第40話 過去ときっかけ
朝比奈さんの手作りプリンを食べ終え一緒に用意したコーヒーを一口飲む。
「ごちそうさまでした。朝比奈さんすごく美味しかったです。ありがとう」
「お粗末様でした。一ノ瀬くん後悔してるんじゃないですか?プリンの数が減ってしまって」
朝比奈さんの中の俺のイメージはやはり大分終わった人間として認識されてるだろ...。
「後悔はしてないよ。美味しい物を一緒に食べる方が幸福度も高いだろ」
「そう...ですね。お誘い頂いてありがとうございます」
「朝比奈さんが作ってきてくれたおかげですね」
謎の気まずい雰囲気が流れ沈黙を打破するべく洗い物をすることにした。
こういうとき気の利いた会話を振れない自分の駄目さ加減が露呈する。
姉さんと母さんにも文句を少し言いたくなってしまう。
変な入れ知恵するなら全部教えておいてくれよ....
****
「洗い物までありがとうございます」
洗い物を終え先ほどの席に戻ると朝比奈さんが何故か嬉しそうに労いの言葉をかけてくれた。
「全然大丈夫ですよ。朝比奈さんは大変な作業をして作ってくれましたから」
そう答えると朝比奈さんはなにやら不思議そうにこちらを見つめてくる。
「一ノ瀬くん一ついいですか?」
「はい。俺に答えられる事なら」
「ずっと気になってたんですが、一ノ瀬くんのその繕った様子と素がでている違いが違和感で...」
…..。
まぁ、いつかは聞かれるかもしれないと思っていたが、このタイミングか。
「ごめんなさい。いきなりすぎましたね。忘れてください」
「いや、いいよ。答える」
「無理しなくてもいいんですよ?」
「大丈夫。俺も朝比奈さんとの同盟組んでるけど知っている情報が違いすぎると思ってたし」
一度息を吐き、落ち着く。
別に勢いで話すつもりではない。
似たような朝比奈さんだから話してもいいと思っている。
それに昔の話だしな....。
「小さいときからの癖なんだ。取り繕うのは。そうしないといけない状況で育ったから」
父親が家にいない間は束の間の幸せがあったがあいつが帰宅すると家の中は恐怖で支配される。
皆がビクビクと怯えあいつの様子を伺って生活する環境。
あいつの目に入ってしまうと目立ってしまうと酷い仕打ちをうける。
だからみんな取り繕って機嫌を伺ってあいつが早く家から出ていくことを願う。
そんな生活。
「それでかな?最近やっと気が抜けたタイミングだと素が出るようになるんだけど、でも次の瞬間にはまた取り繕ってしまうんだ...だから朝比奈さんが感じる違和感はそれだと思う」
今ではやっと淡々と口に出すことができるがそれでも過去を振り返ると流石に辛いものがあった。
もう少し話そうと思ったがおかしなことにこれ以上口が動かない...次第には目頭がどんどんと熱くなり朝比奈さんの顔を見ることもできない。
情けない...もうすべて終わった事なのに....
これじゃあ結局何も朝比奈さんには伝わらなかったんじゃないだろうか。
どうすることも出来なくただ下を俯いていると頭から暖かく安心するぬくもりを感じた。
「今日はずっと小さな子供みたいな表情をしますね。一ノ瀬くんは」
そう口にしながら朝比奈さんは俺の頭をやさしく撫でた。
その瞬間今まで我慢していたことが全部あふれ出そうになるのを唇を噛みしめてこらえる。
「話してくれてありがとうございます。もう大丈夫ですから」
禄に喋る事が出来ずコクンとうなずいた。
――数分後。
落ち着きを取り戻すまで朝比奈さんは頭を優しく撫でてくれていた。
随分と恥ずかしい姿をみせてしまった後悔で死にたくなる。
目の前の朝比奈さんは気にしていないのかいつも通りだ。
「朝比奈さん....その...ありがとう」
「いえ、特に大したことはしてませんよ」
「....俺。結構過去の事で拗らせてて、変わりたいなと思ってるんだど今の所無理そうですね」
そう口にして笑って見せた。
昔の事だと思っているのだ。
でも、俺にはまだそれを完璧には克服できていなかったのだ。
改めて人に話す事でそれを実感した。
「じゃあこうしましょう。一ノ瀬くんは私といるときはありのままのあなたで喋ってください。普段から素でいるのも変わるきっかけになると思いますよ」
朝比奈さんから一つの提案が飛んできて少し考える。
….自分でも変わるきっかけを探していたからいい機会なのかもしれない。
「わかりました。それでやってみます」
目の前の朝比奈さんは不満げにじっとこっちを見ている。
言った傍から取り繕った言い方をしてしまったからだろう。
「了解。それでやってみるよ」
言い直すと朝比奈さんはよくできましたと言わんばかりに微笑んだ。
「じゃあ俺からも一ついいかな?」
自分にも回って来ると思っていなかったのかきょとんとしている。
「朝比奈さんも俺といるときは素でいいよ。あの切り替え方は精神をすり減らすから。それに素の朝比奈さんの方が喋りやすくて個人的にはそっちのがいい」
「学校の時の私は嫌いですか...?」
「前にも答えたけど、どっちも魅力的だとおもうよ。でも今の朝比奈さんの方が好きかな」
急激に顔を赤らめ俯いたあと朝比奈さんは早口で喋り始めた。
「私の場合もう一ノ瀬くんにほとんどバレていますし、一ノ瀬くんがそっちのがいいっていうならそれでいいです!」
勢いが強い朝比奈さんをみて思わず笑ってしまった。
「朝比奈さんも頼りあるお姉さんから子供ぽくなっちゃいましたね」
俺の言葉を聞いて朝比奈さんは更に顔を赤らめた。
「一ノ瀬くんのばか!透かし顔!クリームソーダキッズ!」
朝比奈さんからでてくる語彙力のない悪口に微笑んでしまう。
「もう!また笑いましたね!一ノ瀬くんのばか!もう帰ります!!」
朝比奈さんは持ってきたトレーを持ち上げ逃げ去るように帰っていた。
玄関からお邪魔しましたと聞こえてきて律儀だなぁと思いながら又微笑んでしまう。
少しからかい過ぎてしまったかも知れない。
先ほどまでにぎやかだったリビングで一人になりどこか寂しさを感じる。
「....今日は子供みたいな表情か」
一人で呟きながら朝比奈さんの暖かい手のひらを思い返すように頭に手を置く。
「変われるかな俺...」
そんな事を考えながらリビングの電気を落とし自分の部屋に戻る。
いつも通りパソコンの前に座り『クリームソーダキッズ』と検索したがそこには特に何も表示されなかった。
やはりあの時の朝比奈さんは少し俺を馬鹿にしていたのかもしれない。
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