第19話 似た者同士
クリームソーダをストローで飲みながら、一度冷静になる。
俺は今”あの“朝比奈月と二人でカフェに来ている。彼女が俺の目の前でプリンを食べている姿はあまりにも現実味のない光景だった。
改めて店内を見渡すと来た時とは違い、席はほとんど埋まっており、男女問わず若い人たちで店内は賑わっていた。
俺たちの席の隣の通路を誰かが通る度に明らかに朝比奈さんを見て振り返っている。
考えてみればカフェに来てからはそうでもないが、ここまでの道で彼女とすれ違って振り向く人がそれなりにいた。
毎回どこに出かけても注目の的になるのだろうか?もしそうなんだとしたら美少女というのも大変なんだろうな。
「あの、私の顔に何かついてますか?」
「え?」
いきなり声をかけられ、驚いて気の抜けた返事をしてしまった。
「さっきから私の顔をじっと見て考え事をしているようですので」
「あ、ごめん。美少女も大変なんだなって考えてた」
「一ノ瀬くんって変なところで勇気がありますよね。よくもまぁそんな事をスラスラと...」
朝比奈さんがため息混じりに口にした後、こちらをじっとみつめてきた。
「いや、考えてたのは本当の事だし、店内の視線が怖い」
「一ノ瀬くんが周りを気にしすぎなだけだと思いますけどね」
朝比奈さんは気づいてはいないかもしれないが、隣の通路を通る度にこちらを恨めしそうに見てくる視線はなかなか怖いのだ。
そんな反論ができるはずもなく、呆れる朝比奈さんに苦笑いで返すしかなかった。
そうしたやりとりの後、お互い言葉を発さずに黙々と注文したものを口にした。
他人と出かけたことがあまりない俺でも流石に無言の時間が長く続くのが良くないのはわかる。
当たり前な話ではあるが俺は最近彼女と話す機会が増えただけで仲が良くなったわけではない。
故に特に話す事もないのである。
「朝比奈さんって兄弟っているの?」
気まずい空気のままにしては、せっかく時間を作ってくれた朝比奈さんに申し訳ないと思い、必死に考えた結果お見合いみたいな陳腐な質問しか出てこなかった。
「随分とまぁいきなりですね...私は一人っ子ですよ」
あまりにも突拍子のない質問に驚いた様子を見せたが、朝比奈さんは普通に答えてくれた。
「まぁ、そうだよねどこかそんな気がしてたけど、いるとしても下の子だろうなと」
「それは私のどこを見てそう思ったんですかね?」
なにやら朝比奈さんから不穏な雰囲気が感じられる。
ここ数日うちに幾度となく感じたあの圧だ。
「同年代と比べてもどこか大人びているし、しっかりしているところとか....ですかね....」
なんとも歯切れが悪くなってしまうのは、朝比奈さんから感じられる圧となんと言い返されるのかがある程度予想付いているからだろう。
「一ノ瀬くんから見た私のイメージってほぼここ最近の事じゃないですか。一ノ瀬くんがだらしないだけです」
ほぼ予想してた返答が返ってきた。
予想を裏切らない朝比奈さんは流石だと1人で関心してしまった。
「一ノ瀬くんの方はどうなんですか?ご兄弟とか」
「うん。歳は少し離れてるけど姉がいるよ」
「そうなんですね、お姉さん羨ましいですね」
「それなりに喧嘩は多かったけどね、でも色々助けてもらったし直接言うことはないだろうけどいい姉だなって思うかな」
あの時も、ただ怯えて泣くことしかできなかった俺を自分だって怖かっただろうにそれでも俺を守ろうとしてくれて....
俺にもっと力があれば、体が小さくなければ、母さんも姉さんも守れたのに。
本当に情けないな、俺は.....。
「一ノ瀬くん?」
「ごめんごめん、昔の喧嘩を思い出したら懐かしいなと最近会ってもいないしさ」
顔に出てしまっていたのだろうか?なんとか適当な言い訳で誤魔化した。
「そうなんですね、私一人っ子だから兄弟のお話を聞くと羨ましくなっちゃいます」
「結婚して旦那さんの地元の方に住んでるから会う機会が年に数回って感じかな」
今となっては俺自身も一人暮らしを始めてしまったので余計に会うことは減るだろう。
「一人っ子の人ってみんな兄弟の憧れあるよね、俺的には一人っ子いっぱい愛されて良いなと思うけどね、俺2人目だから小さい頃の写真とか姉さんに比べて全然ないし....」
母さんが言うには色々それどころじゃなかったみたいな話を聞いたけど小さい頃の俺は自分の写真が少ないことが少し悲しかった。
今となっては色々理解できるし、当時の話を母さんから聞いたりして笑い話にできている。
「愛されているですか....どうなんですかね」
少しの沈黙のあと、朝比奈さんは自嘲気味に笑いながらそう答えた。
それだけで色々察せることはあるのだが、返答が難しい。
俺みたいなタイプでも、母さんには愛情を注いでもらって育てられたなと思う。
でも、世間のニュースを見ればそういう家庭だけじゃないのがこのクソみたいな現実だ。
だけど、俺は彼女が後者ではないと思った。昨日の事を振り返れば彼女は少なからず愛されていたはず...
あまり無責任な事を言いたくはない。それでも誤魔化すように痛ましく笑う彼女をそのままにしたくはなかった。
「両親の考えていることってわからないよね。でも朝比奈さんは愛情を注がれて育てられたと思うけどね」
「....え?」
「人を助けようと思えるのって愛されたってことじゃないのかな?少なくとも俺はそう思うよ」
この言葉は彼女の欲しかった言葉ではないかもしれない。
その上で、あくまで仮初めの希望を与えるだけの”無責任な言葉”だ。
いつかは彼女自身で乗り越えるしかない問題だが、それでも少しでも彼女が前向きになれるのならと思い俺は彼女の疑問にこの言葉を返した。
「....確かにそうかもしれないですね」
「じゃなかったら俺みたいなやつ助けるどころか見向きもしないよ」
自虐ギャグも挟むと先ほどの悲しい表情ではなくなっていた。
これは俺の自己満足の言うなれば偽善とも言える行為ではあるが、彼女の表情を
それと同時にやはり似ているんだなと改めて思った瞬間でもあった。
「一ノ瀬くんコーヒー好きですか?」
朝比奈さんがメニューを開きながらこちらを向いて返答を待っている。
テーブルを見ると朝比奈さんの飲み物はなくなっていて俺のクリームソーダもなくなっていた。
「うん。家でもよく飲むよ」
「それはよかったです。喫茶店来たからにはコーヒーも気になりますよね」
「じゃあ、このケーキセットにする?」
テーブルに小さく貼られているPOPを指差すと朝比奈さんがなにやら考えている。
「プリンも食べてしまいましたし、カロリーが....」
「ぷっ...」
気にしていることが先ほどまでと違い年相応な悩みでそれがなんだか面白くて俺は思わず笑ってしまった。
「あっ、笑いましたね!?女の子にとっては死活問題なんですよ!」
俺の前でギャアギャア言っている朝比奈さんを無視して俺は強引にケーキセットを二つ注文した。
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