第20話 聖女アンナ、治癒魔法で人々を驚かせる

 私たちは怪我をしてきずついた若者たち四名を、村の東にある集会所に運び込んだ。


 ウォルターやジャッカル、比較的ひかくてき元気な村の若者たちが運び込んでくれた。


 集会所の中は広いホールのようになっていたが、ただそれだけ。


 中には何もない。


 私たちは村でかき集めてきた古い毛布をき、怪我人たちを寝かせた。


「こ、これから何をするんだ?」


 オールデン村長は眉をひそめて私を見て言った。


 集会所にいるのは、私とパメラ、村長、怪我人四人と彼らの家族、友人の十名だ。


 ウォルターやジャッカルたちは外に見回りに行った。


きずが治りやすくするように、『外気ルアーダ』を天からさずかり『アーダ』を怪我人たちに放ちます」


 私は頭の中に浮かんできた図形を、宙に指で描いた。


 すると私の体の中に、空から外気ルアーダが入ってきた。


 若者たちの肩や足からはまだ出血があり、当然血は止まっていない。


「天使よ、この者たちのきずを早く治したまえ」


 私は唱えた。


 大きな治癒ちゆ魔法を使用する場合なら、患者かんじゃに「天使の許可の文言もんごん」を言ってもらう。


 しかし、今回は傷を治すだけなのでその必要はなさそうだ。


 私が床に寝かされた四人の若者に向かって両手を広げると、手から放たれたアーダが彼らを包んだ。


「あっ」


 後ろで見ていた村人が言った。


「あいつの腕のきずを見ろ、少し小さくなったような気がするぞ」

「そんなバカなことがあるか」


 オールデン村長は舌打ちしそう言い、若者の一人のきずを確かめた。


 するときずは小さくなっていて出血はほぼなくなっていた。


 村人たちは他の怪我人のきずも確かめたが、出血が止まっている。


 彼らは驚いて口々に言い始めた。


「そ、そんな……。さっきナイフでられてすぐだぞ。出血が本当に止まるなんて……」

「どのきずを調べても、傷口きずぐちが小さくなっている!」

「それに皆、ぐっすり眠っているぞ。さっきまで痛がっていたのに……。不思議だ……」

「これがアンナの治癒ちゆ魔法の効果だよ」


 パメラが私の代わりに説明してくれた。


「アンナの守護天使や霊団が見えない力で、きずいやしたんだ。四人が眠っているのは、彼らが精神的に安定し安心したからだよ。良かったね」


 しかし……!


「……信じられんな!」


 オールデン村長はまたしてもジロリと私を見た。


「単にきずが浅かったからだ。時間経過とともに自然治癒ちゆしてきずがふさがっただけだ! 治癒ちゆ魔法などそんなものはない!」

「そう思われても構いません。重要なのはきずが治ったという結果――そうではありませんか?」

「む? ぐ、ぐむっ……」


 オールデン村長はくやしそうに私を見た。


 私はインチキ、まじない師と罵倒ばとうされたことが度々たびたびあるが、この治癒ちゆ魔法は本当に人体を治癒ちゆできるものだと自負じふしている。


「そんなことより、彼らがかなりせていたのが気になります。食事はどうなされていたのですか?」

「むっ……それは」


 オールデン村長が何かを言おうとしたとき、パメラが私に静かに言った。


「怪我人たちのアーダの量は若いから多めだけど、少し不気味な深緑色の気が混じってる」


 パメラが私に耳打ちした。


「アンナ、これ……ヘンデル少年と同じ毒素?」


 確かに私の目にも、眠っている怪我人たちのアーダに、微量びりょうな深緑色のアーダが混じっているのが見える。


 気の深緑色は体内に混在こんざいする毒をしめすが、普通の人間でも毒素は微量びりょうに持っている。


 したがって、毒が一概いちがいに悪いものとはいえないのだ。


「今、深くるとまずいよね?」


 パメラが考えるようにして聞いてきたので、私は答えた。


「うん。傷口きずぐちがふさがりつつあるから、下手に動かすと良くないと思う」


 体の中を深くるのは彼らの体に負担ふたんをかける場合もあるし、無理に毒素を取りのぞこうとすると傷口きずぐちがまた開いてしまう場合が多々あるのだ。


 そのとき――若い女性が声をかけてきた。


「い、今、お取込み中ですか?」

「いえ、大丈夫ですよ。もう治癒ちゆは終わりました」


 私が答えると、若い女性は涙ぐんで言った。


「私はレギーナ・オールデンという者です。村長の娘でございます。実はこの村の炭鉱たんこうの近くに、とある病気の男性が住んでおりまして……」

「やめろっ、レギーナ! 奇妙なまじない師に話しかけるな! こいつらはグレンデル城の役人だぞ!」


 村長が声を上げると、パメラが口を開いた。


「ちょっと! 勘違かんちがいしてんじゃないの? 村長のおっさん!」


 パメラが怒った。


「アンナやあたしたちはグレンデル城の役人じゃないよ。アンナは聖女だし、あたしは魔法使い。ウォルターは元騎士きし団長だけどめてるよ。グレンデル城とは関係ない」

「う、うぬっ。しょ、証拠は?」


 オルデーン村長がそう反論したとき、レギーナという女性が泣き出した。


「お父さん、あのお方を何とかしてあげないと……。この村……いえ、この国の存亡にかかわります」

「ぐ、ぐぐ……」


 オルデーン村長は額の汗をいた。


 この村の……この国の存亡?


 一体、どんな男性が病気だというのだろう?


 私は気になって聞いた。


「そ、そのお方は一体誰ですか?」

「ここでは申せません。実際に会えば分かると思います。とても有名な方ですから……」


 レギーナさんは真剣な表情だ。


 ゆ、有名な方?


 どういうことだろう?


「とにかく、私がましょう。その方の家に案内してください!」


 私は立ち上がった。


「お、おい! 変な真似したら許さんぞ。俺も見させてもらおう!」


 オルデーン村長も声を上げた。


 とにかく、レギーナさん言う「男性」の病気をなくては。


 私はこのローバッツ工業地帯がいだいている謎に、まだ戸惑とまどっていた。


 その男性とは、一体何者――?

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