第15話 平穏を守る完全装備?

 身支度を終えて家を出る瞬間、唯一家にあったサングラスとマスクを装着し、玄関にある姿見で自分の容姿を確認する。


完璧だ。どこからどう見ても俺だとはわかるまい。


 正直、この格好では不審者だと思われかねないが、朝比奈さんと出かける以上誰に見られても俺だとわからないようにしなければ不安が残る。


もしクラスメイトに会ってしまえば、翌日には根も葉もない噂が学校で広まり俺の生活は終わりを迎えるだろう。


想像しただけで胃がキリキリと痛みを感じさせてくる。


そんな終わりを防ぐ為に不審者と思われようがやはり必要な装備なのだ。


しかし、改めて姿見を見て思ったのだが髪型だけでもバレる可能性があるのでは?


....帽子も念のためかぶるか。


 俺は一度部屋に戻り、いつ買ったかも覚えていない真っ黒な帽子をかぶって、覚悟を決め扉を開けた。


「きゃあああああああああ!」


「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!」


扉を開けると何故かそこには、朝比奈さんが立っており驚きのあまり大きな悲鳴をあげてしまった。


朝比奈さんもまた悲鳴を上げながら後退りし、そのまま壁にもたれかかる。


彼女は状況が理解できていないようで、その場で固まっていた。


「驚かせてごめん、でも丁度良かった。今から会いに行こうと思ってたんだけどよく考えたら部屋が分からないからどうしようかと思ってて....」


「あ、あの...一ノ瀬くん、ですよね?」


まるで誰か分からないと言わんばかりの言動である。


それならこの格好をした甲斐があったというものだ。


「そうだけど、どうかした?」


「よ、良かったぁ....。一ノ瀬くんの家に不審者にでも入られたのかと思いました....」


 彼女は心底安堵したというような表情をしたのも束の間、こちらをじっとみては怪訝そうな顔をした。


「と、ところでなんですか?その格好は?」


「いや、昨日のお礼に何かご馳走させて貰おうと思ってさ....」


「そ、その格好で出歩くんですか!?絶対に嫌なんですが!?」


朝比奈さんは冗談じゃないと言わんばかりに珍しく大きな声を出した。


「やっぱり変かなこれ」


「変です。それも物凄く」


「でも、聞いてくれ。朝比奈さんと一緒にいる所を見られたら俺の平穏が終わるんだ....」


「確かにこの状況で一緒に歩いてる所を見られてもあなたの平穏は無事でしょうが、私の世間体は甚大な被害を被るのですが?」


「いや、これは...」


「はぁ...というか逆に目立ちますよねその恰好。変装するにしてもなんかもうちょっとなかったんですかね?」


彼女は俺に反論の隙すら与えず口撃を容赦なく叩き込んでくる。


しかも正論なのだからどうしようもない。


「でも仕方なくって...」


「でももだってもないです。とりあえず中に入れてください。他の人にこの状況を見られたくないです」


 これまでのやり取りにどこか既視感を覚えていたのだが、今の一言でその理由がわかった。


小さい頃に母親に口答えした時のそれだ。


結局俺は返す言葉もなく無理やり部屋の中に押し込まれたのだった。


****


 朝比奈さんに猛反対された上に家の中に押し込まれ、俺はしぶしぶ”完全装備”を外した。


「そもそもですね、一ノ瀬くんが思っているほど他の人は私たちの事なんて見てませんからね?」


「ハイ....」


自分が思っているより他人はこちらを見ていないというのは俺も理解できる。


だが、彼女は例外だ。確実に注目を集めるだろう。


彼女はその容姿だけで、入学式の直後に学年中の話題の中心となったのだ。


 そんな彼女が街中を歩いて注目をされないわけもなく、そうなれば偶然街中を歩いているクラスメイトに見られる可能性も高くなる。


だからこそ俺は完全装備を身に着けたのだ。


…まぁ、そんな心情を彼女が知っているわけもないのだが。


自分の容姿がどれだけ人を惹きつけるのか理解してほしいものだ。


「それに昨日も言った通り、私の自己満足もあるのでお礼とかは気にしなくても大丈夫ですってば」


「調べてたら美味しそうなプリンとかあるお店見つけてさ、俺も見てたら行きたくなったし朝比奈さんも好きかなって思って....」


「わ、わざわざ調べてくれたんですか?」


少し困った様子で彼女はそう言った。


「わざわざって程じゃないよ。最寄りの一駅隣なんだけど朝比奈さんが良ければどうかな?」


「一駅隣なのにあんな格好で行こうとしてたんですか....?」


「さっきのは忘れてください....」


自分でも変質者だなとは思ってはいたが、流石にそう何度も突っ込まれては、恥ずかしくなってくる。


「何より、一ノ瀬くんだけが変装しなきゃいけない訳ではないじゃないですか」


「え?」


 朝比奈さんが溢した言葉の意味を一瞬理解できず固まってしまった。


「はぁ...。とりあえず私は一度家に戻りますので、少し待っていてください」


こちらの様子を気にも留めず、そう言って立ち上がると朝比奈さんは家を出ていった。


一緒に出かけてくれるって事で良いのか....?

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