第4話 悪役令嬢、地団駄を踏んで悔しがる!

 人々がさわぐような声が、城の入り口のほうで起こった。


 城の庭園にやってきたのは――。


 それはそれは素敵な男性だった。


「ど、どなた? あの立派な男性は?」

「素敵! スーツがよくお似合い!」


 侍女じじょたちが城の入り口前――庭園の中でさわいでいる。


 その注目の男性は、金色の刺繍ししゅうがなされた白地のスーツを着ている。


 このスーツが、すらりとした彼にとても似合っていた。


 眉、髪の毛もしっかり整えられている。


 囚人しゅうじん――元騎士きし団長のウォルター・モートンだ。


 私も彼のあまりの変わりように、腰を抜かしそうになった。


「ど、どこの王子様かしら! こんな星のような男性、お見かけしたことがありませんわ!」

「は、話しかけちゃおうかしら」


 侍女じじょたちが歓声を上げている。


「お、おいっ! 元騎士きし団長のウォルター先輩せんぱいだぞ!」

「団長だ!」

「見ろ、ウォルターさんだ! に、二年間の牢屋ろうや生活から出てこられたのか? 俺たちは、夢でも見ているのか?」


 城の庭園で剣術稽古けいこをしていた騎士きし団員たちも、大さわぎをしている。


 おそらく騎士きし団員たちは、ウォルターの無実を知っているのだ……。

 

「ね、ねえ! アンナ! あの素敵なお方は誰?」

 

 ジェニファーがあわてて私のところに駆けつけてきた。


「ご存知でしょう? 私のし使いである、元囚人しゅうじんの、ウォルター・モートン氏ですよ」


 私が胸を張ってそう言うと、ジェニファーは目を丸くして声を上げた。


「えーっ? あの男性って、あんたがもらい受けた囚人しゅうじん? ウ、ウソおっしゃい!」

「ウソなんてとんでもない。正真正銘しょうしんしょうめいの元囚人しゅうじんですよ。彼に身なりを整えて出てきなさい』と伝えたのです」

「な、な、何で、あんな素敵な方を、アンナのような平民がもらい受けるのよ~っ!」


 アンナはくやしそうに、石畳いしだたみの上で地団駄じたんだんでいる。


「あ、い、いや……。これは参ったな」


 ウォルターは女性や騎士きし団員たちに取り囲まれて、あんじょう困惑こんわくしている。


「ちょっと通してくれ。会いたい人がいるんだ」


 ウォルターを助けなきゃ!

 

 私は彼に向かって手を振った。


「ウォルター! こっちですよ!」

「アンナ! そこにいたのか」


 ウォルターは私の前に歩いてきた。


 本当に戸惑とまどった顔をしている。


 ちょっとかわいそうね。


「何とかしてくれ。大さわぎだ」

「皆に歓迎かんげいされているじゃないですか。良かったわ」


 私はそう言って声をかけた。


 しかし、そのとき――。


「何をさわいでいる!」


 男性の声がした。


 デリック王子が庭園に入ってきたのだ。


 デリック王子は私とウォルターに気付くと、ツカツカと近づいてきた。


「誰かと思えば、お前か? ウォルター。この反逆はんぎゃく者め……。牢屋ろうやから出ることができて、本当に良かったな!」

「デリック王子、お久しぶりでございます。このたびは、牢屋ろうやから出していただくという恩赦おんしゃを受けまして、感謝しております」


 ウォルターはギラリと目をデリック王子のほうに向けた。


「お、おお」


 デリック王子はウォルターの眼光がんこう気圧けおされ一歩後ずさったが、すぐに体勢たいせいを立て直した。


 王子は私をジロリとにらみつけたが、ウォルターが私の前に立って私を守ろうとしてくれた。


「お前を牢屋ろうやから出してやったのには理由がある」


 デリック王子は口を開いた。


「俺は明日、ジェニファーとの婚約こんやく発表をする。めでたい日だ。だからその記念にお前の罪を軽減けいげんさせ、お前を二年ぶりに牢屋ろうやから出してやることを取り決めた」

「感謝します、王子」


 デリック王子は静かに、それでいて力強く言った。


「それはあなたに対する、私の正当防衛ぼうえいが認められた――。そのようにとらえてよろしいのですね?」

「……な、何のことかな?」


 デリック王子は額の汗をきながらも、ニヤリと笑った。


「に、二年間の牢屋ろうや生活は長かったろう。……あっ、そ、そうだ。お前は騎士きし団長としてよくやっていた時期もあった。多少は小遣こづかいをくれてやってもいいぞ? それとも土地が欲しいか? 荒れ野で良ければな、ワハハ!」


 私は「なるほど」と思った。


 お金や土地を与えて、ウォルターの無実の口ふうじをすると……。


 しかし、ウォルターは言った。


「金も土地もいりません。できれば――私は元の職務しょくむ復帰ふっきしたいのですが」

「……職務しょくむ復帰ふっき? どういうことだ?」

騎士きし団長に復帰ふっきしたいのです」


 おお……。


 周囲にいた騎士きし団員たちがため息をついた。


 まさか、二年ぶりに天才騎士きし、ウォルター・モートンが騎士きし団長に復帰ふっきする?


 これは素晴らしいことだ――。


 そのような意味を含むため息だ。


「残念だが、ウォルター」

 

 デリック王子は首を横に振った。


「ジムに聞いたかも知れぬが、現在、騎士きし団員は百名おり定員に達している。また、騎士きし団長は俺の信頼する男が就任しゅうにん中だ。おい、ジャッカル! 来い!」


 デリック王子が声を上げると、庭園にある詰所つめしょの二階のベランダから、誰かが飛び降りてきた。


「お呼びですか、デリック王子」


 地面に降り立ったのは、ひょろりとした背の高い男だった。


「久しぶりだねえ、元騎士きし団長のウォルター・モートン君」


 男はウォルターをニヤニヤ笑って見て言った。


「彼は現在の騎士きし団長、ジャッカル・ベクスターですよ」


 ジムが小声で私に説明してくれた。


 ジャッカルは細面ほそおもての青年だ。


「おや?」


 ジャッカルはウォルターの後ろに立っている私を見た。


「ほほう、君は……うわさの聖女様、アンナさんだね? 君の治癒ちゆ魔法は評判だ。一度、私の古傷ふるきず治療ちりょうしてくれないかな」


 ジャッカルは私に向かって、右手を差し出してきた。


 握手をしてくれ、ということなのだろうか?


 私が握手に応じようか迷っていると、


「ううっ!」


 ――ジャッカルがうめいた。


 ウォルターがジャッカルの右腕をつかんでいる!


「……僕の聖女に手を出すな!」


 ウォルターがジャッカルに向かって、低い声でうなるように言った。


 ――私は恐ろしい予感がしていた。


あらそい」が起こる――!

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