第5話 元騎士団長様が現騎士団長を成敗します!

「……僕の聖女に手を出すな!」


 ウォルターがジャッカルに向かって、低い声でうなるように言った。


 ――私は恐ろしい予感がしていた。


あらそい」が起こる――!


「ジャッカルよ。ウォルターは君に対して対抗たいこう心を抱いているようだ。どうだろう、ウォルター。ジャッカルと剣術勝負をしてみたら」


 デリック王子がいどむように笑いながら言った。


「それは良いですな、王子」


 ジャッカルは自信ありげに私を見やった。


「私が勝ったら――そうですね。その聖女アンナ・リバールーンをいただきましょうか」

「なに?」


 ウォルターは眉をひそめている。


 私は(困ったな……)と戸惑とまどった。

 

 ジャッカルはふふん、と鼻で笑った。


「ウォルター君、このさいはっきりさせようじゃないか。元騎士きし団長と、今の騎士きし団長――つまり私とどっちが強いか」

「……望むところだ」

「では、木剣ぼっけんを持ってきてくれ」


 ジャッカルが侍従じじゅうに言うと、侍従じじゅうは急いで詰所つめしょに入り木剣ぼっけんを二つ取ってきた。


「だめ! やめて、ウォルター」


 私はあわててウォルターを止めようとした。


 彼は牢屋ろうや生活でおかゆだけの食事をしていた。


 そして日の光を浴びない生活をしてきた。


 一見、彼は元気そうに見えるが、彼の体をおおう「アーダ」が少ない。


 アーダとは体内から放出する「気」のことである。


「あなたは二年間も牢屋ろうやに入っていたのよ! 一ヶ月はしっかり休んで――」

「大丈夫だ。何も心配するな」


 ウォルターは木剣ぼっけんを持ち、静かに言った。


「二年間も牢屋ろうやに入っていたわりには、元気そうじゃないか? ウォルター君」


 ジャッカルは木剣ぼっけんを手に取り、それをながめつつ言った。


「ふむ、良い木剣ぼっけんだ。これならば良い勝負になろう――」


 するどい音がした。


 ジャッカルがウォルターに向かって、木剣ぼっけんななめ左から振ってきたのだ。


 かわいた音がひびき、ウォルターが自分の木剣ぼっけんで攻撃を受け止めた。


卑怯ひきょうな! ジャッカル!」


 私は声を上げた。


 ウォルターはまだ試合を正式に了承りょうしょうしていないのに――!


「試合の形式やルールすら、まだ決まっていないわ!」

「ルールだって? 戦場にそんなものがあるのかねえ? ここだっ!」


 ジャッカルは素早く前に出てきて、木剣ぼっけんを突いた。


 しかしウォルターはそれを見切って、横にけた。


「え? うあっ……」


 ジャッカルは勢い余って、よろけて転んだ。


 素早くウォルターが、木剣ぼっけんをジャッカルに向かって振り下ろす。


「ひ……いっ!」


 ジャッカルはそううめき、横っ飛びをしてそれをかわして立ち上がった。


 ジャッカルが立ち上がった瞬間、彼の首筋くびすじにウォルターの木剣ぼっけんが当てがわれていた。


 す、すごい! 速い!


 私はウォルターのあまりの強さ、よどみのない動きに呆然ぼうぜんとしてしまった。


「これは勝負あった! ウォルターさんの勝ちだ」

「まるで動物をおびき出すようなウォルター殿どのの攻撃!」

「さすがウォルターさん! 真剣ならばジャッカル騎士きし団長は首筋くびすじから血がき出していたぞ!」


 その場で見ていた人々が歓声を上げた。


「いやぁ~、参った参った」


 ジャッカルはそう言いつつ、笑顔をつくった。


「ウォルター君、君がここまで強いとはねえ。……私の負けだよ」


 彼はそう言いつつ……!


 木剣ぼっけんをまたしても振り上げ、ウォルターの頭目がけて振り下ろした。


 まさか? しょ、勝負は決まったのに!


 だが、ウォルターはそれをも紙一重かみひとえで後ろにけ――!


 逆にウォルターはジャッカルの右脇腹わきばらを、横にはらった木剣ぼっけんでとらえていた。


 木剣ぼっけんは、右脇腹わきばらに当たる直前で止めたが――。


「あ、うう!」


 ジャッカルはバランスをくずして、地面に倒れ込んだ。


 右脇腹わきばらをかばい地面に倒れ込んだので、にぶく情けない音がした。


「な、何なんだお前は……! ウォルター、貴様は一体……」


 ジャッカルは地面に尻もちをついて、ウォルターを見上げた。


「僕は元騎士きし団長だ」


 ウォルターはジャッカルに言った。


「う……く……くそおっ!」


 ジャッカルは地面に座って、くやしそうにしてわめいた。


 そしてため息をついて、木剣ぼっけんをウォルターに向けて地面に置いた。


 これは騎士道きしどうの「負け」の合図である。


 ウォルターの勝利だ……!


「おお!」


 周囲の人々は歓声を上げウォルターを祝福した。


「ウォルター様、素敵!」

「見事な太刀筋たちすじでしたぞ、ウォルター殿どの!」


 私は胸をでおろしたが――。


「お、おのれっ、ウォルターめ!」


 そう声を上げたのはデリック王子だった。


「ジャッカルのバカタレがっ! こんな囚人しゅうじんに負けちまうとは!」


 王子がジャッカルをしかり飛ばしている、そのとき――。


「まったく、何をくだらないことをしているの!」


 するどい女性の声が周囲にひびいた。


 こ、この声は!


 そこにいる全員があわてて――私もふくめて――背筋を伸ばした。


 高貴こうきな真っ白いドレスを着た、「あの女性」が庭園に入ってきたからだ。


「これは一体、どういうことか! なぜ囚人しゅうじんのウォルター・モートンが外に出ている!」


 デリックの母、女王イザベラ・ボルデールがそこに立っていた。


「お前のしわざか? 聖女の小娘こむすめ……!」


 イザベラ女王は私をにらみつけた。


 彼女の年齢は五十代後半――。


 背が高くせた美しい女性である。


 しかしそのいかめしい顔に、強烈きょうれつな意志と頑固がんこな性格があらわれていた。


 私はデリック王子と婚約こんやくしていたときから、イザベラ女王に嫌われていた……!

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