第37話 不要な謝罪

 いつもだったら朝比奈さんと二人で帰るなんて事は絶対に無いのだが、今日の一件の後ならば別に問題は無いだろうと気にすることなく二人で教室を後にした。


学校を出るまでの間それなりに視線を集めたような気もしたが、それもまぁ今更の話だ。


学校の門を通り過ぎて黙々と歩いていると、だんだん同じ学校の生徒の姿は減っていき、そのうち見えなくなっていった。


 今日は流石に色々あって同じ学校の生徒が見えるだけでも何故だか息苦しくなっていた。


視線が集まっていることもあり、皆に監視されているようなそんな気分だ。


まぁ、それも隣に歩いている彼女が問題なんだろうが....


やましい事なんてのはもってのほかだ。


そもそも友達ですらない以上、朝比奈さん争奪戦において俺には勝ち目はないしそのレースに参加すらしてもない。


だからこそ俺なんかを目の敵にする理由はないはずだし、それで朝比奈さんを無駄に怒らせるのは悪手としか思えないのだ。


 あの時の朝比奈さんは乾いた笑いが出るくらいには恐ろしかった。


普段の彼女からは感じられない、あの静かながら強烈な圧力は思い出すだけで身震いする。


....それはさておき。


 俺が想像してたより勝手な想像で決めつけられ、恨まれるというのはかなり面倒かつしんどかった。


人に嫌われたり虐げられるというのには慣れたつもりだったのだが、いざ改めて直面するとやはり辛いものだ。


「....あの、一ノ瀬くん大丈夫ですか?顔色があまり良くないですが」


「大丈夫、問題ないよ。ただ流石に疲れたかな」


 体調不良ということはないのだが、ぬけない疲労感により顔色が優れていないのだろう。


隣に人がいるのをそっちのけで考え事をしてしまうくらいには疲れている様だ。


「そうですよね。無理もありませんね。あれは...私から見てもやりすぎだと思いました」


「あはは...あれは俺もさすがに驚いたよ」


 今思い返しても他のクラスメイトを巻き込んでまでああいう事をしてくるなんて思いもしなかった。


彼にとってはそこまでするくらいに気に触ってしまったのだろうか。


今日の昼休みにも大人気なく言い返してしまったのが余計に彼の神経を逆なでしてしまったのかもしれない。


「そうやって無理しないでください。これは私のせいですから....すみません」


朝比奈さんは足を止め謝罪の言葉を口にする。


....なぜ朝比奈さんが謝るのだろうか?


今朝もそうだったのだが、何故か彼女は自分が悪くないのに謝罪する。


「えっと...なんで朝比奈さんが謝るのかな?」


「今回の一件は私の学校での振る舞いで亀裂を生んでしまったと思うので」


 まぁ確かにきっかけは彼女と話していた事だった訳だが、それは相手が一方的に不満を抱いただけの事だ。


例えそれをどう曲解したとして、朝比奈さんにも非があるという結論にはならないだろうし、自分のせいだと言うのは違う気がする。


「朝比奈さんは悪いこと何もしてないと思うけど....」


「一ノ瀬くんも分かると思いますが私のこの立ち振る舞いは好む人と好まない人が生まれますから。それを理解していながらあなたを巻き込んでしまいましたから....」


朝比奈さんはそう口にしながらどんどんと暗闇に引きずられるように俯いていく。


その姿は徐々に薄暗くなっていく街並みに溶けていってしまいそうな程に弱々しい。


「ですから...今回の一件は私の甘さが招いた結果なのです」


またしてもめんどくさい事に直面し、思わず溜息が漏れてしまう。


こちらとしては既に起きてしまったことで、謝られても困るし今更問題のきっかけなんてのは最早どうでもいいのだ。


何かできるわけでもなく、何が変わる訳でもないのだから。


「正直朝比奈さんには関係ないし謝罪をされる筋合いもない。あれは個人の逆恨みだし、俺も彼らに言いたいことは言ったからね」


「でも...」


「それにリレーに参加してもらっているし逆に助かったよ」


そう、俺は彼女からの義理を果たして貰っている。


運動が苦手であるのにも関わらずリレーに参加してくれているのだ。


個人的にはそれで十分だ。


「とにかく朝比奈さんが気にすることはなにもないよ。それより早く帰ろうよ。暑くて煮えそう」


 そう口にしながらこの話は終わりと区切りをつけ歩き始めた。


日は下がり始めているがそれでもこの季節の夕方はそれなりに暑い...このままじっとしていたら煮物になりかねない。


「あの、私買い物してから帰りますので、先に帰ってください」


あれから特に会話もなく帰っていたのだが、スーパーの前の通りに差し掛かった頃、朝比奈さんは再び足を止めた。


「荷物重くなりそうなら付き合いますけど」


「大丈夫ですよ。自分で持てるくらいの量ですので」


「そっか、じゃあここで」


「はい。また後ほど」


挨拶を交わし俺は朝比奈さんと別れ帰路についた。


 家に着き、そそくさと手洗いうがいだけ済ませるとエアコンの電源を入れてソファーに寝転ぶ。


朝起きてから数時間ぶりに重力から解放され、思わず身体をぐっと伸ばす。


横になった解放感がいつもに比べ何倍にも感じられるのは今日一日で色んな事があったからだろう。


大きく息を付きそのまま目を閉じていると一瞬にして睡魔が襲ってくる。


普段あまり睡眠が取れない分寝れるときに寝ておくべきなのだろうが。


せめて汗を流してから眠りに付くべきだと頭で分かってはいるものの、結局睡魔に逆らう事が出来ずにそのままソファの上で眠りについた。


***


「寒っ....」


 それからどのくらい経っただろうか、ダイレクトに当たってくるエアコンの冷風の肌寒さで俺は目を覚ました。


既に陽が落ちているようで電気も付けずに寝た為部屋の中は真っ暗で、カーテンの隙間から入り込む淡い月の光で部屋の中の輪郭が僅かにわかる程度だ。


時間を確認する為に暗闇で付けたスマートフォンのブルーライトに目を焼かれ思わず目を強く瞑る。


どこかデジャヴを感じながら薄目で画面を確認すると、無機質な壁紙の上に『二十時十分』と表示されている。


どうやら二時間程寝ていたらしい。


 とりあえず体を起こし冷え切った体を温めるべく俺は風呂場に向かった。


シャワーを浴び終え着替えている最中、部屋の中にインターホンが鳴り響く。


こんな時間にインターホンが鳴ることは珍しく、特に通販で物を頼んだ記憶もないのでとりあえず様子見でそのまま居留守する事にした。


そうしているともう一度インターホンが鳴る。


....もしかしたら俺が忘れていただけで何かしら頼んだのかもしれない。


億劫ではあるが、仮に何か頼んでいた場合再配達してもらうのも忍びないので一応確認しておくことにした。


風呂場からリビングに戻ってモニターで確認するよりも玄関の方が距離的に近い為、覗き穴で確認するとそこには先程別れたばかりの人物が立っているのが見えた。


花柄のエプロンを身に纏い両手でトレーを持った朝比奈さんがドアの前に立っていた。

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