第22話 聖女はあの男性の毒を取り除きます!

 私の頭の中にグレンデル国王の臓器ぞうき――肝臓かんぞうの映像が浮かんだ。


 肝臓かんぞうの色は普通、黒っぽい赤色だが――深緑色の変色している。


 この色は……ヘンデル少年の肺にあった毒素を思い起こさせた。


 ◇ ◇ ◇


「国王、お願いいたします。『天使よ、治癒ちゆをお願いします』と言ってください」


 私はベッドに横になっているグレンデル国王に言った。


 この文言もんごんを言うことは、治癒ちゆ魔法を天からさずかるために必要なことだ。


 国王は驚いた様子ではあったが、すぐにうなずいてくれた。


「ふむ……。『天使よ、治癒ちゆをお願いします』――これでよかろうか?」


 私は彼の文言もんごんを聞き取ると、治癒ちゆを開始することにした。


「天使よ、命じます。肝臓かんぞうの邪悪な異物を取りのぞきたまえ」


 この言葉を言ったとき、私の頭の中に深緑色の肝臓かんぞうが明確に浮かんだ。


 グレンデル国王の肝臓かんぞうだ。


 肝臓かんぞうは左右に広がっており、中を通るくだも左右に広がっている。


 そのくだの中に毒々しい緑色の毒素がこびりついている。


 脂肪しぼうを消化するための胆汁たんじゅうと色が多少似通っているが、その毒自体がやみアーダを放っているので間違いはない。


「天使のささやき、天使のみちびき、天使のきらめき……」


 私は古来から伝わる文言もんごんを唱えながら、頭の中に浮かんだ図形を指で宙に描いた。


 すると、くだにこびりついた毒素が蒸散じょうさんした。


「毒素が出てきたよ!」


 パメラが声を上げた。


 私は透視とうしをやめ、すぐにグレンデル国王の体のアーダを見た。


 すると深緑色のアーダが空中に霧散むさんし、かき消えていった。


「ん……? 何だ? 体が軽くなったような……」


 グレンデル国王はつぶやいた。


 まだ汗をかいていたが、少し顔色が良くなったように見える。


 パメラはネストールからもらったパンを丸め、国王の頭、肩、腹部、足にその丸めたパンを当てがっていった。


 丸めたパンで細かい毒や邪霊を取りのぞくのだ。


「はい、こっち見ないで~。見ると毒が返ってくるし、邪霊が取りくことがあるからね~」


 パメラは家を出ていって、丸めたパンを近くの川に投げ捨て戻ってきた。


 グレンデル国王は身を起こそうとしたが、パメラは「だめだめ」と言った。


「体が弱っているのにすぐ動くと浮遊霊ふゆうれいが飛びつくよ。油断しないでね、国王のおっちゃん!」


 皆も国王も笑った。


 あの気難きむずかしいオールデン村長も苦笑いしている。


 さすがパメラ、国王様も「おっちゃん」呼びか……。


「国王の肝臓かんぞうという体内の部位に、毒素がこびりついていたのです」


 私はグレンデル国王に説明した。


「思い当たることはありますか?」

「ある。あるが……。ふむ……このことはなかなか言いづらい。すべての話はオールデン村長から聞いてくれんか。私は少し眠りたいのだが」


 治癒ちゆ魔法を受けた者が眠る、というのは良い傾向けいこうだ。


 体が睡眠すいみんによる自然治癒ちゆを欲しているのだ。


 私が村長のほうを振り返ると、オールデン村長はうなずきグレンデル国王に言った。


「国王、この者たちにすべてお話ししてもよろしいでしょうか?」

「オールデンよ……構わん。私の病気を治癒ちゆしてくれたのだ。アンナと……そしてパメラか。君たちは私の命の恩人だ……」


 国王の話では、オールデン村長はすべての事情を知っているようだが……。


 ◇ ◇ ◇


 私とパメラは村の集会所に戻り、オールデン村長から話を聞くことにした。


 今現在、グレンデル国王は炭鉱たんこうの前の家で眠っている。


 レギーナさんは国王のそばについてくれているようだ。


 恐らく二人は年の離れた恋人同士なのだろう……。

 

 しかし、国王の妻であるイザベラ女王と、国王の関係が気になるが……。


「そもそも、あの男性は本当に国王なのですか?」


 私がオールデン村長に聞くと、彼はため息をつきながら言った。


「その通り。グレンデル国王だ」

「なぜ、このローバッツ工業地帯におられる?」

「グレンデル国王は、グレンデル城から逃げてきたのだ」

「ええっ? 逃げてきた?」


 私は驚いたが、オールデン村長は話を淡々たんたんと続けた。


「俺は三年前までグレンデル城に、この炭鉱たんこうの石炭を届けていた。兵士の武器やよろい鍛冶かじに使うためのものだ」

「そんな接点せってんがあったわけですか」

「そこでグレンデル国王と色々話す機会があった。グレンデル国王は武器やよろいに興味があり、俺の副業である鍛冶かじについてくわしく聞いてきた。そこで仲良くなったのだが……。その頃から国王は体の調子をくずされた」


 オールデン村長は話を続けた。


「一年前、グレンデル国王は私を訪ねてこの村に逃げ込んできた。すでに相当やつれていた。国王は言われた。『グレンデル城の誰かに毒をられた』と」

「毒を!」


 私は声を上げた

 

 肝臓かんぞうの中から取り出した毒は、一年前から蓄積ちくせきされたもの?


 しかし……。


「国王は病院に行かれたのですか?」

「ああ。ここに逃げ込む前、このローバッツ工業地帯近くにあるロブトフェールという街の病院にな。だが、ヤブ医者が担当し、そこでは治らなかったそうだ。彼は病院で一ヶ月過ごしたのち、このローバッツ工業地帯に逃げてこられたというわけだ」

「『お城で毒をられた』――この話は確かなのですか?」

憶測おくそくになってしまうが……。イザベラ女王がすすめたチョコレート菓子を食べたらしい。国王は甘いものが好きだからな……。それを一ヶ月毎日食べていたらしいが、どんどん体調が悪くなったそうだ」


 チョコレート菓子に毒をった……。


 イザベラ女王がやりそうなことだ!


 動機は分からないが、お菓子に毒をり、国王を殺そうとした可能性は高い。


 しかし疑問が残る。


「一つ疑問があります。今から話すのはこのローバッツ工業地帯のことです。国王だけではなく、あなたも……そして若者でさえも、この村の者はせ細っているんです。私は若者のきずを見たとき、アーダに毒素が少量まぎれこんでいるのを見ました」

「な、なんだと?」

「私は明言めいげんします」


 私は言った。


「あなたたちも――この村の村人たちも、毒をられている――! 何者かに!」

「な、なにっ?」


 オールデン村長は目を丸くして私を見た。

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