第35話 パメラ、白魔法医師に診察してもらう

 私たちはラーバスという白魔法医師の青年に出会った。


 そしてその後、謎の人型ひとがたの魔物におそわれた。


 パメラは首をめられそうになったが、ラーバスの強制睡眠すいみん魔法により魔物は眠らされた――。


 ◇ ◇ ◇


「仕方ないですね。その女性にきずがあるかどうか確認する必要がある。診療しんりょう所に来てください」


 ラーバスは渋々しぶしぶ、といった風にパメラを見やって言った。


「ちょ、ちょっとあんた! 医者でしょ? あたしはおそわれたんだ。『仕方ない』って何だよ!」


 パメラは文句を言ったが、ラーバスは表情を変えずに言った。


「私は非常にいそがしい。正直、君の治療ちりょうなどしているひまはない。しかし、君のはだに魔物の『病原体ビボス』が入っていないか確認しなければならないのです」


 私は「病原体ビボス……」とつぶやいた。


 聞いたことがあるが……。


 するとパメラが怒鳴った。


「確認? あんたができるの?」

「いいから早くしなさい! 病原体ビボスが体に入ってしまったら取返しのつかないことになるぞ!」


 ラーバスが怒鳴ったので、私とパメラは飛び上がった。


 病原体ビボスは、微生物びせいぶつの一種であると聖女医学で学んだはずだ。


 これが体内に入り、流行はややまいになると恐ろしいことになる、と聖女の医学書には記されてあったと思う。


 しかし私の病原体ビボスについての知識は、その程度だ。


 すると街の男性が三人やってきて、持ってきた布製の担架たんかを広げた。


 そしてその魔物を担架たんかせて、運んでいってしまった。


「あ、あの魔物はどうなるのですか?」


 私が驚いて聞くと、「睡眠すいみん魔法で今日一日は眠っているでしょう」とラーバスはそう言うだけだった。


 そのとき、睡眠すいみん魔法をかけられたジャッカルがのろのろと起き上がった。


 ――ラーバスは続けた。


「あの若者たちは村の自警じけい団です。魔物のことが気になりますか? ――こういうことになるから、君たちには『帰りなさい』と言ったのですがね」


 ラーバスの言うことは冷たくきびしい。


 しかし、不思議とすじが通っている気がした。


「見てみろ、この街はどことなく不自然だ」


 ウォルターが街を見やりながら言った。


 私たちはゾートマルクの街に足をみ入れた。


 そこは美しく新しい街であるが、不思議な形をしていた。


 街の入り口付近に看板があり、街全体がえがかれている。


 それを見ると、街には円をえがくように川が流れているらしい。


 川の外周がいしゅうの家々と、内周ないしゅうの家々とが分かれているのだ。


二分にぶんされている……区分くわけ?」


 パメラがそう言って首をかしげた。


 川には石造りの橋がかけられ、川の外周がいしゅう地域と内周ないしゅう地域は行き来はできそうだ……。


 そして家々は新しいのに、多くの外壁がいへきこわされている……?


 ◇ ◇ ◇


「さあ、こっちです」


 ラーバスは川の外周がいしゅうにある診療しんりょう所に入っていった。


 モルタルと石造りの家で立派だが、やはりなぜか外壁がボロボロだ……。


 診療しんりょう所の中は結構広く、一つの診察しんさつ室と四つの病室に分かれていた。


「皆さん、私はポレッタ・リリーネルシェと申します」


 診療しんりょう所にいた若い女性看護師が、四人分の布製マスクを手渡してきた。


「マスクをつけて下さい。白魔法医師会が配布しているマスクです。マスクをつけるのは、診療しんりょう所の中だけで結構ですよ」


 このポレッタという看護師も同じマスクをしている。


 鼻と口をおお医療いりょう用のマスクだ。


 聖女の医学書でも「大勢の患者がいる病院、診療しんりょう所では、マスクをつけることを推奨すいしょう」と書かれている。


 だが、こういったマスクは高価で私にはとても手に入らない。


「パメラさん、診察しんさつ室に来てください。ああ、男性は外に出て。聖女さん、あなたは診察しんさつ室に入りパメラさんに付きってあげなさい」


 ラーバスもマスクを着用しながら私とパメラに言った。


 ウォルタとジャッカルは、診療しんりょう所のロビーの椅子いすで待つことになった。


 ◇ ◇ ◇


 診察しんさつ室もやたら新しくて、きれいだった。


 本棚ほんだなと薬品たなもある。


 ラーバスとともに、さっきマスクを手渡してきた女性看護師、ポレッタも入ってきた。


 ラーバスは机の前に座りながら言った。


「パメラさん、立ちなさい。服を全部ぎましょう」

「な、何をおっしゃいます!」


 私は驚いてラーバスに向かって声を上げた。


「傷を見るだけで、若い女性に服を全部げだなんて!」

「さっき魔物におそわれたさいにできたきずを見るんですよ。体のどこかに魔物の爪でできたひっかききずがあったら、この女性は死ぬかもしれませんよ」

「えっ? きずで?」


 私もパメラも驚いたようにラーバスを見た。


 傷でそこまで致命傷ちめいしょうになるのか……?

 

 確かに獣の爪から体内にきんが入り、命にかかわるという話は聞いたことがあるが……。


「ご安心なさい。私ではなく、ポレッタが別の部屋でパメラのきずを確認します。早くしないと命にかかわりますよ」

「ではパメラさん、こちらへ」


 パメラはポレッタに奥の部屋へ連れていかれてしまった。


 大丈夫かな……。


 きずが命にかかわる……?


 私はパメラが心配で仕方なかった。


 ラーバスといえばインクを使い、机でパメラの診察しんさつ書を書いていた。


 十分後、パメラとポレッタが部屋から診察しんさつ室に帰ってきた。


 そしてポレッタはラーバスに言った。


「先生、パメラさんの肩、背中、腕にはきずはありませんでした。しかし、右ひざ、左ひざにはそれぞれ一ヶ所――計二ヶ所、すりきずがあるようです」

「ふむ……」


 ラーバスはパメラを座らせて、両ひざを虫眼鏡で見た。


 両ひざきずはどっちも薄皮うすかわがめくれて、多少血が出ている。


「これは魔物に襲われてできたひっかききずというよりは、転倒したときにできたきずですね。君が転んだのはさっき魔物におそわれたときに倒れたときと……他には?」

 

 ラーバスがパメラに聞くと、彼女は顔を赤らめて答えた。


炭坑たんこうで走ってこけたんだよ」

「なるほど。まあ、命に別状べつじょうはないでしょう」


 ラーバスはパメラの両ひざきずを念入りに消毒して、絆創膏ばんそうこうりつけた。


「あの……そこまできずを念入りに観察するのはどうしてでしょうか?」


 私が聞くとラーバスは答えた。


「あの魔物の爪から病原菌ビボスが入るんですよ。聖女ならご存知でしょう?」

「……そもそもあの魔物って、一体何なんですか?」

死霊しりょう……。いや、これはその系統けいとうの魔物を総称そうしょうする古い言い方ですね。あの魔物は『屍食鬼ししょくき』もしくは『グール』と呼ばれている魔物です」


 グール!


 聞いたことがある!


 しかばね死人しびと同然どうぜんの魔物だ……!

 

 だけど謎が深まる。


 なぜこんな立派な街にグールが出現するのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る