第20話 陽のさす女神様
頼んだケーキを食べ終えコーヒーを口に流し込み、先ほどから目の前で不満げそうな彼女に話しかける。
「ケーキ美味しかった?」
ケーキセットが届けば悩んでいたことも忘れたかの様に美味しそうに食べていた朝比奈さんに少しからかいながら聞いてみた。
「美味しかったですけど...一ノ瀬くんはいじわるです」
「美味しかったならよかった、いじわるはご愛敬ってことで」
流石にちょっと強引過ぎた気もするが、今日はお礼を兼ねているのだ。
先ほどの暗い表情よりどうせならチクチク言われようと明るい表情で居てほしい。
「美味しい物食べて、その余韻を味わいながらコーヒーを飲むなんて贅沢な休日だな」
いつもの自分の休日を考えれば基本家でダラダラ過ごすだけだし、家を出たとしても食料調達の為にスーパーやコンビニ位しか外出しない為今のこの状況は非常に充実している。
「じゃあ、これを機にカフェ巡りを趣味にしたらどうですか?」
「確かにカフェ巡りながら美味しいプリンを制覇するのもいいかもなとは思うけど、外に出るのがあまり好きじゃないというか、めんどくさいと言うか....」
今日の休日だって朝比奈さんにお礼する為に外に出ているが、昨日迷惑をかけて居なければきっと家でダラダラしていただろう。
昨日の今日で朝比奈さん側は迷惑だったかも知れないが、なるべく借りは作りたくないのもそうなのだが、条約を結んだとはいえこれ以上朝比奈さんに関わりたくはなかった。
「私もどちらかと言えばインドア派なので気持ちは分かりますけど、外に出るのも意外といいものですよ」
「まあ、遠出はほとんどないけど、全く家から出ないわけではないよ」
「そうですね。頻繁にコンビニかスーパーには行かれてるみたいですし全く家から出ない訳ではなさそうですね」
...なんでバレているのだろうか?流石に朝比奈さんに恐怖を感じた。
「....朝比奈さんってやっぱりストーカー?」
「心外な。昨日掃除した時に溜まっていたゴミがコンビニ弁当やスーパーのお惣菜の容器ばかりだったのでそこから予想しただけです」
「そう言えばそうでした...」
わざわざ善意で動いてくれた人に対して我ながら何たる言い草だろうか。
考えてみれば彼女は俺を看病するだけに留まらず、部屋まで掃除してくれたのだ。
彼女からしてみれば看病以上にやる必要のない行為だと言うのに。
「改めて部屋も綺麗にしてくれてありがとうございます、朝起きたときに綺麗すぎて自分の家か疑ったよ」
「いえ、一ノ瀬くんの部屋は物が少なかったので比較的お掃除しやすかったですよ、強いて言うならゴミを貯めない事と洋服の散乱ですかね」
「はい、せっかく綺麗にしていただいたので維持できるように頑張ります」
そう言って朝比奈さんに敬礼して見せると彼女はそうしてくださいと笑った。
****
それからというもの、周りの目もあまり気にならなくなった俺は、朝比奈さんと会話を続けた。
特別面白い話はではなかっただろうが、ちょっとした趣味の話だけでもかなり長い間話せたのは偏に朝比奈さんのトーク力によるものだろう。
聞き上手で話し上手、改めて朝比奈さんが学校で崇拝されている理由を思い知る。
何を話しても相槌を打ってくれて愛想良く反応を返してくれるとなれば、誰であろうと惹きつけられることだろう。
そんなこんなで気づけば頼んだケーキの皿もコーヒーカップも空になっていた。
「じゃあ、暗くなる前にそろそろ帰ろうか」
女の子と一緒に出かけてあまり遅くなるのもよくないだろうし、明日からはまた一週間が始まるのだ。
その上帰りの電車の込み具合なども考えるとそろそろ帰路に着いた方がいい時間帯だった。
なにより行きよりも人が確実に増えているであろう街中で、注目される度合いが増えることを少しでも防ぎたかった。
「そうですね。食べ終わったのに長居するのは申し訳ないですし、そろそろ行きましょうか」
帰りの支度をしている朝比奈さんを待ちながらテーブルに置いてある伝票を手に取り支度が終わったのを確認し席から立ちあがり会計に向かった。
「ちょっと待ってください。私も半分出します!」
店を出ると朝比奈さんが服の袖を掴みながら少し立腹が感じられる口調で俺の歩行を止めた。
会計を全額出したのが朝比奈さん的には不満だったのだろう。
「いや、本当に気にしないで大丈夫です。ここまで含めて昨日のお礼のつもりなので」
カフェのお金を出すことは自分の中では決めていたことだし生活費などにも問題はない、それに自分の都合で誘ったのに交通費は朝比奈さんに負担してもらっている。
「よくないです!流石にご馳走になるわけにはいかないですし何よりお金のやり取りは大事ですよ」
「そうだね、お金のやり取りは大事だと俺も思う」
朝比奈さんの言うことは最もだ。
それでもこれはお礼なのだ。こちらも折れるわけにはいかない。
「でも、今日誘ったのはカフェでご馳走することくらいしかお礼が思いつかなかったからでさ、ここで半分出して貰っちゃうと只々朝比奈さんの時間を奪っただけになっちゃうんだ。だから、今回は許してもらえないかな」
これは、俺の自己満足であると自覚しているし、本当にこれしか思いつかなかった事実を朝比奈さんに話した。
「....わかりました。ではお言葉に甘えて、ありがとうございます」
まだ完全に納得はしていない様子ではあるが、朝比奈さんは折れてくれたようだ。
「こちらこそありがとう朝比奈さん。じゃあ帰りますか」
「一ノ瀬くん」
駅に向けて歩き始めようという時に朝比奈さんに声をかけられる。
振り返ると、彼女はこちらを見つめて佇んでいた。
「改めて本日はありがとうございました。私は今日とても楽しかったです。だから、お礼でなくてもただ時間を奪っただけなんて思わないでください」
そう言って彼女は微笑む。
風で揺られた髪が陽の差す光を受けて輝いている様はとても眩く、女神の様に見えた。
「....ありがとうございます?」
「ふふ、なんで一ノ瀬くんがお礼を言うんですか」
「なんとなく....?」
こういう時になんで言えばいいのかわからなくて思わずお礼を言ってしまった。
「こういう時はどういたしましてって言える方がかっこいいですよ」
ふふん、と少し得意げな表情を浮かべながら先を行く彼女の後に続くように歩き出し2人で駅に向かった。
結局危惧していた通り、駅までの道中人が増えた街中で注目を浴び挙動不審を再び発動していた。
「...だからそれやめてくださいって行きにも言いましたよね?」
「人通りが多くなってきたので...」
「はぁ...カフェで少し慣れたのかなと思ったんですけどね」
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