第25話 女王と王子、魔王を召喚する【デリック王子視点】

 俺はデリック・ボルデール。


 グレンデル王国の王子だ。


 窓から見える空はまるで古代の預言よげん書に書かれる魔界のような、恐ろしく暗いくもり空だった。


 時刻は夕方近く――十五時半。


 俺は昨日、母上――イザベラ女王に、「朝、城の敷地内しきちないにあるプラスティア墓地ぼちに来るように」と言われていた。


「ちっ、面倒めんどうくせえなあ」


 中年男の執事しつじ、ブルート・ドーソンに服を着替えるのを手伝ってもらいながら、俺は文句を言った。


 あの城の中庭の陥没かんぼつ事件があってから、母親の機嫌きげんが悪くて困るぜ。


 明日は昼から王族の友人と婚約こんやく者のジェニファーと一緒に、ウサギりに行く約束をしている。


 もしウサギりが中止になった――なんてことになれば、ジェニファーは怒り狂うだろう。


 下手をしたらしりをフォークでされる。


 今日はウサギりに行く。


 絶対だ――。


 ◇ ◇ ◇


 プラスティア墓地ぼちは城の北にあり、ほとんど誰も近寄らない場所だ。


 薄暗くて、無気味なくずれた墓ばかりがあり、嫌な場所である。


 その中央広場に俺の母親――イザベラ女王が一人で立っていた。


 城の執事しつじたちはいない。


 嫌な予感がする。


「待っておったぞ、デリックよ。これより重要な儀式ぎしきを始める」


 母上は言った。


 ぎ、儀式? 何を言ってるんだ、この人は。


 黒雲から小雨こさめが降り始めた。


「は、母上、明日は用があるんですよ。あまり疲れないようにしたいんです。俺の都合を考えてもらわないと困りますよ」


 俺はさっさと帰りたかったが、イザベラ女王は俺の質問に答えず言った。


「デリックよ、ここは悪魔召喚しょうかんにうってつけの場所じゃ」


 悪魔召喚しょうかん――。


 母上はわけのわからないことを言い、手に持ったつぼの中のものを広場にいた。


 そのつぼの中のものは黒色の砂だった。


 不思議なことにその砂は勝手に土の地面の上に、円形の図を描いていく。


 こ、これは「魔法陣まほうじん」というやつか?


 するとすぐに、地面に砂で描かれた魔法陣まほうじんの上で爆発が起こった。


 俺は驚いてしりもちをついたが、すぐ頭上を見て驚いた。


「は、母上! あ、あれは……」


 空が赤黒くまり、いつの間にか何かがちゅうに浮かんでいる。


 人間……。


 いや、魔物か?


 獅子ししのような悪魔のような顔をした男が、腕を組んでちゅうに浮かんでいた。


 体がバカでかく筋骨隆々きんこつりゅうりゅう、肌の色は真っ赤。


「う、うひいいいっ」


 俺は声を上げて震えあがった。


 男は、そこに存在しているだけで俺を威圧いあつしている。


 何なんだ、あの男は?


「私の名は魔王エレグロンド・バルジェガ三世」


 ちゅうに浮かぶ男はそう名乗った。


 ま、魔王……?


「お姿を拝見はいけんできて光栄です」


 あのいつもえらそうな母親が、その魔王とやらに対してひざまずいてそう言った。


 な、何が起こっている?


 ――魔王バルジェガは言った。


「イザベラ女王よ。ローバッツ工業地帯に対しての実験はまだ続けておるな」

「はい、魔王様」


 ロ、ローバッツ工業地帯に対しての実験? 何のことだ?


「女王、お前は我ら魔族に忠誠ちゅうせいちかった――そうだな?」

「その通りでございます。我が息子、デリックもふくめて」


 は?


 忠誠ちゅうせいだと?


 は、母上が魔族に――こいつに忠誠ちゅうせいちかった?


 しかも、お、お、俺も?


「お、おい、魔王とやら! お、お、俺は忠誠ちゅせいなんぞ知らんぞ。そ、そんなこと!」


 俺はあわてて魔王に向かって声を上げた。


だまれい、小僧こぞうっ!」


 魔王バルジェガなる男は左手を上げた。


 ――その瞬間、俺の横にある墓が爆発した。


 俺は三メートルはね飛ばされ、背中を強く打った……!


 空から雷撃らいげきが落ち、墓を破壊したのだ……!


 魔王の魔法だ!


「う、ぐ……。は、母上、こ、これはどういう……」


 俺は背中に痛みを感じながら母上に聞いたが、彼女の代わりに宙に浮かぶ魔王が言った。


「私とお前たちの契約けいやくは絶対だ。この契約けいやくを破ろうとすれば、一瞬できになると思え。しかし、契約けいやく通り動けば、お前たちの希望はすべてかなえられるであろう」


 母上が頭を下げたとき、魔王の姿は消え、魔王の声だけがひびいた。


「ではデリック王子――お前に、お前と同じ年代の私の息子を紹介しよう」


 何かが破壊される、耳をつんざく音がした。


 再び雷撃らいげきが落ち、今度は地面の石畳いしだたみが破壊された。


 直径三メートル、深さ一メートルくらいの穴が空いている――。


 破壊された地面の中に、若い男が立っていた。


 長髪の背の高い男――いや、若い魔族だ!


「俺にひざまずけ、愚民ぐみんよ。俺はラードルフ・バルジェガ。魔界の王子だ」


 若い魔族は言った。


 ま、魔界の王子だと?

 

 そ、そんなヤツがいるのか?


「明日は、計画通りのことをすことになっておろう」


 魔界の王子なるラードルフは母上に対して言うと、母上は返事をした。


「はい、息子のデリックに、ローバッツ工業地帯に例のパンを届けさせます」


 例のパン……?


 何だそりゃ?


「よかろう。ではデリック王子、明日、俺と一緒にローバッツ工業地帯に行こう。実験中の人間どもの様子を見てやる」

 

 ラードルフはそう言った。


 実験……。


 例のパン……。


 何のことだ……。


 ん? 明日のウサギりはどうなるんだ?


 ジェニファーに中止になったと伝えたら、あいつ、ブチ切れて物を投げてくるぞ!


 俺は別の意味でもゾッとした。

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