第30話 奇妙なメンツ
朝の一件で教室の中の空気がピリついたまま、特にその空気が変わることもないまま気がつけば昼の時間になっていた。
女神様と眠り姫の2人のいざこざの影響力は凄まじく、昼前の普段なら賑やかな空気で行われている世界史の授業は、静かすぎて逆に先生に心配される程だった。
事の2人に囲まれている俺は、多少の気まずさはあったものの、他人からの視線などを感じることもなかったので、今朝の一件は個人的には良い方向へと働いている。
正直今日の一件で抑止力として岸宮さんはかなり有難いと実感した。
朝比奈さんもついでにどうこう言われるので手放しに喜べないのも事実ではあるが、隣の席であの集会が起きないのは非常に助かる。
ここの席のデメリットが一つ減ったと言っても過言ではないだろう。
そんな俺とは反対に、他のクラスメイトはいつもと違う教室に居心地の悪さを感じて過ごしていたはずだ。
特に今朝周りに集まっていた連中は内心穏やかではなかっただろう。
なんせ、朝比奈さんと対になる岸宮さんを怒らせてしまったのだから。
昼休みになった今、教室を見渡せばいつもは雑談やら何やらで盛り上がっている教室も今日に限っては静まり返っているし、教室に残っている生徒も少ない。
皆学食に行ったり、他クラスで食べていたりするんだろう。
まぁ、全部俺にとっては好都合なのでどうでもいいのだが。
強いていうなら、今現在こうなっている主要人物達に囲まれている事だろうか。
岸宮さんはといえば四時間目の授業から現在進行形で穏やかな寝息を立てており、隣の朝比奈さんは誰にも囲まれず珍しく一人座席でお弁当を広げている。
いつもはうるさい廣幸も、今日の昼休みはバスケ部のメンツと飯を食べるらしく、俺は珍しく一人で過ごしている。
廣幸の事だから、最初はこいつ逃げたなと思っていたがどうやら昼に部活のミーティングがあるらしい。
そんな訳で俺は今座席でぼーっとして窓辺を眺めている。
一人だと購買に行くのもめんどくさくなり今から行っても人気の購買パンなど残っていない時間になっていた。
「一ノ瀬くんはお昼食べないのですか?」
「あぁ...購買行くのめんどくさくて」
沈黙を破ったのは朝比奈さんだった。
まぁ、こんな状況の中気を使って喋りかけてくれたのか、学校以外で見せるお節介が出ているのか....なんか両方な気がしてきたのは気のせいだろう。
俺もこの状況下なら特に何もないだろうと思い返答した。
「あなたって人は本当にめんどくさがりですね」
朝比奈さんは俺に聞こえる位の声量で呟いた。
口調から察するに今の朝比奈さんは、俺のよく知る素の朝比奈さんのようだ。
教室に人がほとんどいないおかげでそこまで気を張らなくて良いのは朝比奈さんにとっても良い事なのかもしれない。
「今日はおにぎりなので良ければおひとつどうぞ」
次の瞬間にはおにぎりを差し出す女神様が隣にいた。
「もらっていいの?見た感じおにぎりを貰っちゃうと朝比奈さんの分がなくなるけど...」
朝比奈さんのお弁当箱はかなり小さく、おにぎり1つなくなるだけでも物足りなくなってしまいそうだ。
「はい、一つ食べたので。それにまだおかずが残っていますし大丈夫ですよ」
改めて見るとお弁当にはおかずが彩りよく入っていた。
しかし、そのサイズがサイズなので、試食コーナーの詰め合わせみたいな量しか入っていないように見える。
「朝比奈さん....もっと食べないと大きくなれないよ」
「どの口が言ってるんですか…それに一ノ瀬くんが思っている程女の子は食べないんですよ...もちろん個人差もあると思いますが」
そういうものなのか。
普段廣幸としか昼を食べなかったのでわからなかったが、女の子の適量はこれくらいらしい。
「ありがとうございます。いただきます」
せっかくの好意を無碍に扱うのもなんなので、どうぞと差し出されたおにぎりをありがたく受け取って綺麗な三角のてっぺんを頬張った。
朝比奈さんが作ったであろうおにぎりは汗ばむ季節にはちょうどいい塩加減でとても美味しい。
俺はパクパクと食べ進め、気が付けば一瞬で無くなってしまった。
「朝比奈さんありがとう、美味しかったです。ごちそうさま」
「いえ、あんなに美味しそうに食べてくれてこちらとしても嬉しかったですよ」
そう口にする朝比奈さんは俺の事を子供か何かを見るような眼差しで少し馬鹿にされているのかもしれない....が美味しかったのだ仕方ない。
「でもそんな直ぐに食べきっちゃうくらいにお腹が空いてるんですから、今後はめんどくさがらずにしっかり食べた方が良いですよ」
「そうだね、今後は事前にコンビニで買うなりするよ」
「成長期なんですしそれが良いと思います。それに、ちゃんと食べないと大きくなれないですしね?」
お返しのつもりなのか、朝比奈さんは少し得意げな表情を浮かべている。
....意外と根に持つタイプなのかもしれない。
「あ!まだ寝てるの?空露ちゃん!」
朝比奈さんとやり取りしていると大きな声を上げながら清水さんがこちらに駆け寄ってきた。
勿論、用があるのが俺ではないことは清水さんが名前を口にしていたため分かっていたが、まさかの組み合わせで俺は驚きを隠せなかった。
クラス委員長の清水さんとあのトゲトゲした岸宮さんは仲がいいのか?
どう考えても仲が良くなる組み合わせではない気がするのだが、目の前の光景を見ればそれはただの偏見であることが見て取れた。
「空露ちゃん起きて〜いつも食べてるパン買ってきたよ!おーきーてー」
可愛らしい小動物系の女の子が一生懸命に眠り姫を起こしている....うん、なんかアニメやラノベっぽいなと一人でその光景を見ていた。
「もう、本当に起きないなぁ...あっ...」
普段見ることのない清水さんの様子に呆気に取られていると、こちらの視線に気づいた彼女は気まずそうに頬を赤らめた。
「ご、ごめんなさい。うるさくしてしまって....」
「大丈夫だよ、普段の教室に比べれば大してうるさくないし」
特に俺の斜め前の席の奴に比べればかわいいものだろう。
興奮した時の声量は特にでかい、120dBくらいあるんじゃないだろうか。
「あ、えっと....ここの席ってお借りしても大丈夫ですか?」
揺すっても頬を突いても起きない眠り姫に心が折れたのか、清水さんが俺の顔を見ながら許可を求めてきた。
「そこの席の人は違うところで食べてるから遠慮なく座って平気だよ」
「そうなんですね。では、ありがたく座らせてもらいます。空露ちゃん起きる気配無くて....」
あれだけやって起きなかったので半場諦めているのか、そう口にする清水さんはしょんぼりしていた。
「見てた感じ全然起きなそうだったね」
「世界史とか科学の後は決まってこうなんですよね...暗記科目は特に眠くなるらしくて」
気持ちはよくわかる。
俺も寝るのは大体暗記科目とか現代文だ。
「大分深く眠ってるのかな?まぁ、そこの席は自由に座っていいから気にせず」
「それならここでお昼を食べても大丈夫ですか?いつ起きるかわからないですし....」
俺としては別に構わないのだが、朝比奈さんが一切会話に混じって来ていないことが少し気になっていた。
普段の朝比奈さんであれば、少しくらいは会話に入ってきそうなものだが。
何事かと視線を向けると朝の事を気にしているのか静かに様子を見ていたようで、気がつけば既に女神様の朝比奈さんになっていた。
なんという切り替えの早さだろうかと感心してしまう。
「それならせっかくですし、
目線が合うと俺の意図をどう汲み取ったのか、朝比奈さんはとんでもない提案をして来た。
それに今さらっと
「あ、え、えっと....それじゃあ、ご一緒しても良いですか....?」
朝比奈さんに話しかけられた瞬間、清水さんは一瞬言葉に詰まったが、やや強張った面持ちで提案を受け入れた。
朝比奈さんに話しかけられるとは思っていなかったのか、もしくは人見知りなのだろうか。
あるいは...まぁこれは邪推か。
こうして昼休みに奇妙なメンツでお昼を過ごす事が決まってしまったのだった。
もう、後には引けない状況で俺は諦めて一緒に過ごす事を決めた。
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