第31話 高校生は食べ盛り?

昼休みがまだ半分ほど残っている状況で俺は今奇妙なメンツと昼食を共にしている。


とはいっても俺は朝比奈さんから貰ったおにぎりを食べ終えているので2人が食べているのを見ながら振られた会話に相槌をうったり、それなりに会話を返しているのだが非常に居心地が悪い....


隣の朝比奈さんを見ると、流石女神様だなと思うほどに清水さんと楽しそうに会話している。


 最初こそ借りてきた猫のようだった清水さんも、朝比奈さんの女神パワーのおかげかだいぶ緊張も解れたようで、自然な笑顔を見せるようになった。


「一ノ瀬さんはお昼ご飯食べたのですか?さっきから会話だけ参加してますけど」


「さっき、朝比奈さんからおにぎり貰って食べました」


 清水さんの疑問に答えるとハッとしたような表情で口に手を当てた。


「お、お二人はそういう関係なのですか...!?だとしたら本当にすみません、お二人の時間を邪魔してしまって....!」


「そう見えるならいい眼科を探すから一緒に病院に行こうか?清水さん」


俺の返答に清水さんがあたふたしていると朝比奈さんが口を開いて補足してくれた。


「一ノ瀬くんがお昼ご飯をお持ちでなかったので私のお昼ご飯をお譲りしたのですよ」


「なるほど!もしかしてと思って...ごめんね。一ノ瀬さん」


 謝られるのもそれはそれで精神に来るな....


それにしても迂闊だった、女子に2人でいるところを見られるとそういう方向で面倒なのか....


 今回は素直で善良な清水さんだったから良かったが、嬉々として根も葉もない噂を広めるような人もいることを失念していた。


....今後はもっと気をつけなければ。


「大丈夫、俺も眼科に連れて行こうとしてごめん」


謝罪を口にする清水さんは「さっきから眼科ってなんですか」と楽しそうに笑った。


ひとしきり笑ったあと、「じゃあ、これも食べてください」と清水さんから焼きそばパンを差し出された。


「えっと...これは?」


「空露ちゃんに買ってきたんだけど、見ての通り全く起きないので食べてください」


「それ、俺が食べたら後で俺ボコボコにされるのでは?」


 ただでさえ朝比奈さんの隣の席というだけで毎日面倒な思いをしているというのに、さらに面倒な人から怒りを買うのは流石にゴメンだ。


それに顔面が陥没した自分の姿が何故だか鮮明に想像できてしまうので余計恐ろしい。


「大丈夫です、私が勝手に買ってきた物なので。それに食べ盛りな男子高校生なんですからちゃんと食事を取らないと倒れちゃうよ」


最近暑いですからと付け加えながら、ぐっと押し出された焼きそばパンを受け取った。


それにしても朝比奈さんもだが、何故この人たちは人の成長期をそんなに気にしているのだろう。


....普通の人は結構気にする物なのだろうか?


「お金払うよ。焼きそばパン百六十円だっけ?」


「お金は大丈夫です。私はもうこれ以上は食べられないですし、お昼に誘ってもらったお礼と言うことで」


 この様子だと無理にお金を払おうとすれば、相手の気分を害しかねない。


そうなればお互いなんの特にもならないと思い素直に好意を受け取ることにした。


「そういえば来月は体育祭ですがお二人はもう出たい種目とか決まってたりしますか?」


「そっか、来月は体育祭があったね」


「もしかして一ノ瀬くん体育祭忘れてたんですか?」


 清水さんが驚いた様子で聞いてきた。


....忘れていたわけではない。


 むしろその逆で俺の中ではある程度意識している学校行事の一つだ。


外は暑いし、競技に全力で取り込めるモチベーションもない。


そして何より、個人競技があるからだ。


 実を言えば運動は別に嫌いではない。


めんどくさがりな俺だが、どちらかと言えば運動自体は好き寄りである。


ただそれは誰かに強制されてやるものではなく自分で自由にやる物に限るわけで。


 それに加え体育祭という大きな行事は注目が集まるから余計に嫌気が差す。


こんな嫌な要素がふんだんに詰まった学校行事を意識しない人はいないだろう。


特に、俺みたいな陰属性の人間なら尚のことだ。


「忘れてた訳ではないけど...丁度梅雨の時期だから無くなることを期待してる」


「そう言われてみると、体育祭ってなんで梅雨時期付近が多いんですかね?」


「さぁ...それは流石に俺もわかんないかな」


そう答え、食べるタイミングを失っていた焼きそばパンを口に頬張った。


「朝比奈さんは出たい種目とか決まってますか?」


 清水さんが朝比奈さんに話を振ると、ビクッと体をこわばらせた。


「え、えーっと。これと言っては特に決めてはないですかね...」


珍しく朝比奈さんにしては弱弱しい回答だなとその光景を見ていた。


清水さんはそれに気づいていないのか、朝比奈さんに色々と種目の話をしているがやはり朝比奈さんの表情は顔を引き攣っているように見えた。


 学校にいる朝比奈さんは大の嘘つきなのだが、その彼女がどこか自信が無いように思えるのは何故だろうかと2人の光景を見ながら考えていた。


体育祭...種目....運動....あ。


 俺は一つだけ心当たりがあることを思い出した。


そう、朝比奈さんは多分運動が苦手であるということを。


 一緒に出かけた日、電車に乗り込もうとそこまでの距離は走っていなかったが朝比奈さんは大きく肩で息をするくらいに疲弊していた。


もちろん、あの時の朝比奈さんは運動靴ではなかったというのもあるだろうが。


 当人はあの時少し苦手と言っていたが、"仮面"が外れかけるほどには動揺している様子から見て、とても少しとは考え難い。


真実は分からないがおおよそ当たっているだろうと解決した俺は残りの焼きそばパンを口に放り込んだ。


「お二方とも今日の最後の授業で体育祭の種目を決めるのにどうするんですか....」


「え!?」


「んぐ!?」


驚きのあまり、放り込んだ焼きそばパンが喉に詰まりかけた。


しかし、驚いたのは俺だけではなかったようで、隣の朝比奈さんも珍しく大きな声を出していた。


「前回の授業の最後に先生が言ってましたが...前回の続きを少しやってから後半は種目決めをするって....もしかしてそれすら忘れていましたか?」


「いや、言ってたのは覚えてるけど...」


「はい、言ってたのは覚えてるんですが...それが今日だって事はすっかり抜けていました...」


「....あまり時間はないですが、ある程度自分の中で決めておいてくださいね。先生の事だから多分また私が司会をやることになると思うので」


「善処します」


「種目決めまでには決めておきます...」


 雨で無くなることを期待しすぎたせいで何も考えていなかった....


高校生活が始まってから次々と悩みが増えるばかりである。


俺は大きく息をつき、焼きそばパンで失われた水分を補充するべく席から立ち上がり飲み物を買いに自販機に向かった。

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