第56話 人間不信と偽りの少女
体が大きく揺さぶられ、落ちていた意識が覚醒していくのがわかる。
寝ぼけ眼のまま身体も起こさずあたりを見渡すと、既に教室の中には誰もいなかった。
地震でもあったのだろうか、あるいは寝てる時に体がビクッとなるあれだろうか。
次第に意識がはっきりとし、机に突っ伏した体を起こし大きく伸びをした。
「やっと起きましたか。全く、いつまで寝るつもりだったんですか?」
意識の外から突如声が聞こえ、伸びの姿勢のまま固まってしまった。
恐る恐る声のした方を向くと背後、と言うより斜め後ろに呆れたように俺を見下ろす朝比奈さんがいた。
「うああああああ!」
「きゃあああああ!?」
誰もいないと思っていた俺は、突如現れた朝比奈さんに驚き思わず大きな声をあげてしまい、それに呼応するよう彼女もまた大きな悲鳴をあげた。
「な、何で急に大声出すんですか!?気持ちよく寝ていたのを起こした腹いせのつもりですか!?」
「それよりなんで朝比奈さんがここにいるんですか!?皆帰ったんじゃないんですか!」
「私は先生からの頼まれ事を終えて教室に戻ったら一ノ瀬くんが寝てたから起こしてあげただけですよ!全くもう!」
お互いに驚いた勢いのせいで早口になっていた。
「相変わらずだね朝比奈さんは、起こしてくれてありがとう」
「どうしてあなたは毎回学校で寝ているのですか?お家できちんと寝た方が体にもいいでしょうに。それともまた怖い夢でも見たんですか?」
朝比奈さんとの問答に懐かしさを感じたが、考えてみればまだ二ヶ月程しか経っていないのか。
「懐かしいね。朝比奈さんと初めて喋った時も起こしてもらったんだっけ」
「そうですね、懐かしいと思うのも変な話ですね。まだちょっと前の話なのに」
朝比奈さんは口元を抑えながら笑った。
今思えば最初に会話したときに感じた違和感は間違いではなかったのだ。
彼女は何かしらの理由を抱えていて普段から自分を偽っていた。
今こうして笑っているのは偽りがない朝比奈さんだろう。
その見分けも分かるようになったのはこの二ヶ月間で彼女と関わる時間が増えたからだ。
以前の俺であれば特定の人間と関わり続けるというのはしなかったろうが、朝比奈さんは自分とどことなく似ているような気がして、彼女を放って置けなくなっていった。
本来なら自分を苦しめるような、そんな生き方はしなくていいはずだ。
自分を偽り続けるというのは苦しくて生きずらいだけでなく、やがて本当の自分さえも見失ってしまう。
だから俺は、今のように偽りなく笑っていて欲しい。
....俺にはそれができなかったから。
俺は朝比奈さんに小さい時の自分を重ねてしまっているのだろう。
あの時、誰かに助けて欲しかった、目に見えない神様すらにもすがって願った。
それでも救いの手はなくただ泣くことしかできなかったあの非力な自分を。
だというのに、そんな彼女を救うどころか、俺が救われているのだ。
それも一度や二度でなく、何度も。
俺に彼女を救えるのだろうか。
この儚く今にも消えてしまいそうな彼女を。
この小さな体で抱えているものを少しでも減らしてあげることはできるだろうか。
「ちょ...一ノ瀬くん!急にどうしたんですか!?何で頭を撫でてるんですか...え?ふえっ...」
「えっ...?」
彼女の声で我に戻り自分がとんでもない行動をしていたことに気づく。
俺は無意識のうちに朝比奈さんの頭を撫でていたのだ、それも無言で。
「あ、朝比奈さん!あの本当にごめんなさい!」
俺が誠心誠意の土下座をしようとすると朝比奈さんに止められた。
「ど、土下座なんてしなくていいですから!ちょっと驚いただけですから!」
「他に変わる謝罪を俺知らなくて、何をしたら許してもらえますかね....」
「はぁ...いいですよ別に。私だから今回は許して上げますけど、気軽に女の子の頭を触れてはいけませんからね」
「はい。すみませんでした。朝比奈さんの寛大な処置に感謝します」
「はいはい。わかりましたから。そろそろ帰りましょう」
すでに帰る準備を終えている朝比奈さんに言われた俺は教材を雑に鞄に突っ込んで教室を後にした。
****
「そういえば一ノ瀬くんその...前に言っていた体育祭の練習のことなんですが」
学校を出るのも遅かった事もあり、俺達は二人で帰路についていた。
「あぁ、うん。それがどうかしたかな?」
「一ノ瀬くんが空いていたらでいいのですが、明日とかはいかがですか?」
確かに明日は土曜日で学校もない。
俺の予定と言えば特になく家でダラダラしているだけだろう。
あいも変わらずなんとも悲しい高校生活である。
地元にいる頃であれば幼馴染に毎日のように連れ出されていたものだが、その幼馴染とも長らく会っていない。
「朝比奈さんが大丈夫なら俺は全然問題ないよ」
「本当ですか!ありがとうございます。期間もあまりないですから少しでも多く練習したくて」
「ごめんね。巻き込んだ俺が言うべきだったのに。いつ声かけていいか分からなくて」
「全然大丈夫ですよ。では明日はよろしくお願いしますね!」
マンションに着くと俺達は手短に挨拶し帰宅した。
それからおおよそ一時間後、いつも通りやることも無いので部屋でダラダラしているとインターフォンが鳴った。
玄関に向かい、扉を開けるとそこには朝比奈さんが居た。
「あれ?こんばんは。朝比奈さん。なにかありましたか?」
「あの、その明日の時間を決めていないことに気づいて..」
確かに明日練習することだけ決めて時間は一切決めていなかった。
「すっかり時間の事なんて忘れてた」
「私も明日の練習の事だけで時間の事なんて忘れてました。それと夜ご飯多く作りすぎてしまったので晩御飯まだでしたら食べませんか?」
「ちょうどお腹空いてたから嬉しいよ。ありがとう朝比奈さん!」
俺は朝比奈さんから可愛らしい袋で包まれたお弁当箱を受け取った。
「えっと、明日は朝からがいい?それとも遅い方がいいかな?」
「どちらでも構いませんよ。一ノ瀬くんが都合の良いほうで」
「今は日中になるともう熱いからなぁ。かと言って朝早くから動いてケガも嫌だしなぁ」
「ふふっ....一ノ瀬くんちょっと過保護じゃないですかね。私そんなに脆くありませんよ」
「じゃあ、結構動くと思うので朝からどうですか?長く練習したとしてもお昼までってことで」
「はい!全然問題ないですよ!」
「じゃあ明日八時にマンションの下で待ち合わせにしましょうか」
「わかりました!じゃあまた明日。おやすみなさい。一ノ瀬くん今日はちゃんと寝てください...遅刻したら怒りますからね」
「....わかってます。お弁当ありがとうございます。おやすみなさい」
俺は部屋に戻ると朝比奈さんから受け取ったお弁当を広げた。
お弁当箱を止めているゴムバンドの隙間に挟まっていた一枚の紙を広げるとそこには『野菜もしっかり食べてくださいね。』と書かれていた。
蓋を開ければそこにはおかずが色とりどりよく綺麗に詰められていた。
一目見てわかる。これは多く作られたものではなくわざわざ俺のために作ってくれたのだと。
俺は感謝しながら美味しくお弁当をいただいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます