第3話 騎士団長様が牢屋を出られました!

「私は知っている! 本当はデリック王子がウォルター・モートン――あなたを殺そうとした!」

「えっ?」


 私は牢屋ろうや番のジムの言葉を聞き、唖然あぜんとした。


「王子は、ウォルター・モートンの騎士きしとしての才能をねたんだ!」


 ジムは声を上げて、話を続けた。


嫉妬しっとしていたのだ。ウォルター先輩せんぱいは剣術、馬術の天才だ。誰も敵わない。あのデリック王子でさえもね。だからデリック王子は稽古けいこのとき、ウォルター先輩せんぱい、あなたを剣でし殺そうとした!」

「ジム、それは――」


 ウォルターが何か言おうとしたときも、ジムは話を止めなかった。


「いいや、言わせていただきますよ、先輩せんぱい! 私は二年前まで騎士きし団員でした。私はあの光景を見ていたんです。剣術の稽古けいこ中、デリック王子がウォルター先輩せんぱいの前に立ち、先輩せんぱいを剣で突き殺そうとしたんですよ!」


 ジムがそう言うので、私はもっとその話をくわしく聞きたかった。


「そ、それでウォルターはどうしたの?」

「ウォルター先輩せんぱいは、正当防衛で剣を突き出すしかなかった。その際、デリック王子の腕をってしまったのです!」

「そ、それは――ほ、本当ですか?」


 私がジムに聞くとジムは大きくうなずいた。


「当たり前ですよ、本当です。私は見ていたんですから。他の騎士きし団員たちにも聞いてごらんなさい。皆、このことを知っていますよ。だけどデリック王子は権力を利用し、この不祥事ふしょうじをもみ消そうとした!」

「ジム……」

「ウォルター先輩せんぱい……いや、ウォルター騎士きし団長殿どの! この女性がこの牢屋に来られたのは、まさしく神のおぼしです! この牢屋ろうやから出る、そのときがきたのです。あなたの無実を世間に知らしめるときが」


 ジムがそう言うと、私は大きくうなずいた。


「ウォルター、あなたが本当に無実ならば、この牢屋ろうやから一緒に出ましょう」

「僕が……牢屋ろうやから外に……!」

「ええ、そうよ。ウォルター」

「しかし、僕が外に出たら騎士きし団の皆は、王子たちに何をされるか分からない。恐ろしい手で殺されるかもしれないぞ。そもそも、僕はもう騎士きし団長ではない。騎士きし団長は別の人間だ」

「今の騎士きし団長は、ジャッカル・ベクスターでしょう!」


 ジムは怒ったように言った。


「デリック王子の選んだ騎士きし団長だ。卑怯ひきょう狡猾こうかつな男です。真の騎士きし団長は、ウォルター先輩せんぱいですよ!」

「しかし……今さら……」


 ウォルターは人間として、騎士きしとして自信を失っているように見えた。


 無理もない。


 二年間もこの牢屋ろうやに閉じこめられていたのだから。


 しかし私は鉄格子てつごうしごしに彼の手をとった。


「あなたは心配しすぎです!」


 私は彼の目をしっかり見て言った。


「さあ、ウォルター! きちんと身なりを整えましょう。髪の毛を整え、もう一度念入りに沐浴もくよくし、真のあなたを城の皆に見せてあげてください!」

「……ぼ、僕がか」

「ウォルター騎士きし団長! 私はあなたをし使いとして任命します。あなたはこの牢屋ろうやから出てください!」


 私は力強く言った。


 ウォルターは静かに黙っていた。

 

 しかしその目は希望に燃えているようだった。


「さあ、開けますよ!」


 ジムは牢屋ろうやかぎを開けた。


 ◇ ◇ ◇


 牢屋ろうやを出たウォルターは侍女じじょや美容師と一緒に、身なりを整えるために城の風呂場に行った。


 ジムがいろいろ手配をしてくれたのだ。


 私はジムと一緒に城の城外じょうがいの庭園に出て、話を聞くことにした。


「ウォルター先輩せんぱい騎士きし団長時代、本当に私に色々教えてくださったんですよ」


 ジムはなつかしそうに――それでいてくやしそうに言った。


「ある日、例の正当防衛の事件が起きて――。先輩せんぱい騎士きし団長をやめさせられ、牢屋ろうやにまで入ることになってしまうとは。しかも二年間もですよ!」

「しかし、どうしてデリック王子は、急にウォルターを牢屋から出そうと思ったのかしら」

「今まで何回かデリック王子のもとに、『ウォルター騎士きし団長は無実だ』という密告みっこくがあったそうです」

密告みっこく!」

「ええ。『ウォルターを牢屋ろうやから出さないと、当時の事件の真相を皆にばらす』という手紙もきたようですね。つい一昨日おとといも同様の密告みっこくがあったらしいですよ。ウォルター先輩せんぱいは人望が厚い人でしたからね。人気者でした」

「そうか、それで……。デリック王子はさすがに『ずっとウォルターを牢屋ろうやには入れておけない』と思ったわけね」


 そのとき――。


「ねえ! アンナ! 例の囚人しゅうじんが外に出たそうじゃないの! どんなヤツか知らないけどさ」


 ジェニファーがクスクス笑いながら、私に近づいてきた。


「まったく、アンナと囚人しゅうじんというのは、お似合いのカップルになりそうね! 囚人しゅうじんのウォルターって男は、どんなにみすぼらしい貧相ひんそうな男なのかしら。早く見せてよ、どこにいるの?」

「今、彼は城内じょうないで身なりを整えているはずです」

「あら、そうなの? 囚人しゅうじんが身なりを? アッハッハ。何やっても囚人しゅうじん囚人しゅうじんよ。どうあがこうが、泥水どろみずが金に生まれ変わることはないわ! バカにできるのが楽しみ~!」


 そのときだ。


 ザワッ


 そんな人々がさわぐような声が、城の入り口のほうで起こった。


「あっ! ウォルター先輩せんぱいです! 真の騎士きし団長が庭園にやってきますよ!」


 ジムが声を上げた。


 城の庭園にやってきたのは――。


 それはそれは立派な素敵な男性だった。


 その男性こそ、元騎士きし団長、ウォルター・モートンだったのだ。

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