第10話 家の前の攻防

 朝比奈さんに体を支えてもらいながら階段を登り始めてからどれほど経っただろうか?


一人で階段を登るよりかは確実に早いのだがそれでも体感時間は長く感じてしまう。


「ほら、もうすぐ5階に着きますよ。もう少し頑張ってください」


朝比奈さんに鼓舞してもらいながら、なんとか5階までたどり着いた。


「5階に着きましたけど、私一ノ瀬くんの部屋までは分からないので案内してもらっていいですか?」


――部屋番号まで知っていたらやはりストーカーなのでは?5階に住んでいる事を知られているだけでも俺からすれば驚きなのだ。


「ここまでで大丈夫だよ。本当に助かったよ」


そう告げると隣から溜息が聞こえた。


「あのですね、ここではい。そうですか。って帰ったとしてその後あなたが倒れてしまったらこちらに罪悪感が残ってしまうので嫌です」


「いや、だけどこれ以上...」


「部屋番号はなんですか?」


「....505です」


 言葉を続けようとすると朝比奈さんから鋭い視線と圧を感じたのでおとなしく部屋番号を答えた。


「鍵、貸してください。ドア開けますので」


部屋の前まで来ると彼女は平然とした顔で言ってきた。


「いや、人を上げれるような状態じゃないし、ここまでくれば朝比奈さん的にも安心は?」


「熱中症の可能性もありますし、今のあなただと家に着いた安堵感で玄関に倒れそうなので一応寝室まで連れて行きます」


 とんでもない事を言い出した。


事情が事情とはいえ、彼女は寝室まで俺を連れて行くつもりのようだ。


「あの、俺一応男なんだけど...?」


「はい。知ってますけど?」


知ってて言ってるなら彼女はあまりに警戒心がなさすぎる。


「ちょっと警戒心がなさすぎなのでは?男の家に上がってしかも寝室って」


「警戒していないわけではないですよ。ただ今のあなたの状態でいくら男性でも物理的にも法的にもすべてに勝てますので二度と日の目を浴びれないよう徹底的に...」


「ははっ..」


 俺は目の前で優しくそう言った彼女に恐怖を覚え、乾いた笑いが溢れた。


 これ以上怒らせたくもないので朝比奈さんに大人しく従うことにし、ポケットから鍵を出して手渡した。


――ガチャ。


朝比奈さんは受け取った鍵を差し込み解錠しドアを開ける。


「ほら、開きましたよ.....なんですかコレ」


「....だから言ったじゃないですか」


「よくこれで生活できてますね。はぁ....」


 同年代の異性が部屋に来るというイベントをこんな形で使ってしまったのはあまりにも悲しい。


こんな事になるなら先延ばしせず片付けておけばよかったと後悔の念に駆られる。


「えっと、部屋の構造が同じなら右の部屋が寝室ですか?」


「そうです」


そうして俺は新たに精神ダメージも追加されベッドに寝かされた。


「そこで安静にしててください。冷蔵庫開けても大丈夫ですか?」


「大丈夫。なんかもう色々すみません」


「いえ、お気になさらず。少し待っててくださいね」


そう言って、朝比奈さんは寝室を出て行った。


 廊下から時たま空箱をけるような音と朝比奈さんが何かをぼやいている声が聞こえてくる。


ごめんなさい。自分の家に人が来るなんて思っても無かったので片付いてないんです。


心の中で謝罪しているとドアからノックの音が聞こえてくる。


「とりあえず水分をとりましょうか、起き上がれますか?」


 朝比奈さんは麦茶の入ったコップとタオルに巻かれた保冷剤をお盆に乗せ寝室に戻ってきた。


「大丈夫、ありがとうございます」


コップを受け取り、お茶を飲み干す。


 冷蔵庫に入っていたお茶だろうから普段飲んでいるものと変わらないはずなのだが格段に美味しく感じた。


「コップ、貰いますよ」


「何から何までありがとう、介護ってこんな気分なのかなって思ったよ」


「くだらない事言ってないでさっさと寝てください」


「すみません...」


――朝比奈さんめっちゃ怖い。


「ちょっと失礼しますね」


「熱中症の時は脇や首、太ももの付け根を冷やすと良いそうなので」


「ありがとう。このお礼は必ずしますので」


「お気遣いなく、自己満足でやっていますので。私はとりあえず転んだら危ないので廊下の空箱だけ片づけて帰りますね。鍵はポストに入れておきます」


そう言って、朝比奈さんが寝室から出ていくのを見送ったあと、俺は意識を手放した。

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