第42話 大事な任務

 岸宮さんを除いたリレーメンバーでの自己紹介を一通り終え、現在は皆んなで昼食を取っている。


前回は清水さんと朝比奈さんの2人とだったために異性の割合の方が多く若干気まずかったが、今回は廣幸もいることで以前のようになることはなかった。


やはりこういう時の廣幸は流石の一言で、みんなが楽しく談笑できるようなトーク回しのおかげでそれなりに心地いい空気感になっていた。


まぁ、強いて言うなれば俺は昼飯を買いに行くタイミングを逃していることだ。


日頃はいつも一緒に食堂に行ったり購買パンを買いに行っている廣幸も今日に限っては大きな二段弁当を持参しているし。


 この会話している最中にいつ席を立って行くべきなのか様子を伺いすぎて行くタイミングを逃しているのだ。


そんな俺の様子を見てたのかそれともまたしてもご飯を食べない俺に対してなのかはわからないが朝比奈さんがこちらを怪訝そうに睨んでいる。


「一ノ瀬くんはお昼食べないんですか?」


優しい言葉遣いとは裏腹に顔には含みがあるような言い方で朝比奈さんが尋ねてくる。


「いや、買いに行かなきゃなぁと思ってた所です。ちゃんと食べますから....」


朝比奈さんのお叱りから逃れるべくとりあえず弁明しておく。


「それなら早く行ってきた方がいいんじゃないですか?」


「そうするよ」


「でもこの時間だとパンは残ってないんじゃないか?」


「まぁ、そうだろうな。だから食堂でおにぎりでも買ってくるよ」


そう言い残し席を立ち上がった。


「あ、待ってください。食堂に行くのならついでにこれも持っててください」


そう言われ清水さんからお弁当箱を渡される。


「えっと...これは?」


「空露ちゃんのお弁当です。さっき置いたまま行ってしまったので。きっと食堂の隅でジュースだけ持って時間潰してると思うので」


本当に仲がいいんだな。


そう言って渡す清水さんの顔には心配の文字が浮かんでいた。


 きっとこの状況の中でも彼女は岸宮さんの事を考えていたのだろう。


「わかった。責任持ってちゃんと届けるよ」


「ありがとうございます!一ノ瀬さん」


俺は大事な任務を承り教室を後にした。


 教室を出て食堂に行くまでに道のりヒソヒソと小話をされながらちらほらと視線を浴びたが、きっと競技決めの時の事がいろんな人に伝わっているのだろう。


だけどそれは俺だけではなく、他の皆も同様にこういった様々な意思を持った視線に晒されているのだろう。


晒し上げのような形でメンバーが決まったというだけでも噂として広まりやすいだろうに、そこにあの2人が加わったともなれば、こうなるのも必然だろう。


とは言え今後噂がより広まればもっと注目を浴びる事になるだろうし、気にしても疲れるだけだろう。


はぁ..とため息一つこぼし、周りの情報を意識の外に追いやって進むうちに目的地である食堂に到着した。


「あら、柊ちゃんいらっしゃい。今日はどうする?」


顔見知りのおばちゃんから歓迎されおにぎりが置いてある棚を確認する。


「こんにちは。鮭と明太子を一つずつもらえますか?」


「はいよ〜じゃあ三百円ね」


慣れた手つきで頼んだおにぎりが袋に詰め込まれ本日の昼食をやっとゲットした。


 自分の目的は果たしたが、頼まれた大事な任務をこなすために食堂を見渡す。


清水さんによれば端の方にいるとかなんとか言っていたが....とよく周りを見渡すと目的の人が紙パックのジュースを片手にスマホをいじって座っていた。


「育ち盛りの女子高生がちゃんと昼飯食わないとダメだぞ」


なんて声をかけていいかわからず最近幾度となく言われたセリフで岸宮さんに声をかけたが、なんだかセクハラじみている気がする。


「あぁ...あんたか」


声をかけた瞬間こそ睨まれはしたが、教室にいた時よりも意外と普通に接してくれた。


また恐ろしいほどの罵声が飛んでくるんではないかと身構えていたのに拍子抜けしてしまった。


「....それで何の用?私を説得してこいって?それとも謝罪させるために連れて来て欲しいって委員長にでも頼まれた?」


まぁ、いきなり俺がくればそうなるよな...


少なくとも火種の原因は俺で彼女は巻き込まれた側ではあるわけだし。


「とりあえず腹ごしらえしようか。腹が減った状態で話できないし」


そう言いながら預かったお弁当を岸宮さんに渡す。


「....紗希のやつ、また余計な事して」


俺も岸宮さんの前の席に座り先ほど手に入れたおにぎりを袋から取り出す。


「あんた何さりげなく一緒に食べようとしてるわけ?」


岸宮さんは露骨に嫌な顔をしてこちらを見てくる。


「もどふぉってたべふぇ...」


「飲み込んでからしゃべれよ行儀悪いな」


「あっちに戻って食べたら時間がなくなっちゃうからな、それにあっちは皆んなで食べてるけど岸宮さん一人だからさ」


そう答え俺はまたおにぎりを頬張った。


目の前の彼女は何か言いたげな感じだったが俺がおにぎりを頬張ったのを見ると、ため息を吐いて自分のお弁当箱を広げ始めた。


とりあえずなんとかなったか....


そう思うのも束の間で岸宮さんしか座っていなかった机に俺が座った事で食堂で食べていた生徒たちの興味の対象になってしまったらしい。


俺が過ごしたい穏やかな生活はとっくになくなってしまったらしい。


まぁ、これも体育祭期間だけだろうから今はもう放って置くしかないな...


心の中で嘆く俺におにぎりの塩分がいい補給になった。

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