第9話 呪いの装備と呆れる女神様
帰ったら読む前に一眠りしよう。
楽しみにしていたがこの体調じゃ流石に読むどころではない。
そう思いマンションに入り、エントランスのロックを解錠しエレベーターホールに向かう。
――最悪だ。
目の前のエレベーターには点検中と張り紙が張り出されている。
こんな時に限って...と思ったが。
思い返してみれば先日エレベーター点検の日程が書かれた紙がポストに入っていた事を思い出した。
....流石に忘れていた自分の落ち度なので諦めて階段がある方へ向かう。
体調が優れていても自分の家がある5階はそこそこに疲れる階数であり、そこまで今の体調で登らなきゃいけないことに絶望した。
やっぱり、今日は辞めておくべきだったか。
今自分が手に持っている今日の戦利品は体力をじわじわと奪う呪いの装備と化していた。
今更なにを言ったところで結果論にしかならない上、なによりさっさと家に帰って寝たいので、余計なことを考えずに足を動かすことにした。
「はぁ....はぁ....」
息を切らしながら、やっと3階にたどり着いた。
ここまで登ってくるのに大分時間がかかった。
体調は確実に悪化しており、頭痛と吐き気が常に付き纏い、目を閉じると自分が回っているような錯覚に陥る。
階段を登るのも一段一段手すりを支えにしながら慎重に登らなければいつひっくり返っても不思議じゃないような有様だった。
流石にもう笑いごとで済ませられる感じではなさそうだ。
あと2階か...
家まではもう少しなのだがそのあと少しが果てしなく遠く感じる。
あと少しと自らを奮起させ、階段を登った直後だった。
「一ノ瀬くん..?」
誰かに呼ばれ顔を上げようとした瞬間――
今まで慎重に登っていた階段から足を踏み外してしまった。
「ヤバっ.....」
衝撃に備え、目を瞑ると上の方から手を引っ張られかろうじて転落を免れた。
「大丈夫ですか!?」
数段上からここ数日幾度となく聞いた声がした。
「ありがとう朝比奈さん。マジで死んだかと思った」
顔を上に持ち上げると心配そうにこちらを見ている朝比奈さんがいた。
「冗談を言ってる場合じゃないです!本当に危ない所だったんですから!」
「いや、本当に助かったよ」
そう言い体勢を立て直そうとすると、体がいうことをを聞かずまたしても朝比奈さんに支えられる。
「ちょっと危ないですってば!...と言うか顔色悪くないですか?」
朝比奈さんがこちらを覗き込んできておでこに手を当てる。
家から出たばかりなのだろうか?ひんやりとした手が熱くなった額に当たって気持ちがいい。
「熱があるわけじゃなさそうですけど....昨日はちゃんと寝たんですか?」
「あー、恥ずかしながら全然寝れてません」
一瞬誤魔化そうか悩んだのがなんとなくバレそうな気がしたので正直に答えた。
「ちゃんと寝ないとダメだって言ったじゃないですか」
朝比奈さんはため息を吐きながらも俺の体を支えてくれた。
「そんな状態でこのまま階段を登っていくと命に関わりそうなので一緒に上まで行きましょう。確か5階でしたよね?」
「大丈夫だよ、なんだかんだあと2階だし、それに朝比奈さんも何か用事があったから家を出たんでしょ?」
「この状態のあなたを放ってまで自分の予定を優先すると良心が痛みそうなので」
「いや――」
「ほら、こんなところで立ち止まっても邪魔になってしまうのでいきますよ。荷物持ちましょうか?」
有無を言わさず、朝比奈さんは俺を支えながら上に向かおうとする。
「いや大丈夫、自分で買ったものだから」
多分女の子に持たせるには重いだろうし、何より俺自身の自業自得によって生まれた呪いの装備を彼女に押し付けるのは忍びなかった。
「何をそんなに買ったのですか?随分と大荷物ですが」
視線を戻すと、朝比奈さんが俺の荷物を見て怪訝な表情を浮かべていた。
「気になっていた本を15巻ほど..」
「15巻も!?...ネットで買えばいいのにわざわざお店で買って来たんですか?」
....あっ。
言われてみればそうだった。
また店に行くことを懸念して買ってきたのだが、ネットで全巻セットを注文すればいいだけだった...。
しょうがない、寝不足で頭が回らなかったのだ。
「いや、お店で見たら全部欲しくなっちゃって...届くのまで待つのも嫌だしさ」
「それで体調を崩したら元も子もないですよ。現に帰っても本読める様な状態じゃないではないですか」
呆れかえった顔で朝比奈さんは正論を放つ。
「半分は当たってる、耳が痛いよ」
「半分じゃなくて全部です」
ごもっともだ。
「はぁ...とりあえず行きますよ」
「迷惑かけてごめん。ありがとう」
「お礼を言うのは家に無事についてから言ってください」
そう言いながら体を支えてくれる朝比奈さんと俺はまた一段一段階段を登り始めた。
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