第47話 嬉しい答え合わせ

 「それにしたってこの学校、それなりに偏差値高いはずなんだけどな、全体的になんつーか程度が低いと言うか....結構入試頑張ったのに入って損したかなぁ」


 俺の反応から彼女もその話が平行線である事を察したのか、岸宮さんは違う話題を切り出した。


「まぁそれは俺も思った事はあるよ。なんか思ってたのと違うって何回感じたかなぁ」


俺もまた、それなりにレベルの高いところを選んだつもりなのだが....やはり人生はそううまく行かないものだ。


曰く、ちょこちょこ可愛い生徒が多い学校として名前が上がっていたようだし、それを目当てに来た廣幸のような奴が多いのかもしれない。


動機が不純な奴が多ければ治安が悪くなるのも頷ける。


「まぁ入っちゃった以上は卒業しなきゃいけないし、三年間我慢するしかないな」


「この居心地の悪い空気は今年いっぱいで終わりにして欲しいものだね」


「言えてる」


そう言って岸宮さんはケラケラと笑った。


 そんなこんなで話が一区切りつく頃には、もう教室のすぐ近くの廊下に着いていた。


「もう着くわけだけど、あんたとしては私とバラバラに教室に入った方が都合がいいんじゃない?」


「そうして貰えると助かる」


随分と察しが良いなと思いながら岸宮さんの提案にありがたく乗らせてもらう事にした。


「柊!さっきのメッセはそう言うことで良いんだよな!?」


 教室に戻るとすぐに廣幸に声をかけられた。


「食堂で岸宮さんとお昼を食べててそのまま少し話をして、参加してもらえる事になった」


「普段ならふざけんなと言いたいところだが....今回ばかりはナイスだ!どうやったかはわからないけどよく説得した!」


「どうやったかはまぁ秘密という事で。それより清水さんは?渡したいものがあるんだけど...」


「清水さんなら岸宮さんのところにいるぞ」


廣幸が指差す方向を見ると、教室の扉付近に少し遅れて帰ってきたばかりの岸宮さんと、深々と頭を下げる清水さんの姿があった。


遠くにいるため、声は聞こえないが暫くして清水さんが岸宮さんに引っ付いたのを見るに、和解はうまく行ったようだ。


「なぁ、あれ多分邪魔しない方が良いよな」


「そんなもんいちいち聞かないでも理解しろ。百合空間に男は不要だ」


「女の子同士の友情を全て百合扱いするのは流石にどうかと思うぞ、廣幸」


「良いなあ。俺もくっついても暴力を振られない存在になりたい」


お前は一生無理だろと言いたかったが、そんな言葉を吐くのすら馬鹿馬鹿しく思えたので聞こえなかった事にする。


二人の邪魔はしたくなかったものの、授業が始まる前に買ったものを渡したかったので恐れ多くも話しかけに行く事にした。


「お取り込み中のところ申し訳ないんだけど、ちょっと良いかな」


「あっ、一ノ瀬さん!ありがとうございました!空露ちゃんを説得してくれて!」


「あーうん。どういたしまして?」


俺の微妙な反応が引っかかったのか、清水さんは首を傾げた。


「あれ?一ノ瀬さんが説得してくれたから空露ちゃんは走ってくれる事になったんだよね?」


まぁそうと言えばそうなのかもしれないが....


 正直俺が何にもしなくても、今さっきしたように誠意を持って謝罪をすれば走ってくれるつもりだったのだからなんだか余計な事をした気分だ。


我ながららしくも無い事をしたように思う。


「そうだぞ。一ノ瀬に感謝しろよな。それから次同じ事したら一ヶ月は口聞かないからな」


そんな俺の心中を知ってか知らずか、清水さんから次の疑問が出る前に岸宮さんが答えた。


「うぅ、ごめんなさい...」


「まぁまぁ....あ、そういえば清水さんに渡したいものがあるんだ」


そう言って先ほど自販機で買った飲み物を手渡す。


「へ?な、なんで?むしろお礼をしたいのはこっちなんですけど....?それにお弁当もお渡ししていただいたのに....」


「これは俺の都合なんだけど受け取って欲しい。俺を助けると思って」


「よ、よく分からないですけど。そ、それじゃあ、ありがたくいただきます!」


清水さんは差し出された飲み物をおずおずと受け取って不思議そうにしている。


「マジで何なの?なんかキモいんだけど...」


「何とでも言ってくれ。こうでもしなきゃ俺が苦しいんだ」


「はぁ」


岸宮さんは心底理解できないと言った表情でこちらを見てくるが、用事が済んだ俺はお構いなしに席に戻る事にした。


「一ノ瀬くんらしくない事をしましたね」


 席に戻るや否や、隣の朝比奈さんが声を掛けてきた。


「まぁね。でももうこれっきり、二度とごめんだ」


「よく二人きりであの人と話せましたね...流石に私でもできれば話したくないのに」


「朝比奈さんが思ってるほどあの人怖い人じゃないよ....性格面はまぁ..」


「そうですよね....上辺だけで決めつけるのは良くないですね」


「とはいえ、朝比奈さんから声をかけるのはおすすめはしないかな。朝比奈さんの事が苦手らしい...朝比奈さんがどういう人かあの人は気づいていそうな雰囲気だったよ」


俺の言葉を聞いて朝比奈さんは一瞬硬直し、深くため息を吐いた。


「そうですか...まぁ、全員が私の事を好きになるなんて神様じゃないので当たり前ですけどね」


そう口にしたあと彼女は苦々しく笑った。


「でも私は嬉しいですよ」


顔に掛かった雲を晴らすように次に開かれた言葉は言葉のままに嬉しそうだった。


「嬉しい?岸宮さんをメンバーに参加してもらえた事がかな?」


「それももちろん嬉しいですよ」


回答に答えが複数あるパターンとは思わず俺がしてきた事と言えば岸宮さんをメンバーになってもらった以外特にない。


つまりこれ以上はお手上げだ。


「ごめんなさい。全然わからないです」


「正解は...一ノ瀬くんが一ノ瀬くんなりに、誰かのために動いてくれたと言うことが私はとても嬉しいです」


「....別に、そんなつもりはないけど」


正面からキラキラと眩しい笑顔を向ける朝比奈さんから顔を背けた。


「そうですか?それなら何で顔を背けちゃうんですか?」


声を聞けばわかる。


今朝比奈さんは幾度となく見たあの悪戯っぽい笑顔を浮かべているに違いない。


とはいえ答え合わせはできない、と言うよりしたくない。


何故だか今自分の顔をどうしても彼女に見られたくないからだ。


「あの日話した事とは少し違うかもしれませんが....一ノ瀬くんも変わろうとしてくれてるのかなと思うと私はとても嬉しいですよ」


「..........」


「ふふっ、照れてますね」


「別にそんな事はないけど」


「素直じゃないですね」


「....それはお互い様だろ」


掌の上で転がされるのはこれで何度目だろうか...。


岸宮さんの言うとおり、俺は道化なのかも知れないなと思いながら始業の合図が鳴り響くのを待っていた。

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