はデリック王子の元婚約こんやく者。


 化粧と髪型、服装を変えたぐらいではバレてしまうか……?


 かなり念入りに変装へんそうをしたつもりだが……。


「おかしいですねぇ。何だかあなた、見覚えがあります。どこかで会いました?」


 さ、さすが女性。


 さっきの男性兵士と違ってかんするどい……。


 私は女性兵士に手をつかまれた。


 今日はよく人に体をつかまれる日だ!


おどり子さん、ちょっと来てもらいましょうか。化粧をとって素顔を見せなさい!」


 ま、まずい!


 しかしそのとき――!


「スリだ! スリが出たぞ! 十万ルピーぬすまれた!」


 廊下ろうかの向こうのほうで大声がした。


 向こうのほうで叫んでいるのは――ネストールだ!


「財布をられちゃったよ! つかまえてくれ!」

「あなたここで待っていなさい! スリはどこ?」


 女性兵士は私に言い、振り返った。


「スリは外に逃げたぞーっ! 庭園のほうだ!」


 ネストールが叫ぶ。


「わ、分かりました!」


 女性兵士は叫び、急いで庭園のほうに走っていった。


 パメラがニヤリと笑ってこっちを見ている。


 ネストールの演技か!


 た、助かった……。


「ふう、あぶなかったな」


 ジャッカルが後ろのほうから声を掛けてきた。


「しかしアンナ、お前はすごいな。何なんだ? 貴族に向かって放った魔法は?」

「聖女の治癒ちゆ魔法の応用です。――そんなことより、ウォルターの居場所は?」

「ああ、地下一階の牢屋ろうやを確かめた」

「ええっ?」


 私は驚いて声を上げた。


 地下一階の牢屋ろうやというのは、私がジムに案内されて、初めてウォルターと会ったあの牢屋ろうやのことだ。


 私が知る限り、このグレンデル城に牢屋ろうやはあそこにしかないはずだ。


「そ、それで牢屋ろうやの中にウォルターは?」

「そこには誰もいなかった。もぬけのからだ。牢屋ろうや番すらいなかった。ウォルターはやはり別の場所に閉じこめられている。パーティー会場に行って、手掛かりを探すしかない」

「やはりジェニファーに付きっていた、ロザリーという侍女じじょを探す?」

「ああ、ロザリーなら情報を知っているかもしれない。なぜならジェニファーはデリック王子の婚約こんやく者。グレンデル城の機密きみつを知っている可能性が強いし、付き人の侍女じじょに話していると思われるからだ。多分ロザリーは、パーティー会場にいるはずだ」


 ジャッカルは言った。


 機密きみつねえ……。


 デリック王子は私には教えてくれなかったけど。


 ――ジェニファーは私に対して敵対心を抱いている。


 その侍女じじょに会えたとしても、私がデリック王子の元婚約こんやく者とバレたら、侍女じじょはデリック王子に言いつけるだろう。


 ――太った貴族男性はまだいびきをかいて寝ていた。


 ◇ ◇ ◇


 パーティー会場に入ると、それはそれはたくさんの人がいっぱい集まっていた。


 王族や貴族と思われる人々が立食し、談笑している。


 檀上だんじょうでは演奏があり、壁際かべぎわではおどり子がおどり、曲芸師が芸を見せていた。


 本当に広いホールだ。


 私たちがロザリーを探していると……。


「おお、来られたぞ!」


 お客たちは声を上げた。


 デリック王子とジェニファーが舞台袖ぶたいそでから檀上だんじょうに現われたのだ。


「皆様、今宵こよいはよくぞグレンデル城に参られた! 今日は私、デリックとジェニファーの婚約こんやく記念パーティーだ!」


 デリック王子は満面まんめんの笑顔で声を上げた。


 セリフが書いてあると思われる、メモ用紙は手に持っていたが……。


 ジェニファーも両手をほおに当てて、ずかしがっているポーズをとっている。


「美味しいものを食べて、美しい演奏を聞き楽しんでくれ! 私とジェニファーは来月、正式に結婚しようと思う! 今日は素晴らしい日になりそうだ!」


 おおお~!


 王族や貴族から歓声と盛大せいだい拍手はくしゅがあった。


 ウォルターを牢屋ろうやに閉じこめておいて、何が素晴らしい日だ。


 デリック王子とジェニファーは檀上だんじょうを降り、王族や貴族、一人一人に声を掛け始めた。


「おいアンナ、こっちだ」


 パメラが私の腕を引っ張った。


「このパーティー会場の外でロザリーが待っている。ジャッカルが探してくれたよ。今は小休止しているから話を聞いてくれるそうだ」


 ついにロザリーが見つかったか。


 グレンデル城には侍女じじょがいっぱいいるから、ロザリーという侍女じじょには会ったことがない。


「ロザリーはジェニファーの侍女じじょ。そこを気をつけなくちゃね」


 私が言うと、パメラはうなずいた。


「ああ。だからアンナ。お前はなるべくロザリーから離れているんだ。ロザリーの話はジャッカルが聞いてくれる」


 女性はかんするどい。


 私がロザリーに近づけば、王子の元婚約こんやく者だと気付いてしまうかもしれない。


 そもそもそのロザリーが、ウォルターの居場所を知っているのかどうか。


 しかし考えていても、このままではウォルターの居場所が分からない。


 うろうろ城内を探し回っても、あやしまれるだけだ。


 とにかくロザリーの話を聞いてみよう――!

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