人間不信の俺が恋なんてするわけがない。

長谷川 雫

第1話 悪夢と学校の女神様

 泣きすぎて意識が朧気の中目の前で起きている両親のもめ事を"子供"という小さく非力な体ではどうすることもできずただ見ている事しかできなかった。


どうしてそんなに揉めるの?

どうして暴力をふるうの?

なんで見ている事しかできないの?


心の中で疑問を投げかけても、だれが答えるわけでもなく、両親の言い合いはより激しくなっていく。


 その時"俺"は幼いながらに悟った。


「なにもできない」と。


「神様でも誰でもいいからたすけてよ....」


自分の無力さに絶望して目の前に広がる光景を後にした。


「・・・ねぇ、一ノ瀬くん」


誰かに呼ばれる声で自分が寝ていたことに気づく。


「大丈夫ですか?すごくうなされていましたけど...」


「ああ、うん」


「もう皆帰ってしまいましたよ?」


 周りを見渡せば放課後になっていることに気づくと同時に声の主に驚き平静を装い答える。


「そうみたいだね。さっきまで歴史の授業のはずだったんだけどな。」


「それは五時間目の授業じゃないですか。ちゃんと起きて授業を受けないとダメですよ?」


「はい、気をつけます」


これが俺、一ノ瀬しゅうと朝比奈るなの初めての会話だった。


入学式で新入生代表として皆の前に出た日から話題にあがらない日はない人だ。


 月の光を彷彿させる色のロングヘアー、すべてを飲み込んでしまうような大きな瞳に透き通る様な白い肌制服から伸びる手足は華奢でその名の通り月のように美しい。


容姿に加え成績も優秀なのだからまさに才色兼備という他ない。


さらに、だれに対しても優しくて謙虚ときたら文句のつけようもない。


その彼女の在り方はさながら女神のようで学校の女神様や聖女などと好き勝手呼ばれている。


 そんな彼女と二人きりでいるところを誰かに見られていなくてよかった。


根も葉もない噂を広められて学校生活で目立つのは避けたい。


「朝比奈さんは何でこんな時間まで学校に残ってるの?」


「私は先ほどまで先生に仕事を頼まれていたのですよ。」


「あぁ、なるほど。お疲れ様」


「ありがとうございます」


「教室に荷物を取り来たのですが一ノ瀬くんがあまりに辛そうな顔でうなされていたので声をかけたのですが一体何の夢をみていたんですか?」


「誰かに追いかけられる怖い夢だよ」


 別に過去の夢をみていたと正直に言ってもいいが、初対面の人に話す話じゃないし、かと言って友人だからって話すわけでもない


だからこそ彼女の問いかけに「怖い夢」と言う部分は嘘をつかずに話したのだ。


「それは怖い夢ですね」


「朝比奈さんが声をかけてくれなかったら今頃もっと怖い思いをして飛び跳ねて起きているところだったよ」


「ふふっ、なら声をかけてよかったです」


「夜は安らかな睡眠がとれるといいですね。では、私はこの辺でお先に失礼しますね」


「そうだね。夜くらいはゆっくり寝たいな、それじゃあ、気をつけて。」


 彼女を見送ったあと一人教室でぼーっとしながら先ほどまで見ていた過去の夢を思い出す。


もう、あれから何年も経っているのにな...


自分は変わったと思っていてもあの頃の記憶に自分を縛られる。


「まさに呪いだよな」


自分でそう口に出しては苦笑いしつつ不快な夢を見たことによる心の蟠りを消化する。


「快眠ね..」


先ほどの彼女との会話を思い出す。


「女神」と呼ばれているが彼女も普通の女の子なんだなと先ほどの会話で感じ取れた。

そしてもう一つ思ったのは表面上は笑っていても目の奥が笑っていない彼女も


"何か"を抱えているのだろう。


 まぁ、これ以上彼女とかかわる気がないからどうでもいいの事なのだが。


「俺も帰るか」


誰に告げるわけでもなくつぶやくと誰もいない教室を後にした。

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