第16話 魅力的な変装

 朝比奈さんが家を出て行ってから数十分経った。やはり俺の勘違いで朝比奈さんは戻って来ないのでは?


というか、やっぱりお礼がありがた迷惑だったか....余計に気を使わせてしまったのかもしれない。


 まぁ、まだ数十分しか経っていないのだ、女性は準備に時間がかかるって言うしもう少し気長に待ってみよう。


部屋の中で突っ立っていても仕方がないので、一度座って落ち着こうとソファーに腰かけた瞬間にチャイムが鳴る。


....なんともタイミングが悪い。


応答ボタンを押して「開いてます」とだけ告げ、玄関の方に歩いていくと、そこには先ほどとは違う服装に身を包んだ朝比奈さんが怪訝そうな表情を浮かべていた。


「流石に不用心過ぎるのでは?私じゃ無かったらどうするんですか?」


「あー、そうだな....」


 部屋に戻ってきた彼女があまりに魅力的で目を奪われ正直それどころではなかった。


 白を基調とした花柄のワンピースは彼女の女性らしさを最大限まで引き出しつつ、髪型も学校で見かけるときは降ろしている印象が強かったが、今の彼女は耳から上の髪を両サイド丁寧に編み込まれ後ろで束ねられている姿は彼女の清楚で可憐なイメージにすごく似合っていた。


それだけではなく、ピンクゴールド色の細いフレームのおしゃれな丸メガネをかけている。


 小物一つにしても彼女の魅力を増幅させるアイテムになっていて、先ほどの自分の努力で作りあげた変装はなんだったのか....。


 それはさておき、朝比奈さんとは確かにわかりずらくはあるが、これはこれでどこぞのモデル?と勘違いされて注目の的になるような気がするのは間違いではないだろうな...。


「あの、聞いてるんですか?」


 声をかけられてハッとする。俺の反応があまりにも薄いからか、朝比奈さんはこちらを覗き込んで来ていた。


「ごめん、ごめん。聞いてるよ。すぐ戻って来るものだと思ってたから開けっ放しだったんだよ」


「お待たせしちゃってすみません」


「全然大丈夫。経験がないものだからどれくらいかかるかとかあんまりわからなくて、もし嫌味に聞こえてたらごめん」


彼女が申し訳なく思うのは心外なので慌てて付け加える。


 許して欲しい。俺は女性どころか友人とすらまともに出かけたことのない人間なのだ。


人の準備時間がどれ程かなんてわかるわけもない。


「そう言ってもらえると助かります。それはそれとしてやっぱり戸締りはしっかりしてください。さっきだって凄く怖かったんですからね!」


さっきというと丁度ドアを開けた時に鉢合わせた時だろうか。


偶然起こったとはいえ朝比奈さんが酷く怯えていたのを思い出して途端に申し訳なくなってくる。


「先程は本当に申し訳ありませんでした....今後は戸締りには気をつけます....」


「一ノ瀬くんと関わってからドキッとさせられっぱなしです。悪い意味で」


俺は俺で朝比奈さんと関わってから謝ってばかりな気がする。


まぁ、全部俺が悪いのだが。


 それにしても最後の一言を強調するのはあまりにも無慈悲ではなかろうか。


「返す言葉もないです....本当に申し訳ありません....」


 実際にお世話になったり驚かせたりと迷惑をかけまくっているので何も言い返せない俺は素直に謝ることしかできなかった。


そんなやりとりをしていてすっかり忘れていたのだが、俺はまだ彼女の格好について何の感想も言っていなかった。


こういう時に気の利いた言葉をかけてあげられない自分が悲しくなってくる。


....どこぞのイケメンくんだったら真っ先に彼女の服装とか髪型とか褒めるんだろうな。


「そ、その、変だったでしょうか?」


こちらが無言で見つめていたことに気づいたのか、彼女は不安そうに訪ねてくる。


 そんな心配をする必要がどこにあるんだ?と思う気持ちもあるものの、何も言わずに不安にさせてしまった上、彼女は俺の都合にあわせてわざわざ着替えてきてくれたのだ。何か一言くらい感想をいうのが礼儀だろう。


「変な所なんて一つもないと思います、髪型も服装も朝比奈さんのイメージにピッタリですごく似合ってると思います....」


 直接相手に伝えるという気恥ずかしさも相まって緊張感で多少の早口と堅苦しい敬語になってしまったが、お世辞ではなく本当に自分が思ったことを言葉にした。


 しかし、いくらなんでも今のはみっともなかったな、不愉快な思いをさせていたらどうしようか。そんな不安が頭の中を巡る中、恐る恐る朝比奈さんを見やるとやはり固まっていた。


「あ、朝比奈さん?」


「あ、はい。まさかそこまで褒めてもらえるとは思わなくてちょっとびっくりしちゃいました、似合っていたのならよかったです」


 我に帰った朝比奈さんは少しぎくしゃくとした話し方ではあったが、声色で先ほどの不安はなくなったと容易に受け取れた。


俺のかけた言葉はとりあえず不快だとは思われていないようでほっと胸を撫で下ろした。


そろそろ行こうかと口を開きかけたところで再び朝比奈さんを見ると頬が赤く染まっていた。

 

 考えてみればクーラーの冷気が届かない玄関で立ち話をしていたのだから暑くなるのは当然だろう。相変わらず俺はこういうところで気が利かない。


「朝比奈さん顔が赤いけど大丈夫?ごめんね暑いところで立ち話しちゃって、部屋で少し涼んでから出発しようか。」


「だ、大丈夫です!本当にただ....」


「ただ?」


「い、いえなんでもありません。早くいきましょう。遅くなっちゃいますよ」


 朝比奈さんは、何かを誤魔化すようにしどろもどろになりながら出発を急かしてくる。


 流石に熱中症とかじゃないよな?


「なんもないならいいんだけど、体調悪くなったらすぐ言ってくれ」


「どの口が言ってるんですか。とにかく私は先に出てますからね!」


 俺の言葉を聞いた朝比奈さんは少しむっとした表情でそう言い放つとそそくさと出て行ってしまった。


痛いところをついてくるなと思いつつ、今日は昨日のお礼なのだから同じことが起きたら元も子もない。


 そんなことが起きないよう今日だけは体調管理を徹底するよう心がけようと心に誓って朝比奈さんを追って家を出た。

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