第41話 顔合わせはプレッシャーの中で
布団に潜りこんでから数時間が経過していた。
いつもなら中々眠りにつけないと開き直ってスマホをいじったりPCデスクの前に座り何かしら始めてしまうが今日は珍しくそういう気分にもならず布団の中でじっとしていた。
この夜の寝れない時間と言うのは非常にナイーブな気持ちに陥りやすいが今日は珍しく違う事を考えれているおかげで気持ちが下がらずいた。
数時間前に朝比奈さんと一緒に過ごし過去の話を少し話したが自分でもあそこまで引きずっているとは思っておらず自分でも痛い奴だなと思ってしまう。
自分の心に秘めていることを口に出すのは自分が想像していたより辛かった。
正直全然話せなくて朝比奈さんには過去に何かあった程度しか伝わっていないだろうな。
まぁ、それくらいでも伝わっていればいいのかもしれない。
色々身の上話をされても相手も困るだろうしな。
表面上は過去の事だと思っていても心の中の小さな俺がまだ乗り越えられていないのだろう、きっと。
自分で自分は救えないのかもしれない....な。
それほど体に刻まれる位には辛かったのだ。
だからこそ今日彼女と過ごした自分がいつもの自分と違うことに驚いたのだ。
優しく頭を撫でられた時いつもなら反射で手が伸びてきた所で体が硬直していたはずなのにすんなり受け入れた事。
これはただ体が反応する余裕が無かっただけかもしれないがそれでも小さい時の名残が出ることは無かった。
そしてもう一つ自分の行動で驚いていることがある。
それは朝比奈さんからの提案を素直に試してみようと思えたことだ。
自分でもどこかで変わるきっかけがあれば良いなとは思っていたのは事実ではあるが、人を信用できない俺がすんなり受け入れた事には自分の行動ながら驚いている。
いつもなら誰かに何を言われようが心の中で客観的にとらえ結局相手の言葉を流していた。
人を信じれば....変に期待を抱いて仕舞えばそれを裏切られた時どうなるかを知っているからだ。
それを俺は一番身近な人に思い知らされたのだ。
それを知っている自分が変われるかなと変に期待をして朝比奈さんの提案を受け入れた。
今考えれば愚かな行為を行ってしまったなと思う。
小さい頃何度も期待を裏切られては悲しい思いをしてきたはずなのに俺はまた同じことを繰り返してしまった。
「俺って本当にバカだな....」
一人呟いた後スマートフォンのロック画面をつければ今から寝るには学校に遅刻しそうな時刻になっていた。
....結局俺は開き直って布団からでて寝るのを諦めた。
****
――数日後の昼休み。
俺は今現在すごい修羅場に遭遇している。
また後日に集まろうという話で終わっていた体育祭のリレーメンバーがただ集まっただけではあるのだが、この光景を前にしてとてもチームメイトと言えた者ではない。
このピリピリとした雰囲気に耐えられずクラスメイトは教室を離れ一部の生徒がこちらの様子を廊下から様子を伺っている。
この中で口をひらけばどうなってしまうのか恐ろしくてただじっとしていることしかできない。
現在、清水さんが改めて岸宮さんを説得しようとしており、そこから少し離れたところで俺たち3人が見守っているという状況だ。
廣幸を見ればもう息しているのかすら怪しい。
いや、あれはもうダメかもしれない....
「で?さっきの話がどういう事か説明して欲しいんだけど。ねぇ委員長?」
「あ、あのですね....今朝も話した通り、状況が状況だったから仕方なくて...」
流石に友人らしき清水さんでもあからさまに不機嫌な岸宮さんに気圧されているのか、視線が右往左往しており、こちらからも2人の視線が合っていないことがわかる。
「うん。さっきの話聞いても良くわからないんだけど何が仕方なかったの?」
暴君が口を開くたびに教室の空気が重くなっていくのをひしひしと感じる。
今は清水さん相手だからどうにか会話が成立してるだけで、他のリレーメンバーが話しかけようものならその場で極刑に処されるのではなかろうか。
そう思わせる程に今の岸宮さんは凄まじいプレッシャーを放っている。
「ねぇ委員長?私言ったよね。競技はなんでも良いけど"それ"とだけは一緒にしないでって」
そういって岸宮さんは朝比奈さんを顎で指す。
昨日の帰り際の清水さんの口ぶりからなんとなく予想はしていたのだが、俺の想像を上回る程に暴君様は女神様が嫌いらしい。
人への配慮なんてしないだろうと思ってはいたのだが、当の本人がいるところでそこまで言うとは....
「前も言ったと思うけど、委員長は無理にでも自力で解決しようとするの辞めた方がいいと思うよ。トラブった時点でさっさと担任なりを呼べば良かったのに」
「あの状況じゃ私は教室から出て行くわけにも行かなかったんだよぉ....」
「じゃあ私を起こせば――」
「い、いやいや暴力はダメだよっ!」
「まだ何も言ってないけど....」
あぁ、彼女たちの会話を聞けば聞くほど岸宮さんと協力など不可能に思えてくる。
きっと俺たちとは違う世界に生きてる人で、多分ヤンキー漫画のようなバイオレンスな世界の住人なのだろう。
「とにかく!みんなを待たせちゃってるからとりあえず座って!」
そう言って清水さんは岸宮さんを無理やり座らせると、遠巻きに見ていた俺たちの方へと椅子ごと押して連れて来た。
正直運んできて欲しくなかったのだが、それでは話が進まないのだから仕方がない。
「え、えーっと....皆さんお待たせしてしまいすみません。リレーのメンバーが集まったので、とりあえず自己紹介でもしましょうか!」
清水さんはこちらに頭を下げてから、今日集まった理由でもある顔合わせの会を開始した。
岸宮さんが逃げないよう見張っているのか、彼女の椅子の後ろに立ったまま清水さんは進行するつもりらしい。
俺たちの周りどころか、教室内に漂う最悪の空気をどうにか変えようとしているのだろうか、いつもより必死に明るく振る舞っている。
清水さん、きっと君以上に委員長にふさわしい人物はいないだろう。
「まずは私からですね!清水沙記です!運動は特別得意ではないですが頑張ります!」
「俺は神宮寺廣幸だ!勉強はからっきしだが運動とあらば任せてくれ!」
「朝比奈月です。運動は....あんまり得意ではないですがよろしくお願いします」
「一ノ瀬柊です。えっと、岸宮さんとそれから皆も、参加してくれてありがとう。それなりに頑張ろう」
清水さんが頑張ってくれたおかげでスムーズに進んで、いよいよあと1人を残すだけとなったのだが、そのあと1人が一向に口を開かない。
見れば足を組んで座っている岸宮さんは眉間に皺を寄せており、先程以上に不機嫌そうだ。
「空露ちゃん...?あとは空露ちゃんだけだよ....?」
何の言葉も発さず黙り込んでいる岸宮さんに声をかけながら身体を軽く揺する清水さん。
そんな清水さんの手を払いのけ、岸宮さんは深くため息を吐きながら立ち上がった。
「くっだらねぇ。ていうか神宮寺はともかく、女神サマは何がしたいの?」
清水さんのおかげで緩みつつあった空気に再び緊張が走る。
「一ノ瀬を晒し上げて笑いものにしようってのが向こうの魂胆なのに、何で運動ができないくせに参加した訳?好感度稼ぎ?」
先程まで清水さんと話していた時はかなり柔らかい態度だった事を思い知る。
先ほどもかなりの圧だったのだが、今の岸宮さんの態度には微塵も優しさを感じず、ただただ朝比奈さんへの嫌悪が滲み出ている。
「い、いや私は...」
「空露ちゃん!そんな言い方....!」
「違う。俺が参加したせいで他の人が誰も立候補してくれなかったから朝比奈さんは参加してくれたんだ。」
目の前で起きている現状を見過ごすことが出来ず思わず会話に割って入ってしまった。
俺を助けようとしてくれたせいで朝比奈さんが悪く言われるのは流石に黙ってられない。
「お前もお前だよ。やりようはいくらでもあったろうに黙って受け入れるとか。どうにかしようとか思わない訳?」
「あの状況で仮に担任を呼んだってきっと状況は大して変わらなかったと思うよ。きっと誰かが押し付けられて朝比奈さんと清水さん以外が被害を被るだけだよ」
「それでもそのお荷物抱えて参加する羽目になるよかよっぽどマシだと思うけどね」
こんなのは水掛け論だ。どっちが正しいなんてのは多分ないだろう。
というか悪いのは全部その場にいなかった担任とあの連中だと言うのに、何故俺や朝比奈さんたちが悪く言われなければならないのだろうか。
今回に関して言えば岸宮さんも巻き込まれた側だとは思うが、それでも競技決め中寝てたのだから文句を言う筋合いはないだろう。
「はぁ馬鹿馬鹿しい。当日私は参加しないから、どうぞ4人で存分に笑われてきてくださいな」
「あ、空露ちゃん!どこ行くの!」
もはや会話する事が億劫と言わんばかりにそう吐き捨てると、静止する清水さんの声を無視して岸宮さんはそのまま教室の外へと出て行ってしまった。
「....本当にごめんなさい。朝比奈さん」
岸宮さんが教室から出て行った後、清水さんは朝比奈さんに深々と頭を下げた。
「い、いえ大丈夫ですよ。気にしないでください」
そうは言っているものの、流石の朝比奈さんも多少は怖かったのだろう。
緊張が解けた彼女の表情には疲労が見えた。
「いやぁ思ってた以上に怖いな、岸宮さん....」
「お前生きてたのか....会話に入ってこないから死んだものだと」
岸宮さんがキレてる間一切言葉を発しなかったので、死んだかどこかに逃げたと思っていた廣幸だが一応生きていたらしい。
「神宮寺さんも、一ノ瀬さんも本当にごめんなさい....!私の考えが甘かったです...」
「いや、清水さんは悪くないよ。あの時はああでもしないと解決しなかっただろうし」
「そうだぞ、清水さんは悪くない!」
まるで言葉を真似するぬいぐるみかのように俺に便乗して同じようなことを言う廣幸。
それができるならさっきも俺に加勢してくれよ....
「空露ちゃん、本当はすごく優しくて良い子なんですよ。....まぁあんな事があった後じゃ流石に信じられないとは思いますけど...」
「まぁ、そうだね...」
まぁ清水さんが仲良くしている、というよりかは懐いてるのだからあながち嘘ではないのだろう。
ただその優しさは万人に対してではなく、おそらく人を選ぶ訳で。
「と、とりあえずどうにか当日までには説得して見せますから!あと皆さんに絶対謝らせます!」
当日どうにか参加させられたとして、どうにかなるものなのだろうか....
何にせよとりあえずはこの4人でどうにかするしかない。
「まぁ考えててもしょうがないしな。とりあえず俺はお前には負けねぇからな!柊!」
「いや別にチーム内での勝ち負けとかはないよ....」
ここ最近不安になることばかりだが、どうにかなる事を祈るしかない。
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