第44話 見切り発車
さて、大見えを切ったは良いものの、どう彼女の牙城を崩そうものか。
とりあえず呼び止めたのは良いが、別に説得の仕方など考えていなかったので現在物凄く困っている。
正直彼女の弱点なんて想像もつかない。
だからこそどう揺さぶるべきかもわからない。
とはいえ、呼び止めてしまった以上はやってみるしかない。
「んで?何の用?まぁ聞かなくても何となくわかるけど」
「わかってるなら話は早いね。どうしても岸宮さんの力が必要なんだよ」
「その話何回目?物分かりがいいと思ったのは気のせいだったかな」
「まぁ普段だったらとっくに諦めてるけどさ。今回ばっかりは簡単に諦めるわけにもいかないんだ」
「そりゃあまたご苦労な事で。女神サマに敬虔な信徒アピールのつもり?」
「そうじゃないよ。俺は正直朝比奈さんの心配はさほどしてないし」
これは半分本当だ。
恐らく、今回の体育祭で勝とうが負けようがさして朝比奈さんの立場は変わらないし、これまで築き上げてきた物が危ぶまれるような事は何もない。
朝比奈さん的には面目が潰れるのは困るかもしれないが、彼女の場合は運動ができないのもチャームポイントになるだろうし正直気にする程ではないと思っている。
とはいえ当人的には心穏やかではいられないだろうが....
「じゃあ何?これ以上クラスから嫌われないため?それともお友達の為?」
「まぁ、ある意味そうかな。俺が今回一番心配なのは清水さんだ」
友達という程の関係値ではないが、そうしておいた方が話が進めやすいのでそうしておこう。
清水さんが心配なのは一応本当なのでそこは許容してもらいたい。
「知ってるとは思うけど清水さんは結構微妙な立ち位置にいる。....はっきりと言うと結構煙たがられてる。だから今回もし、リレーで負けたならメンバーの中で一番風当たりが強くなるのはきっと清水さんだ」
杞憂としか言えないが、もう正直あのクラスで何が起きても不思議じゃないとは思っている。
だからこそなんとしてもそうなりえるきっかけは作りたくないのだ。
「それを避けるためにも今回の体育祭はどうしても勝ちたい。俺は自分に手を差し伸べてくれた人が被害を受けるのを見て見ぬふりをするほど薄情じゃないつもりだ」
少し考え込んだような仕草の後、静かに岸宮さんは口を開いた。
「....まぁあんたの言うとおり、その時に責められるのは委員長だろうね。見てくれが派手な神宮寺やまるで反応のないあんたより、小柄で弱そうなのを狙うのは当然だろうし」
...こう言う詰め方は流石に汚いとは思う。
交渉材料のように使ってしまって清水さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ただそれはあんたが気にすることじゃない。私だっているし」
「確かに一緒にいる間は手は出さないかもしれないけど、岸宮さんだって常に一緒にいれるわけじゃない。それに授業中寝てるし」
「それは関係ないだろ....」
「関係あるさ。実際俺への決定的な嫌がらせは競技決め中に起きたんだから。やる奴は人の目なんて気にしないさ」
まぁ実際に起きたのは放課後な訳だが、6限目の延長みたいなものだったのでこの際目を瞑ってほしい。
「それが何?だから委員長も同じ目に遭うって?そりゃあまたすごい妄想だな。想像力豊かで羨ましいね」
「むしろ妄想と言いきれるほうが凄いと思うけどね。まぁ寝てたらわかんないよね、何が起きてたかなんてさ」
岸宮さんは一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに元の様子に戻りニヤリと笑った。
「....へぇ、こりゃまいった。なんも言い返せないね」
結構鋭利な言葉を投げかけたつもりだが、岸宮さんはまるで意に介していないようでいちごミルクの缶をくるくると回している。
「それに、清水さんの性格を考えれば、岸宮さんに余計な心配をかけないように相談なんてしないと思うけど」
「それは確かにそうだね」
「随分と他人事だね。実は口煩くて鬱陶しいからどうでも良いやって感じ?」
...清水さん本当にごめん、これは俺の本心じゃないです。
とは言え、清水さん関係で責めるという方向性が合っているのか確かめないといけないのでここは心を鬼にする。
「....協力して欲しいから今話してるんじゃなかったっけ?」
あまり面白くないというような態度を見るに、この人も一応友達を悪く言われるのは聞き捨てならないらしい。
良かった、それなら俺の詰め方は間違っていない筈だ。
....それはそれとして清水さんにはあとで帰りに何かお土産を買って行こう。
「それで間違いないよ。ただこれは別に一方的な要求じゃない。協力すればお互い得をする筈だ」
「協力すれば私は余計な心配をしなくて済むし、あんたは助けてくれたお友達を守れてお互いハッピーって訳ね」
「そう言う事。まぁ俺の恩人には清水さんだけじゃなくて岸宮さんが嫌いな神宮寺や朝比奈さんも含まれてるけど、それを差し引いたとしても岸宮さんは得をするんじゃない?」
「ふむ...」
俺の主張を聞いた岸宮さんは、静かに考え込みはじめた。
とりあえずはかなり良い方向に話を持って行けた気がする。
単純な計算で言えば清水さんを守ると嫌いな三人が自動的に助かると言うのは岸宮さん的にはマイナスだろうが、まぁ常に目を光らせるハメになるよりかはマシな筈だ。
とはいえ、これは岸宮さんをメンバーに加えてかつ勝たなければ成立しない話な訳だが....
「それじゃ私からも言わせてもらうけど...」
そうして俺が考え込んでいると、同様に考え込んで暫く黙っていた岸宮さんが口を開いた。
「まず一つ、委員長は確かに煙たがられてるけど、あんたが思ってるより人望もある。だから私以外にもあいつの味方をする奴は必ずいる」
....それは確かにそうだ。
ここまで散々清水さんを守るべき存在という体で話を進めてきたが、実際彼女は煙たがられている一方、しっかりと慕われてもいるのだ。
ただ彼女を煙たく思う人はそれなりに多くいるというのは先日見たのでまぁ有り得なくはないだろう、という憶測で話をしていたに過ぎない。
「つまり、私があんたに協力しなくても目的は達成できる訳。そうなってくると私が協力するメリットがないね。むしろ他の奴らが助かる分マイナスかな?」
「でもそれは...」
完全に守るというのは成立し得ない筈だ、それこそ常に監視でもしない限りは。
「まぁ待てよ、今は私の番だろ?」
即座に反論をしようとした所で制される。
別にターン制バトルをしているつもりはないが、冷静に考えれば即座に返すよりかは一度受け止めて考えてからの方が確実だろう。
こみ上げた言葉を飲み込み岸宮さんの意見を大人しく聞くことにした。
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