第39話 女神様と手作りプリン

 朝比奈さんは我が家に足を踏み入れた途端、硬直してしまった。


「あの...なんですかこれ....」


その言葉が何についての発言なのかは一目瞭然だった。


真っ暗闇の部屋を玄関に置いてあるセンサー付きライトが照らしエアコンの冷気が広がっているこの部屋の事を差しているのだろう。


「あなたは洞窟に住む吸血鬼かなにかなんですか?」


なかば呆れた様子で朝比奈さんに言われた俺は苦笑いするしかなかった。


 日頃から部屋の電気をつける機会は少ないしエアコンの温度設定も低めに設定しがちではあるのだが....確かに洞窟と言われたらそんな気がしてきた。


「朝比奈さん...実は俺吸血...すみませんでした」


吸血鬼になろうとしてみた瞬間には無言で顔の前に件のスプレーを突きつけられていた。


....せっかくなりきったのだから最後までやらしてくれたっていいじゃないか。


どうやら朝比奈さんは手厳しいらしい。


「ふざけてないでとりあえず部屋の電気付けてもらってもいいですか?」


吸血鬼になった所でこの女神様には勝てないと悟り俺は電気を付けに部屋に向かった。


「お待たせしました。それからこれどうぞ。エアコンの温度上げたけど部屋冷え切って寒いと思うから羽織ってください」


そう言いながら朝比奈さんは俺が手に持っているカーディガンを見ながら固まっている。


「心配しなくても洗濯されてる奴なので汚くはないと思います....」


確かに部屋は綺麗とは言い難いがこの子は洗濯もされ綺麗なのだ。


自分で補足していて心を痛めた。


「あ、それを気にしているのではなく...気が利くなと思いまして。ありがとうございます」


どうやら俺が気にしていた事ではなく俺の人間性に驚いていたらしい。


それはそれで言いたいことがあるが俺の普段の生活を知られている彼女に対しては言い返した所で信用があまりないだろう。


これでも一応母さんや姉さんから女性に対する礼儀作法を小さい頃から教え込まれているので、こういった状況下で何をどうすれば良いのかはなんとなくわかるのだ。


ただこれまでその教えは上手く使えていないとというより、使う機会がなかった訳なのだが。


教えてもらった意味はあったのかと疑問に思う事もあったが、今日こうして役に立っている事を考えると教えて貰ってよかったと思う。


「女性があまり体を冷やすのは良くないらしいので。そのトレーは預かるので羽織ってください」


カーディガンとトレーを交換し朝比奈さんが羽織るのを確認して俺は先に部屋に戻った。


 玄関からお邪魔しますの声が聞こえ朝比奈さんが部屋に上がってきた。


手には綺麗に畳まれたエプロンを持ち、貸したカーディガンを羽織っていった。


自分が貸したカーディガンを羽織っている気恥ずかしさと彼女の体躯には大きすぎていてぶかっとなっている様子をみて変に意識してしまった。


朝比奈さんとはそれなりに身長差があるのも含め、小動物みたいで守ってあげたくなるようなそんな感じだ。


「適当に座っててください。紅茶かコーヒーどっちがいいですか?」


そんな気持ちが自分から湧きあがるなんて思ってもおらず恥ずかしくなってきたので逃げるようにキッチンへ向かう。


「ありがとうございます。では紅茶でお願いします」


「承りました。少しお待ちください」


 そう答えながら早速準備にとりかかる。


と言ってもインスタントである為お湯を注ぐだけでなのだが。


自分のコーヒーカップは適当にお湯を注ぎ、朝比奈さんのカップはお湯を注いだあと受け皿で蓋をした。


自分が知っている浅い知識ではあるが、ティーパックでもちゃんと蒸らすとそれなりに美味しく飲める。


とは言っても高い茶葉に比べるとやはり差は出てしまうが....


今更ながら客人用に出すお茶位は用意しておくものだなと近いうちに買いに行こうと思った。


「お待たせしました。どうぞ」


「ありがとうございます。一ノ瀬くん紅茶お好きなのですか?」


受け皿で蒸してあるカップを見ながら質問を投げかけてきた。


「飲む方ではあるとおもうかな?でも知識は浅いけど」


「ふふっ...そうなんですね。お気遣いありがとうございます」


逃げるために飲み物を用意したのに結局朝比奈さんにお礼を言われ照れくさくなった。


「では、飲み物も入れてくださいましたしプリンを食べましょうか」


そう言って朝比奈さんから銀カップの容器を受け取る。


「本当はカップから出した方が見栄えがいいんですけど...一ノ瀬くんのお家には食器が皆無だったのでカップで我慢してくださいね」


....え?


 プリンを食べれるウキウキから一変し何故それを知っているのかと思ったが朝比奈さんはこの間の一件で俺の家事情を大方把握しているのだ。


「そんなことも知ってたのか....食器買っておけばよかったな」


「そうですね。紙皿をやめて少しは食器買ったほうがいいですよ」


なんとも痛い所を突かれ返す言葉も無い....


近いうちに食器も購入視野に入れておこう....


「まぁ、その話はまた今度と言う事で。どうぞ召し上がってください」


「では、ありがたく。いただきます」


スプーンをプリンに付けた瞬間自分の好みである固めであったことに口角があがってしまった。


そのまますくい上げ口に運ぶ。


...うまい。


美味しさのあまりもう一口頬張った。


「朝比奈さんこれすげーうまい!」


語彙力がなくて申し訳ないが自分が出せる最低限の感想を伝えた。


「それはよかったです。一ノ瀬くんを見てるだけでそれが伝わって来てるのでホッとしてます」


「そんなに分かりやすかったかな....」


「はい、それはとても。目はキラキラしていますし口元も綻びていて小さな子供見たいでしたよ」


「あんまり人の顔観察しないでくださいよ...」


プリンを口に運びながら顔を伏せた。


「いいじゃないですか。それにいつも見たくスカした顔じゃ無くて可愛いと思いますけど」


...朝比奈さん俺はスカした顔なんかしてるつもりないんだが。


ここで言い返すと朝比奈さんから普段の俺について色々言われそうな気がしたのでプリンと一緒に飲み込んだ。

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