第21話 謎の男性の正体は――まさか!

 レギーナさんが言う、病気の「男性」に会いに炭鉱たんこうの近くまで行くことになった。


 私とパメラ、レギーナさん、オールデン村長が歩いて男性に会いに行く。


 レギーナさんが言うには、男性はとても有名な人物らしい。


 一体、誰だろう?


 ◇ ◇ ◇


 村の南はローバッツさんがそびえていて、そこには有名な炭鉱たんこうがある。


 そのふもとにはぽつぽつ家々があるが、人気ひとけがない。


 炭鉱たんこうの中で人が働いているとは思えない……。


「あっ、あの人」


 パメラが声を上げた。


 男性が外の砂利じゃりかごですくい上げ、よろよろと作業をしている。


 ふらついてだいぶつらそうだが……。


「ダメです! いけません!」


 レギーナさんが男性に近づいて声を上げた。


「あなたは仕事をしてはいけません! 病人なのですよ」

「わ、分かっている。……だが、砂利じゃりを売って金をかせがないと、せ、生活できないではないか」

「私が野菜を売ってお金にしますから。あなたは寝ていてください」

「う、うむ……しばらく休もう」


 男性は私たちのほうをちらりと見た。


 彼はものすごく汗をかいており、せ細っている。

 

 しかも顔色が悪く、肌全体が黄色く見えた。


 年齢は……五十代後半くらいか?


 ――なるほど、あの顔色と肌の色は内臓に問題がありそうね。


「さあ家に入って。横になって」


 レギーナさんは男性にそう言って、一緒に家の中に入っていった。


 もしかしてレギーナさんと男性は恋人以上の関係では……。


 私とパメラはじっと二人を見ていたが、オールデン村長は私たち二人に「入ろう」と言った。


「彼……誰なんですか?」

「王族だ。それ以上は俺の口から言えん。恐れ多すぎてな……」


 私が聞くと、オールデン村長はそう答えた。


 お、王族?


 恐れ多い?


 ◇ ◇ ◇


 家に入ると、男性は奥の部屋のベッドで横になっていた。


 レギーナさんがタオルで彼の顔をいている。


 私は彼の顔色を見て言った。


「……『黄疸おうだん』ですね」


 私は彼の顔や肌が、黄色く変色していることに気付いていた。


 黄疸おうだんは血液中の物質の一部が増加し、顔色、肌が黄色く見える状態を指す。


 この症状しょうじょうを持つ者は、繁華街の飲み屋に数多くいる。


 大酒飲みに多いのだ。


「失礼します。ちょっと目を見せてください」


 私はベッドに横になっている男性の目を観察した。


 目も黄色くなっている。

 

 黄疸おうだん症状しょうじょうは一番目に出やすい。


 レギーナさんは心配そうにして私に聞いた。


「彼、ど、どうなんでしょう?」

黄疸おうだんが出ていることから考えられるのは、体の中……肝臓かんぞう炎症えんしょうがあると――」

かん……ぞう……?」


 レギーナさんは首をかしげた。


 聖女たちが共有している医学知識では、臓器ぞうき透視とうし魔法によって機能を調べくされている。


 しかし一般には臓器ぞうきの知識は広まっていない。


「はい。――肝臓かんぞうという、体内のとある部分が弱っていると思われます」


 私は言った。

 

 私は聖女として数多くの病人を見てきたが、最近、黄疸おうだん症状しょうじょうを持つ者が増えてきているのに気付いていた。


 世の中の景気が悪くなると、酒におぼれ、体をこわす者が多くなるからだ。

 

「レギーナさん、一体、この男性は誰なんだよ?」


 パメラがレギーナさんに聞くと、彼女は答えにくそうにして言った。


「……グレンデル国王です」


 え?


 私とパメラは顔を見合せた。


 私は男性をよく見た。


 グレンデル国王はグレンデル城で何回かお見かけしたことはあるが……。


 た、確かにこの男性は……。


 せ細っているがグレンデル国王の面影おもかげがある!


 つまりデリック王子の父?


 いや……確かデリック王子とは血がつながっていないはず?


「あ、あなたは本当にグレンデル国王なのですか?」


 私はあわてて聞いた。


 男性は少し考えているようだったが、やがてしっかりうなずいて「その通りだ」と言った。


 なぜこの国の王がこんなまずしい炭鉱たんこうにいるのか?


 そもそも王というのは城にいて、政治をしたりする者ではなかったか。


「ふ、複雑な理由がありそうですが、まずその前にあなたの症状しょうじょうましょう」


 私があわてて言うと、男性――グレンデル国王はうなずいた。


(考えられるのは肝炎かんえんかなあ? あれって大酒飲みに多いよね)


 パメラが小声で私に耳打ちした。


「えーっと……グレンデル国王、あなたは飲酒しますか?」


 私がグレンデル王に問診もんしんすると、彼は首を横に振った。


「薬草などで作られた薬物は摂取せっしゅしていますか?」

香草茶こうそうちゃ時々ときどき飲むが……薬はほとんど飲まんな……」

 

 グレンデル国王はただそう言った。


 肝臓かんぞうは飲んだ薬草などの成分を分解する機能があり、薬草やその他薬物を飲みすぎると疲弊ひへいしてしまう。


 薬物を大量に摂取せっしゅはしていない……と。


「生まれもって黄疸おうだん気味ぎみ症状しょうじょうを持った人は、数多くいるからなあ」


 パメラは深く考えながら言った。


 うーん……確かに。


「血液をたら?」


 パメラの提案ていあんに私はうなずいた。


 私は彼の腕に自分の手を当てがった。


 私の頭の中に、彼の血液が体内を流れていく映像が飛び込んできた。


 ……流れは悪くない。


(ちょっと待って。グレンデル国王のアーダの中に、例の深緑色、混ざってるよね)


 パメラが私に耳打ちした。


 私にも確かに国王の体から立ちのぼアーダの中に、深緑色が見える。


 深緑色は体内に毒素があることをしめす。


 しかもかなり大量だ!


「失礼します。体内にある臓器ぞうき肝臓かんぞうという部分を調べます。よろしいですね?」

「……肝臓かんぞう……。分かった」


 グレンデル国王は言った。


 私は彼の腹部より上の部分に手を当てた。


「あっ」


 私は思わず声を上げた。


 私の頭の中に彼の臓器ぞうき――肝臓かんぞうの映像が浮かんだ。


 肝臓かんぞうの色は普通、黒っぽい赤色だが――深緑色に変色している。


 この色は……ヘンデル少年の肺にあった毒素を思い起こさせた!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る