第21話 非日常の終わり

 朝比奈さんに置いて行かれた俺は遅れながら駅に着き、駅のホームで電車を待っていた彼女に駆け寄る。


「朝比奈さん流石に置いていくのはひどくないですか?」


「それなら一緒に歩くのが恥ずかしいような動きをしないでください。あれじゃ変質者です」


言いながら朝比奈さんはそっぽを向いてしまった。


....そうキッパリ言われては返す言葉もない。


思い返してみればそう言われて当然な振る舞いをしていたような気がするが仕方がない事だ。


 それまで普通に街中を歩いていた人たちの視線が、朝比奈さんが通るだけで物凄く集まるのだ。


その集まり方と言えばはもはや自分が有名人になったのかと錯覚してしまう程のものなのであり、普段陰で生きている俺がほんの数時間で慣れるはずがない。


「朝比奈さんはすごいね。あの視線の中堂々としてるんだから」


「私からすればただ道を歩いているだけなので」


「確かに朝比奈さんからしたら、歩いてるだけだよね」


学校だけじゃ止まらず、街中の人たちも魅了してしまうのはもはや女神そのものなのでは?


もちろん口に出して言えばまた朝比奈さんに怒られるのがわかっているので心の中で留めた。


 話に区切りが着きそれに合わせてくれたのかのように電車がホームに到着する。


明日からはいつも通りの平日が待っている為皆帰りが早いのだろう、電車から降りてくる人が多い。


「すごい人だね」


「そうですね、やはり皆さん月曜日に備えて早く帰るみたいですね」


降りる人たちの長蛇の列が終わったのと同時に電車に乗り込んだ。


 電車から降りる人が多くいたはずなのだが、車内は中々に混み合っている。


「朝比奈さん大丈夫?」


電車に乗るのは経った二駅ではあるがこの込み合った状態では少々きついものがある。


「はい、なんとか大丈夫...ひゃっ」


彼女が大丈夫と言葉にした瞬間、電車の揺れで体制を崩した彼女がぴったりと俺の体に飛び込んできた。


「うぅ..一ノ瀬くんごめんなさい」


大丈夫と言った傍からこんな事態になってしまった恥ずかしさ故なのだろう。


彼女は顔を赤らめ謝罪をしてきた。


俺の手に収まった彼女はあまりに小柄で今すぐにも折れてしまいそうな程華奢だった。


「いや、全然大丈....」


大丈夫と言いかけた瞬間、自分の手が朝比奈さんの肩に手をかけていることに気づいた。


「朝比奈さんごめんなさい!訴えないでください!」


触れていた手をすぐさま離し、慌てて謝罪とこの後の俺の処遇を撤回してもらうよう頭を下げた。


「一ノ瀬くんは私の事をなんだと思ってるんですか...助けて貰ったのは私ですし別に訴えませんよ、ありがとうございます」


朝比奈さんから感謝の言葉とこの後の起こりえた処遇の撤回を貰い俺は安堵した。


「一ノ瀬くんの身長に合うように少しヒールの高い靴を履いたのが結局迷惑かけることになっちゃいましたね」


そう言って彼女は照れ隠しのように笑った。


 もともとは自分の為にこうして色々工夫してくれたのだから迷惑なんてあるはずがない。


むしろ感謝しているくらいだ。


「迷惑だなんて全然思ってないから、気にしないでください。こっちこそ全然配慮できてなくてごめんなさい」


二駅ではあるが駅の一つ一つの区間が少し長いためこの後も同じことが起こるかもしれない。


目の前の彼女に視線を向け少し考えた後、彼女がケガするよりかはマシかと思い俺は思い切って提案した。


「あの、さっきみたいに揺れたら危ないんでよかったら服でも腕でも掴んでてください」


俺の言葉に彼女の大きな瞳がパチパチと音がなりそうな瞬きをした。


「他の人に見られる可能性があるのに良いんですか?」


「朝比奈さんにケガされるのに比べたら見られた方がマシかな」


「一ノ瀬くんは嘘つきさんですね。ふふっ...ありがとうございます」


彼女はお礼と共に俺の洋服を掴んだと同時にやはり俺の嘘はバレていたみたいだ....


まぁ、先ほど自分でも口にした通りケガされるよりはマシだが、心の中で学校の人たちにはこの光景を見られませんようにと最寄り駅まで祈った。


 最寄り駅に着く頃には以前より長くなったと思っていた日も既に暮れていた。


今日一日が終われば明日からまた学校生活が始まると考えると嫌気が差してくる。


そんな事を考えながら一緒に出かけていた彼女と少し間隔を開けて歩きながら帰宅している途中だ。


電車を降りてから体に疲労を感じさせてきている状態で駅から近い距離感に家があることが非常にありがたい母さん様様だ。


 気づけば我が家が見え、先に歩いていた朝比奈さんが入って行くのが見えた。


俺も後に続いて入ると朝比奈さんがエントランスで待って居てくれた。


「あ、待っててくれたんだ。先にそのまま帰っちゃったと思ってたよ」


「私はそんなに薄情な人ではありませんよ」


「今日一日ありがとうございました。色々迷惑になっちゃったかもしれないけど...」


感謝の気持ちと共にやはり自分の中で拭えない気持ちが混ざったお礼を口にした。


「いえ、こちらこそわざわざ調べてくれたみたいでありがとうございます、それとさっきも言いましたが私は楽しかったですよ」


「そっか、それならよかったな」


「明日も学校ですから、そろそろ帰りましょうか」


「うん、そうだね」


会話に区切りが着いたところでエレベータ―に乗った。


「明日からまた学校ですね」


「そうだね、それで朝比奈さん...」


「同盟の件ですよね?わかっていますよ」


自分が一番案じていた事を朝比奈さんに言われ胸をなでおろした。


4階に着き「また明日学校で」と短い挨拶だけ交わし朝比奈さんと別れた。


 家に着き、手を洗ったあと一目散にソファーに横になった。


家という安心できる環境も相まって疲労が一気に押し寄せ眠気を誘った。


無理もない今日一日で色んなことがあったのだ。


 たった数時間ではあるが、彼女と一緒に過ごした時間は非日常ですべてが新鮮だった。


「楽しかったか...」


彼女が店を出て言ってくれた光景を思い返していた。


俺みたいな人間が人に楽しいと思って貰えてよかったな....


「.....。」


「朝比奈さんが女神様だったらあの時の俺を救ってくれたかな....」


自分で口にして苦笑いしてしまう。


あの時の彼女が女神様に見えただけで彼女も何かを抱えた一人の少女だ。


彼女だけは救われて欲しいものだと思った所で俺の眠気はピークに達して瞼を閉じた。


 ――次の日の朝、ソファーで寝落ちした俺は時計を見て絶望した。


時計は午前十時を差しており、高校生活初めての遅刻が確定した瞬間だった。


ただ、ここ最近と違うのは嫌な夢を見ることがなく快眠することができた。


代償に遅刻する羽目となったが俺の気分は軽く、急いで最低限の準備をし家を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る