第44話 聖女は死霊病とグール化を解き明かします!②

「これより死霊しりょう病と人のグールかしをいたします!」


 私は公民館の会議室にいる人々に宣言をした。


「デアーチェ・ロゼタンさんなど内周ないしゅう地域に住む人々は、水、牛乳、ワインがおも栄養源えいようげんでした。それを好きなときに飲んでいたようです」


 私はそう言い、ポレッタが持ってきてくれた赤ワインのびん、二本を机に置いた。


「そういえば疑問に思っていたことがあるんだけど」


 パメラが手をげて言った。


死霊しりょう病の人は、びんふうをどうやって開けるの? 水や牛乳、ワインはコルクでふうをしているんだよ。彼らは日頃、無気力状態。できることは入浴と着替えくらいだろ。彼らにコルク開けでコルクが開けられるの?」

「レストランの主人に聞いたのですが、配達人が三日に一度、水、牛乳、赤ワインを配達してくれるのだそうです。配達してくるのはジャームデル王国から。そして配達人がその場でコルクをいてくれる」

「な、なるほど。配達人がコルクをいてくれるから、自分でやらなくていいわけか」

「そして三日ったら、配達人はそのびんを回収しにきます」

「び、びんの飲み口が開いたまま、三日間も放置するのか?」


 ジャッカルが顔をしかめて言った。


「牛乳もワインも悪くなるぞ。少なくとも俺は飲まないね。貴族の家みたいにすずしいワイン専用の保管室があればいいが。そんな立派なものはこの街にないだろ」


 ジャッカルが声を上げたとき、ラーバスもため息をついて言った。


「それに、『病原体ビボス』の感染かんせんの心配があるから、びんの回収はすすめないですけどね。ジャームデル王国の方針ほうしんがあるのでしょう」

「三日間の放置についてですが、味と品質に関してはギリギリでしょう。そう考えると水と牛乳についてはまあ一応……問題はありません。しかし、問題は赤ワインです」


 私は言った。


「私は少量、デアーチェさんの赤ワインをなめてみましたが驚くほど甘かったのです。こんなワインは味わったことがありません。皆さんはゾートマルクに配達される赤ワインを飲んだことはありますか?」

「俺はたまに飲む。だが、俺の飲んでいるのは甘くない美味い辛口ワインだぞ」


 ゴランボス氏がそう言ったので、私はうなずいた。


「それは外周がいしゅう地域の赤ワインですね」

「ふむ……。今思い出した。確か外周がいしゅう地域のワインと、内周ないしゅう地域に配達されるワインのびんは違うはずだ」


 ゴランボス氏がそう言ったとき、パメラは首をかしげて言った。


「ワインは二種類あるのか。でもそれはなぜ? 分ける理由が分からない」

「それには理由があります。外周がいしゅう地域に配達されるワインは飲んでも健康被害ひがいはありません。しかし、内周ないしゅう地域に配達されるワインは飲んだら健康被害ひがいが出る」


 会議室がざわめいた。


「配達された赤ワインで健康被害ひがいですって?」


 ラーバスが声を上げた。


「そんなことが……私は二年間もここに住んでいるが、そんなことは気付きませんでしたよ」


 ラーバスが言うと、私は「これを見てください」と言って机の上の赤ワイン、二本を指差した。


「左が外周がいしゅう地域の赤ワイン。右が内周ないしゅう地域の赤ワインです」


 外周がいしゅう地域の赤ワインのびんは緑色のガラスびんだ。


 一方、内周ないしゅう地域の赤ワインのびんは銀色だ。


 全く見た目が違う。


「見た目が全然違いますね。これでは絶対に間違えようがない。いえ、絶対に間違えて配達してはいけないのです」


 私は言った。


「なぜなら内周ないしゅう地域――つまり死霊しりょう病およびグールする人々が飲んでいる赤ワインは、なまりなべてあるからです」

「な、なまりなべだって? 何のために?」


 グラモネ老人が声を上げたので、私は答えた。


「ワインに酢酸鉛さくさんえんという成分を作り出すためです」

「わ、分かったぞ!」


 グラモネ老人は声を上げた。


「ワインをなまりなべると酢酸鉛さくさんえんがワイン内に生成され、驚くほど甘くなる! それこそ柑橘かんきつ類の飲料水、エードのようにだ!」

「そうです。だから死霊しりょう病の人でも飲みやすかったのです。――しかし、ワインをなまりなべるのは、飲みやすくすることが目的ではありません。この酢酸鉛さくさんえんが体に蓄積ちくせきされると……」

「貧血……腹痛……いや、それどころか脳障害しょうがい、神経障害しょうがいを引き起こす! 二年間以上も定期的に飲んでいれば、人間は無気力状態におちいったようになる!」


 グラモネ老人はそう自分で言って、驚いたように声を上げた。


「そうか……そうか! 死霊しりょう病の正体は、ワインの中のなまりだったのか!」

「しかも内周ないしゅう地域のほうは、なまりおもとしたもので作り上げたびんです。すさまじいなまりの量がワインにけ込み、それはそれはとろけるように甘くなっていたでしょう。――悪魔の媚薬びやくのように」

「ちょ、ちょっと待ってよ。何のためにジャームデル王国はそんなものを配達する?」


 パメラが声を上げて質問すると、ラーバスが答えた。


「それはまさに人体実験です。内周ないしゅう地域の人間を使い、グール準備じゅんび段階を作り出す。昼は死霊しりょう病を引き起こしておいて、夕方はグール化を引き起こす」


 ラーバスが言うと、パメラが「し、しかしそのグールは」と言った。


「だ、誰かが魔族の薬剤デモン・メディカを注射しないとグールしないはずでは?」


 そうだ……誰かが魔族の薬剤デモン・メディカを注射しないとグールしない。


 逆に言えば、この街の誰かが人々をグールさせているのだ。


 そういえば、ターニャはなぜ離れたローバッツ工業地帯の村で、死霊しりょう病になったのか?


 そんな疑問が頭に浮かんだそのとき――公民館の外で大きな音がした。


 あわてて公民館の窓の外を見ると――。


「み、皆、来てくれ! グールだ! 朝からグールが出たぞおお!」


 外で自警じけい団の若者たちが声を上げている。


 たくさんの住人がグールしている!


 その数――約四十数名!

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