第29話 最悪な始まり

 重たい瞼をゆっくりと持ち上げると、寝る前は真っ暗だった部屋にカーテンの隙間から光が差し込み明るくなっていた。


寝ぼけて回ってない頭がようやく状況を把握し始めた瞬間、先程までの様子が嘘のようなスピードでスマホで時間を確認した。


「六時三十分....」


スマホのロック画面に表示された時刻は、いつも起床している時刻から三十分程速い時刻だった。


アラーム以外で目を覚ました場合、大体の場合寝坊しているというアレだ。


今回は幸いにもただ早く目が覚めただけだったが....。


 一瞬の焦りが安堵に変わり、俺はもう一度ベッドに横たわった。


結局まともな解決策が考えつかなかった事もあり、昨日の出来事で俺は学校に行くのがめんどくさくなっていた。


 昨晩も何度か自分にできる対策を考えてみたが、相手の要求が要求なので朝比奈さんと会話しないくらいしか特に思いつかなかった。


なんだかんだこれが一番穏便に過ごせる方法だろうし、当人には言いづらいが、俺としては是非そうしたいくらいだ。


ただ彼女が言っていた通り、隣の席である以上一切話さないのは難しいし、仮に一切会話せずとも今の席が続く限りは結局ダル絡みされそうな気がする。


 何度考えても辿り着くのは同じ結論で、考える程に学校に行く気がみるみると失せていく。


何か対策があるなら是非ともご教授していただきたい。


「めんどくさい、眠い....」


こんな事に何分時間を使っただろう。


いっそ目を閉じこのまま眠気に身を任せ二度寝をしたらどんなにいいものだろうか。


....たまの1日くらい行かなくても許されるだろう。


 今日はもういいやとサボりを決めようとしたところで、スマートフォンから不快感のある甲高い音が大音量で部屋に響き渡った。


そのまま無視して寝ようしたが、こちらが起きるまで止まるつもりもなさそうなアラームにだんだん苛立ち、まんまと起き上がってしまった。


朝からあまりにも不憫である....


 昨日の一件に関して、俺にはあまり非はないはずなのだ。


それなのに何故こんなに悩まされなければならないのかと自己憐憫せずにいられなかった。


 結局起きてしまったので、俺は大きく息を溢しながらしぶしぶ学校の準備を始め、既に疲労困憊の体に鞭を打ち学校に向かうことにしたのだった。


向かっている途中何度も溜息を溢し、一体どれだけの幸せを手放したのだろうか。


そう思い立った矢先にまたしても溜息をついてしまう。


やはり今日はサボるべきであったと後悔してきた頃に俺は学校に到着した。


 教室のドアを開けると、一瞬クラスメイトから視線が集まったが気にせず入り自分の席を目指す。


「おーすっ柊、今日はいつもよりしなしなだな」


「うっせ、こっちには色々あるんだよ、学校に来ただけでも褒めてほしいね」


朝の開口一番の挨拶が廣幸からのいじりで始まった。


このやり取りに既視感を感じたが、スルーして席に座った。


 どうやら、まだ俺と廣幸しか来ていないのかと思ったが朝比奈さんの席を見ると筆箱が置かれており席を外しているのだろう。


岸宮さんに関しては学校に来るのかさえ分からない、なんせ彼女に対して野良猫感が否めないからであるのだが....


「そういえば、柊。昨日の事だけど特に気にしないでいいぞあれ、どう考えてもあいつらが悪いし、お前が気にすることなんて一つもないぞ」


「大丈夫、あんまり気にしてないよ。あれは、俺も言い方がよくなかったからね」


「そっか、柊がそう言うならそれでいい、なんかあったら頼ってくれ」


「ん、サンキュ」


....廣幸から昨日の出来事に触れられたが、気にしていないと言えば嘘になるが昨日の件は俺も言い方が悪い面があった。


それ以上に悩んでいるのは、朝比奈さんとの交流の方である。


「一ノ瀬くん来てたんですね、おはようございます」


「あぁ、うん」


 席に戻ってきた朝比奈さんから声をかけられ挨拶を交わしたつもりだったが、なにやら朝比奈さんの雲行きが怪しい。


「おはようございます、一ノ瀬くん?」


「え、お、おはようございます....朝比奈さん」


 彼女の言葉に続けてしっかり返すと彼女は満足したのか席に着席した。


怖い、あまりにも怖すぎた女神様と呼ばれる所以は一体どこから来ているのか....


 昨日の一件を知ってるはずなのに、挨拶してきた事に面食らってしまった。


やはり本性は悪魔か何かではないだろうか。


...野菜を無理矢理食べさせてくるし。


 朝比奈さんが席に着席するとクラスメイトが男女問わず朝比奈さんの周りに集まり始めた。


入学してからある程度経っているが今もなお、朝比奈さんの周りに人だかりが出来ている。


 こちらとしては非常に迷惑であるが、口にするとめんどうな事になりそうなのが目に見えて分かっているので特に口にすることなくその光景をみていた。


朝比奈さんを見れば先ほどの怖い面影は一切なく、みんなが知っている女神様に偽っていた。


....こんなに変わるんだな朝比奈さん。


彼女の変わり方はすさまじく、自分が知っている朝比奈さんとは明らかに違った。


 何故彼女が偽るのか深い理由は知らないし、俺には関係ない。


ただ、あの変わり方は彼女を壊してしまう...と言うよりすでに壊れてしまっているのではないかとそんな事がよぎった。


なんせ人格を偽るのは精神力をとてつもなく使うのだ、俺自身がそうなのだから。


 人だかりの和の中に昨日揉めた連中も混ざっており、一瞬目があったが相手はもう気にしていないのか目を逸らした。


やはり...仲良さそうに喋っていたのが気に触っていたのだろう...。


そう思うと、怒ってた理由が可愛く思えたが、それを理由に当たらないで貰いたいものだ。


「お前ら群がんな邪魔くせぇ」


 大分棘のある言葉を吐いて先ほどまで姿がなかった岸宮さんが登校してきた。


彼女が現れた途端、先ほどまで和気藹々と話していた人達もぱたりと黙り込んでしまった。


「ごめんなさい、私が配慮出来ていなくて」と朝比奈さんが岸宮さんに謝罪をいれていた。


 朝比奈さんが謝る理由はどこにあったのだろうか?少なくとも彼女が呼び集めた人だかりではないのだ。


謝るべきは朝比奈さんより集まっている人たちだろう。


 朝比奈さんに話しかけられた岸宮さんは、心底不快な物を見たような表情を浮かべ舌打ちすると「あんたもこうなるって分かってんだろうし他所でやれよ、邪魔だから」とだけ吐き捨て席に座った。


「そうですね....ごめんなさい....」


二人がやり取りしている間に集まっていた連中が速やかに離れて行き、朝からただならぬ雰囲気で一日が始まった。

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