第45話 苦し紛れの抵抗
言葉を飲み込み落ち着いた俺の様子を見て岸宮さんは言葉を続けた。
「それにだ、私が協力した所で勝てなかったらなんの意味もない。そんで最も敗因になり得るのはあんたが一番守りたい女神サマだ」
それはまさしくその通りだ。
俺や神宮寺、岸宮さんの3人が他クラスのメンバーより速かったとしても、朝比奈さんや清水さんは間違いなく他よりも遅い。
つまるところ総合力で負けているのである。
現状わからないことが多いのでなんとも言えないが、仮に岸宮さんが加入したとして朝比奈さん達の分を埋められなければ勝ち目はない。
そうなったらまぁ流石に清水さんに全責任はいかないとは思うが、それはそれで朝比奈さんの立場が危うい。
「それでも岸宮さんが参加しないよりかは勝率は高くなるし、少なくとも参加するメリットがゼロってのはないかな」
「むしろ私が参加するデメリットの方が大きいんじゃない?『負けるべくして負けた』より、『勝てる可能性があったのに負けた』の方が第三者から見たときに敗因への風当たりは強くなると思うけどね」
「そこは関係ないよ。うちのクラスの場合は誰がメンバーだろうが、等しく朝比奈さんを勝たせられなかった奴らになるんだから。それなら勝率を上げたほうがマシだ」
「あはは、それは言えてる」
どうやら否定するつもりはないらしいので、これで一つは反論できた、と思う。
まぁうちのクラスが少し異常なのは岸宮さんも前から思っていたのだろう。
「それから、仮に岸宮さん意外にも清水さんを守ってくれる人がいたとしても何から何まで見てられる訳じゃない筈だ。絶対に平気とは言えないのは変わらない」
「それに関しては加害者側以外の誰かが見れば必ず噂になる。委員長の味方が複数人いる以上は絶対に大丈夫だね」
「それが仮に学校の外で起きた場合でも?」
「それでも、だよ。高校生なんてどんな些細な事でも話のネタにしようとするからね。例えば、クラスの陰キャ君がちょっとおしゃれして出かけてた...とかね」
「なんの話....!?」
そう言うと同時に岸宮さんは俺にスマホの画面を差し向けて来た。
画面に映っていたのはあの日お出かけしたまんまの格好の俺だった。
「な、なんで写真撮ってるんだ...?」
「さぁ?私が撮った訳じゃないし、誰が撮ったのかもよく知らないよ。まぁあんたみたいなクラスの隅で本読んでそうな奴がちょっとおしゃれしてたのが面白かったんじゃない?」
あ、あれだけ周りを見ていて気づかないハズが....
いや待て、完璧に変装していた筈なのになんでバレている!?
「なんでバレてるって顔だけど、これで本当にバレないと思ったの...?挙動不審らしかったしさぁ」
一瞬焦りこそしたが、とりあえず俺が写っているだけで幸い朝比奈さんは写っておらず、恐らく帰りに少し逸れた瞬間に撮られた物だと思われる。
「んでどうかなぁ、わかってくれた?意外と人は人の事見てるって?」
岸宮さんは意地の悪い笑みを浮かべながらこちらを小馬鹿にして来た。
朝比奈さん...そんなに人は他人の事なんて気にしてないって言ってたじゃないか...!
気にしてないどころか、まさか写真まで撮られてるとは....
「誰かが見て、それを誰かに話せば噂になるんだよ。それで噂になれば必ずそのうち私の耳に入るってワケ」
誰かに見られるかもと言うことを楽観視したつもりはなかったが、お出かけに誘うと言うのはやはり考えが甘かったかもしれない。
この写真に朝比奈さんが写ってなかったから良かったものの、下手をすれば俺のただでさえ壊れかけた平穏な学園生活はこれで完全に木っ端微塵になっていた所だった。
「あとは?なんか言うことある?それともさっきので終わり?」
とんでもない事実を突きつけられ灰になりそうな俺をよそに、岸宮さんは退屈そうな表情でいちごミルクの入った缶に口をつける。
正直かなり厳しい所だ。
向こうは「人の目がいかに張り巡らされているか」と「噂の拡散力」の証拠とも言える写真を提示して来ているのに対して、俺はそれを打ち崩せるものはない。
とは言え100%見逃さない訳ではないが、見落とす確率のほうが遥かに低いのは確かだろう。
万事休すか....
「い....」
いや、せめて最後まで足掻いてやろう。
なんでも良いから言葉を返さなきゃ俺の負けだ。
「....?い?」
「い、いや良いのかなぁって...ここで降りたらあんたは朝比奈さんを勝たせられないから逃げたと思われてもしょうがないと思う...けど...」
「...はぁ?」
何を言ってるんだ俺は。
なんでも良いとは言ってもこれじゃ殆ど負け惜しみだ。
思ってもみなかった方向から切り込まれたからか、流石の岸宮さんも唖然としている。
苦し紛れにしてももう少し....もっとこう、あっただろう。
とはいえ清水さんで揺さぶれないのなら岸宮さん自身の事で揺さぶりをかけるしかないからこの言葉が出てきた訳だが....あまりにもお粗末すぎる。
まぁいかんせん情報が少な過ぎたし、むしろ事前準備なしかつ情報ほぼ無しでよくやった方だろう。
「ぷっ....くく....」
虚空を見つめながら脳内反省会を開いていると、硬直していた岸宮さんの方から笑い声が聞こえてくる。
視線を戻してみれば彼女は口元を手で覆ってぷるぷると震えている。
いかにも笑いを堪えていると言った感じだ。
「....あははっ!い、いいのかって。くく....良いよ別に...!」
暫く笑いを堪えていたものの、いよいよ堪えられなくなりついに決壊したようだ。
よほどツボだったのか、岸宮さんはこれまでみたことのないレベルで大爆笑している。
「あーお腹痛い....久々に大笑いした気がするよ」
ひとしきり笑った後、岸宮さんは指で涙を拭うと一息つくようにいちごミルクを呷った。
「....そりゃ良かったよ」
「悪かったって。んでまぁ話を戻すけど、私は周りからどう思われようがどうでも良いのよ。逃げたと思いたきゃそう思っててくれて良いし、私自身はなんとも思わない」
「まぁそうだろうね。俺もダメ元で言っただけだからそんな事だろうとは思ってた」
「潔くてよろしい。んで?あとは?」
「いや、もうないですね...」
「あっそ。そりゃ残念。まぁいちごミルクも飲み終わったし、ここらで終わりかなぁ。予鈴も近いしね」
時間切れか....説得しきれなかったがまぁやれる限りはやっただろう。
代わりの人を探すのは骨が折れるだろうが、それこそ教員なり何なりに力を借りれば一応は朝比奈さんに頼らずともなんとかなるはずだ。
「そうだね。そろそろ教室戻ろうかな。お時間とらせて悪かったね」
「どういたしまして。私も良い暇つぶしになったよ。んじゃ私は先に学食出るから.....あ、そうだ」
学食の出口に向かっていた西宮さんが突然立ち止まってこちらに振り返った。
「喜べ一ノ瀬、リレーには出てやる事にした」
「....は?なんで?」
いや本当にどう言う風の吹き回しだろうか。
俺にあんだけ参加しない理由を並べ立てて来たのに....?
「んじゃ、そう言うことで」
俺が考えている間に岸宮さんは学食の外へと言ってしまった。
「あっ、ちょっと待ってくれ!」
流石に何が何だかわからなすぎるので、もう少し話を聞きたかった俺は、おにぎりのゴミを捨てると急いで岸宮さんの跡を追って学食を出た。
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