第36話 驚きとどよめき

 まさか、彼女が参加するとは思わなかった。


こんな綺麗にお互いの意見がすれ違うって事があるのだろうか。


最後に付けられたごめんなさいは苦手だけど参加するよの方だとは想像していなかった。


教室中も朝比奈さんが参加する事に驚きを隠せていないではないか。


 それよりもこの状況下の中すごい視線を送って来る人がいるんですけど....


一瞬その視線がする方を見ると先ほどまでニヤついていた不快な顔から今にも爆発しそうな程に怒っているのが見て取れた。


それはそうだ、事の発端は朝比奈さんと話しているだけで仲が良さそうにしているという言い掛かりから始まったのだ。


これでは火に油を注ぐような状況だよな...


そんな事を思うのも束の間でどうやら爆発したらしい。


「なんで朝比奈さんが参加するんですか!?」


いきなり席を立ち、朝比奈さんに抗議を始めた。


「えっと、別に悪い事をしている訳じゃないと思うんですけど....」


それはそうだ....朝比奈さんからすればいきなり大声を上げられ問い詰められた所で俺達の間でのいざこざを知らないだろうしとばっちりもいい所だろう。


「それに...誰も参加しなそうでしたので私が出てもいいのかなと思いまして」


言い返されて言葉を失っている彼に朝比奈さんはそのまま言葉を続ける。


「それとも参加する予定でしたか?それなら私は取り下げますからおっしゃってください」


 立ち振る舞いはいつもの朝比奈さんと変わりはないが、言葉に棘を感じるような気がするのは気のせいだろうか。


まぁ、実際朝比奈さんの言う通り参加する人はいなかっただろうし、あいつらも参加する気はなかった様で反論もないようだ。


「問題なさそうですし私が参加しても大丈夫ですよね?」


反応を伺いながら清水さんに確認を取ると清水さんも少し戸惑っていたが委員長としての使命を全うしていた。


「あ...はい。問題無いかと思います。朝比奈さんは参加と言うことでいいですか?」


「大丈夫です。よろしくお願いします」


 結局の所誰も参加するそぶりさえ見せずとんとん拍子に話は進んでいった。


それはそうだ、最初から俺を陥れる為のものだったのだから。


ただそこに朝比奈さんが参加するとは思っていなかったんだろう。


俺もまさか朝比奈さんが参加するなんて思ってもいなかったんだが....


「あの、ありがとう。朝比奈さん」


席に座った彼女にお礼を伝えるとあまり役には立たないと思いますけどと自嘲的に笑った。


彼女は運動が苦手だというのに大分無理して参加してくれたのはありがたいが、流石にちょっと笑ってしまう位には目が死んでいた。


自分の行動を後悔しているのか、目を手で覆い隠す様子にはなんだか親近感を覚える。


今頃心の中で自分を責めているんだろうなぁ....


 とは言え朝比奈さんが増えこれで三なったものの後二人足りない。


「あと二人、どなたか参加してくれませんか?」


清水さんが声かけを続けてくれているが参加者は全然集まらない。


朝比奈さんが参加してくれた今なら俺の人望が無くても参加する人が増えるのでは無いかと思っていたが現実はそれほど甘くないらしい。


 かれこれ朝比奈さんが参加してから10分程経つが、他にも参加しようという動きは見られない。


これはあくまで俺の見解だが朝比奈さんが参加したことによってクラスの人間関係の対立に大きく関与してしまっているのかもしれない。


俺だって別にこうなってほしかったわけではないし、できることなら平穏に過ごしたかった。


しかしそうはならなかったというだけの話で、再三いうが俺は被害者なのだ。


現状に俺が胃を痛める必要はないはずなのだ。


ただこれでは埒が空かないのも事実である。


「一つ確認してもいいでしょうか?」


教壇に立つ清水さんが口を開き話を始めた。


「あと二枠なのですが、他に参加したい人はいないという事で大丈夫ですか?」


清水さんの言葉に皆がお互いの顔色を伺うように周りを確認している。


誰も何も言わないということはそういうことなのだろう。


流石に時間も時間なので今日は一度お開きになりそうだと思った所で、清水さんは教室の様子を見ながら淡々と言葉を続けた。


「他に人がいない様なので、一枠は私が参加して、もう一枠は空露ちゃ...岸宮さんが参加することにします」


清水さんが放った言葉はあまりに滅茶苦茶で教室中でどよめきの声が聞こえてくる。


参加してくれた清水さんは立場上なのか、埒が空かないから参加してくれたのか...本心は分からないがまだ参加してくれた理由をそれとなく出せるのだが....


岸宮さんと言う名前が出てくるのには流石に驚きもするだろう。


昼休みの一件を思い貸せば確かに仲がよさそうなのは見て取れたのだが、昼休みも起きず今も机に伏してすやすやと寝ている彼女からしたら飛んだとばっちりだ。


 俺は清水さんと岸宮さんの関係を知っているからまだしも、二人の関係を知らないクラスメイトからすれば、委員長がクラスの不良を使命した様にしか見えないだろう。


教室の至る所から清水さんの身を案じる声が聞こえて来る事からも委員長が独断専行でとんでもない事をしたと思われているのは確かだ。


それにしても岸宮さんか....


この学年では朝比奈さんに並ぶ有名人で、眠り姫やら一部からは暴君と呼ぶ程までに身勝手な人...らしい。


つまるところ俺にとっては朝比奈さんとセットで注目を集める上、精神的な負担まで与えて来るとんでもない凶器という訳だ。


その上今回は無断で岸宮さんは参加させられたので、本人が参加させられたのを聞いた時の反応を考えただけで末恐ろしい。


しかし、こうなった以上今更何を考えても遅いよなと自分に言い聞かせ諦める事にした。


 とりあえず長かった話し合いもこれで人数が揃いようやく終わりを迎えた。


クラスメイトが教室からどんどん出ていき廊下からざわざわと会話が聞こえてくる。


大きく息を吐き俺は椅子の背もたれ部分に体重を預けた。


この時間はあまりに息苦しく疲労感も強い。


今すぐにも教室を後にして家に帰りたいが気持ちとは裏腹に疲労感が勝りすぐには動けなかった。


「柊、大丈夫か?」


俺の様子を見て気にかけてくれたのか伺うような表情で廣幸が声をかけてきた。


「あぁ...うん。大丈夫だけど、さすがに疲れたかな」


「あいつらは流石に許せねぇ。思い返すだけでもムカつくぜ」


廣幸のいつものマシンガントークが怒りの方に作用されたのでまぁまぁとなだめた。


「一ノ瀬くん、神宮寺くん、役に立つかはわからないんですがよろしくお願いしますね」


「参加してくれてありがとう。まぁ、色々あったけど気楽にやろう」


「そうですよ朝比奈さん!俺もいますしそれに柊がいれば余裕ですから」


相変わらずこいつはちょろいな....


「廣幸もありがとな...参加してくれて」


「当たり前だろ!友達があんな仕打ちを受けて何もしないわけないだろ」


そう言って俺の髪をわしゃわしゃとしてきた。


「そうですよ、一ノ瀬さん。あんな奴ら見返してやりましょう。私も頑張りますので!」


「清水さんも参加してくれてありがとう。助かりました」


「いえ、寧ろ謝らせてください。あの時私がもっとしっかりしていればこうはならなかったので...」


「大丈夫だよ。さっきも言った通り、参加してくれただけで助かったから」


「...ありがとうございます。私はこれから空露ちゃんに今日のことを伝えるので用事がなければ皆さんお先に帰ってください」


「もしあれなら俺から一言謝っておこうか?岸宮さんを巻き込む原因になったのは俺だし....」


既に色々キャパオーバー気味ではあるが、面倒ごとを後日に残したくない気持ちもあり提案してみた。


というのも面倒事を後回しにするとどれだけ面倒なのかはここ最近で散々味わったからだ。


「空露ちゃんは余った競技でいいと言っていましたし大丈夫だと思います。ただ....なんでもないです」


岸宮さん本人がなんでもいいと言っていたというのは俺にとって良いニュースだった。


とりあえず勝手にリレーに参加させられた事に腹を立てることはなさそうなので一安心だ。


一安心だったのだが....


話している途中、言葉を詰まらせた際に清水さんがチラリと朝比奈さんを一瞬見たのに俺は気づいてしまった。


そのそぶりに込められた意味を理解できない程俺は鈍くはない。


面倒事を先に減らしておくどころか、更なる面倒事に気づいてしまい胃が痛くなってくる。


「そういう訳なので、私に任せてください。ただでさえ遅くなってしまいましたし」


「わかった。じゃあ後は清水さんに任せて先に帰ります」


もうなるようにしかないのだから、今はとりあえず清水さんに任せて帰ることにした。


後回しにすると余計に面倒だが、先倒しにしても解決しない問題なのだから仕方がない。


「はい、お任せください。また今度ちゃんとこのメンバーで集まる日程でも組みましょう」


「そうですね。じゃあ今日は解散という事で」


「俺部活だから、またな柊!それから朝比奈さんと清水さんもまた明日!」


「そっか、部活頑張れよ」


廣幸に手短に挨拶し朝比奈さんと二人で教室を後にした。

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