第7話 ドラマのような偶然

 俺の聞き間違えか?


朝比奈さんが言った衝撃の一言によって俺は思わず固まってしまった。


「ごめん、聞き取れなくてもう一回言ってもらってもいいかな?」


「私のお家もこのマンションですよ」


――どうやら聞き間違えではなかったらしい。


 まさかこんなドラマみたいな偶然が自分に起こりえるとは思わなかった。


目の前の彼女は俺の反応にご満悦なのかニコニコと笑っている。


その姿は何とも可愛らしいが、今は見惚れている場合ではない。


 そうだ、これはたまたま俺を帰り道に見かけた朝比奈さんが冗談を言ったのだろう。


「あ、朝比奈さんそんな冗談騙されないですよ、たまたま俺の帰り道を見かけたからドッキリ仕掛けましたか?」


そう言うと朝比奈さんはカバンの中から何かを取りだした。


「これで信じてもらえましたか?」


そう言った彼女が鞄から取り出したのはマンションのエントランスを通るためのタッチ式のカギだった。


「・・・・。」


どうやらドッキリや冗談ではなく彼女は本当にこのマンションに住んでるらしい。


 このマンションに引っ越してきてから数カ月たっているが俺はこの瞬間まで朝比奈さんが同じマンションに住んでいるなんて一切気づかなかった。


「朝比奈さんはいつから知ってたの...?」


「質問に答えたいところですがマンションの目の前で話すのも邪魔になってしまいますので中でお話ししましょうか」


 そう言って朝比奈さんはマンションの中に入って行ったので俺も後を追って入る。


ちょうど手に鍵を持っていた朝比奈さんがエントランスを開けてくれたので一緒に扉を通った。


「それにしても想像以上に面白いものを見れました。あの時の顔…ふふっ」


俺の反応が思った以上に面白かったのか朝比奈さんは思い出し笑いをしている。


「そのくらいで勘弁してくださいよ...」


 流石にそんなに笑われると恥ずかしい。


「ごめんなさい。つい面白かったので」


そんなことを話しているとマンションの共用スペースであるロビー到着する。


小さなスペースではあるがソファーとテーブルが置かれていてる。


 普段はマンションに住んでいる人が腰を掛けて何かお話していたり、雨の日には子供たちが集まってゲームをしていたりする場所である。


俺は使ったことのない場所だったのでちゃんと見るのは初めてだ。


「私もちゃんと見たのは初めてです」


 俺の周囲を見渡す視線で気づいたのか朝比奈さんはそう言った。


「そんなに広くはないですけどお話しするだけであれば充分ですね」


「まさか自分で使う日が来るとは思ってなかったな」


朝比奈さんが座ったのを見て俺も反対側のソファーに腰を掛ける。


「そういえば、俺は同じマンションだなんて全然知らなかったんだけど、朝比奈さんはいつから知ってたの?」


さっき聞きたかった疑問をもう一度朝比奈さんに問いかける。


「一ノ瀬くんを初めて見たのは入学式の日ですね。うちの制服を着た人がマンションに入っていくのを見たので」


「そんな前から...」


成程、後ろ姿を見られてたわけか。


 そもそも俺が何の部活や委員会に入ってない以上、彼女より帰りが遅くなることはない。

だから俺は気づかなかったのだろう。


その上休日も基本家で本を読んだりゲームをしたりで家からあまり出ないため余計に見かけ頻度なのは低いよな...


「はい。それで次の日クラスにいるのを見て同じクラスの人だと気づきました」


「成程ね..」


 まぁ、外出時に鉢合わせたりしたら遅かれ早かれわかっていた事だろう。


「でも今まで気づかれてなくてよかったです。お陰で良いものを見れました」


正直朝比奈さんには驚かされてばかりだ。すごく心臓に悪い。


「そんなに面白い顔してたかなぁ?」


「はい、それはもう…ふふっ」


「そう言われるとめちゃくちゃ恥ずかしくなってくるな...」


「ごめんなさい、何度も笑ってしまって。これっきりにしておきますので許してくださいね」


そういう彼女はすごく微笑ましかった。


「そうしてもらえると助かるかな....」


話にひと段落ついて壁掛け時計を見ると学校を出てから大分時間が経っていた。


ふと自分の横に置いてある荷物が目に入った。


――あ。


そこで今日自分が大量に冷凍食品を買ったことを思い出した。


......完全に忘れてた。


「朝比奈さんごめん。俺大量に冷凍食品買ってたの忘れてた.....」


そういいながらレジ袋を持ち上げると長時間常温に置かれていたせいか、袋は結露で濡れており、水滴が床に垂れていった。


「あ、ごめんなさい。ついつい話し込んでしまいました」


彼女はすごく申し訳なさそうな顔をした。


「いや、全然大丈夫朝比奈さんのせいじゃないよ。俺も完全に忘れてたし」


「そう言っていただけるとありがたいです..とりあえず早く帰りましょうか」


「そうだね。今日はお開きにしようか」


 お互いに荷物を持ちエレベーターホールに向かう。


「帰ったらすぐ冷凍庫に入れてくださいね?」


「そうするよ。荷物おいたらまた忘れちゃうかもしれないし」


「忘れちゃったら大好きなチーズinハンバーグが溶けて美味しくなくなっちゃいますよ」


「それは困る」


「そんな真面目な顔で言うのでしたら忘れないでくださいね」


話終わったタイミングで丁度よくエレベーターが到着する。


2人で乗り込み、俺は5階、朝比奈さんは4階のボタンを押した。


「朝比奈さんは1つ下なんだね」


「はい。ちなみに私は一ノ瀬くんが何階かも知ってましたよ」


「そこまで知られてたんだ…」


どこまで彼女は俺のことを知ってるんだろうか...


「もしかして…ストーカー!?」


「そんな訳ないじゃないですか、もしかして馬鹿なんですか?」


「ごめんなさい」


そんなに怒らなくても...


全面的に俺が悪いんだけども。


普段優しいタイプの人が怒るとやはり怖いんだなと改めて思った。


...朝比奈さんに下手な冗談は言わない方が良さそうだ。


「一度だけエレベーターに乗っていくのを見たんですよ。それで知ったんです」


やれやれと言った感じで釈明をする朝比奈さん。


「そうだったんだ。案外見られてる物だね」


「はい、だから気をつけたほうが良いですよ。悪行というのはすぐに広まるものです。」


何かしでかすと思われているのか...


「やりませんよ...」


「わかってますよ。念のために言っただけです」


多分彼女なりの俺に対する釘さしなんだろうなと解釈した。


ピーンと音を立てて扉が開いた。

 

 丁度4階についたようだ。


「それでは、プリン、ありがとうございました」


「うん。じゃあまた」


「はい、また」


そう言って去っていく後ろ姿を見送った。


エレベーターの扉が閉まってから、少し考える。


朝比奈さんと同じマンションか...


 誰かに露呈することはまずないだろうが、もしバレたら俺の平穏な生活は消え去るだろう。


そんな事を考えながら自分の階で止まったエレベーターから出て自分の部屋へと向かうのだった。

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